第31話 魔王城と呪い
「正統性の問題じゃな。魔王の娘を担いだ方が、正統な魔族を支配する上層部となる。政府軍は妾を死守するし、反政府軍は妾を奪ってなり替わろうとする。まったく、嫌なモテモテ具合じゃ」
「生きているだけで迷惑な存在ですね」
「うぉーい。さすがの妾もそれは悲しい……」
シュンと俺の隣で肩を落とす姫さん。
悲しむ美人は男なら励ましたくなるものだが、彼女のそれは演技であることは、昔の付き合いでよく知っている。
……というか、何か近くないか?
柔らかい腕の感触が伝わってくるほど、隣にいて近いのだが……。
姫さんは、魔王の一人娘。
その影響力というのは、とても大きい。
彼女が支持した方が、正しいとなるくらいには力がある。
だから、両派閥ともに姫さんを手中に収めようとするんだろうな。
まあ、そこは姫さんの意思が大事なのだと思うんだけど……。
そんなことを気にしてくれる魔族はいないようだ。
「姫さんは、今の政府から逃げたいんだよな。じゃあ、反政府軍に入るってことか?」
「いや、それもごめん被る。正直、どっちもキモイのじゃ」
辛辣であるが、飾らない言葉だ。
だから、姫さんも割と敵が多かったんだけど……。
それくらいで自分を曲げるようなタイプでないことは、よくわかっている。
「今の魔族上層部は、第四次人魔大戦の終戦後、人類の傀儡になった連中じゃ。人類に従順であったからこそ、政府として魔族を支配することが、人類の後ろ盾を得て可能となった。その過程では、ラモンを戦犯としてこき下ろし、墓すら作らせないという要求をのんだこともある」
姫さんは、普段からはあまり想像できないほど、声音が硬く冷たくなっていた。
シルフィもナイアドも、面白い顔はしていない。
一方で、俺はあまりショックを受けていなかった。
他の魔族を虐げるようなことをしていたら問題だけど、俺のことはどうでもいいのだ。
所詮、死人だし。
「じゃあ、反政府軍の味方をしましょう。即刻、そのバカみたいな上層部を叩き潰すべきです」
「別に構わんが、妾ごと叩き潰そうとしていない?」
シルフィは即決即断でとんでもないことを実行しようとする。
姫さんも言っているけど、政府に捕まっている姫さん諸共消滅させそう。
「と言っても、反政府軍もあれじゃぞ。人間嫌いの魔族至高主義者ばかりじゃから、人間のラモンに対する評価はかなり低いぞ。敗戦の責任と恨まれてさえおる」
「どちらもクソですね。両方殺しましょう」
「殺意高すぎない?」
しかし、どちらが絶対的正義ということでもないのだろうな。
それぞれにいる魔族は、それぞれが正しいと思っているだろうし。
第三者である俺たちからすれば、どっちもどっちなのだ。
政府軍は国境警備隊や門番の魔族に対し、充分な報酬を支払えていないし、それが原因で警備隊は野盗まがいのことをしていた。
反政府軍は自分たちの理想のために、一般市民も犠牲にするような過激なテロ行為をしていた。
すべて俺たちがこの魔族領に来てから経験したことだが、少なくともこれだけの経緯から、どちらかの味方をしたいと思うことはない。
「というか、妾はどっちにも与するつもりはない。魔族の将来なんて、どうでもいいことじゃ」
「えぇ……。姫様がそんな感じって大丈夫なんですの……?」
「昔からああいう感じだったし……」
コソコソと問いかけてくるナイアドに頷く。
姫さん、魔族全体よりも自分個人を大切にするから。
「妾は、はっちゃけるラモンを見られておれば、それでよかったのじゃ。面白かったし」
「お、面白いって……」
「面白いと評さず、何と言う? ただの人間が、魔王軍に与し、一方的な敗戦から痛み分けまで持ち込んだのじゃ。こんなこと、数千、数万の歴史の中で、こやつしかやれなかったことじゃぞ!」
目を輝かせ、俺の腕に抱き着きながら言う姫さん。
柔らかい感触はあれど、喜べない。
褒められているはずなのに、責められている気がする……。
とんでもない裏切り者だと。
「もう二度とみられないと思っておったのじゃ。なのに、こうしてお前様はここにいる。ならば、側で見ないはずがなかろうて」
間近から見上げてくる姫さん。
見下ろすと、薄い衣装のせいで色々見えそうになるから、目のやり場に困る……。
「ということで、妾を助け出せ」
「……まあ、姫さんにはさんざん世話になったしな。いいよ。今、姫さんはどこにいるんだ?」
当たり前だが、姫さんから助けを求められれば助ける。
子供の親探しだが、首都にいると決まったわけでもないし、後からゆっくり探そう。
何と言うか、子供自身がそんなに親を求めていないのか、平然としているし。
そんなことを考えながら居場所を聞けば、姫さんはニッコリと魅力ある笑みを浮かべた。
「魔王城」
◆
荘厳にそびえたつ魔王城。
その中に、俺たちの姿があった。
シルフィとナイアドは俺のポケットに。
子供は姫さんの幻影と一緒に宿で待機……してほしかったのだが、俺の背中に張り付いている。
さすがに、今回のようにわざわざ危険に飛び込むときに連れてくるわけにはいかない。
そう思って待ってもらうようにお願いしたのだが、俺と離れることを極度に嫌がり、結果としてこうなった。
親がわりに思っているのかもしれない。
ずっと親と引き離され、奴隷としてひどい仕打ちを受けてきたのだから、まだ精神も成熟していない子供にはあまりにもつらかったことだろう。
トラウマレベルの泣き声だった。
何が何でも、俺は彼女を守らなければならない。
廊下の壁に隠れながら、俺はポツリと呟く。
「まさかこんな形で魔王城に戻ってくることがあるなんてな……」
「来たことはあるんですの?」
「一回だけな」
上層部から毛嫌いされていたわけだから、もちろん愉快な出来事ではなかったわけだが。
「普通、ラモンほどの活躍をしていれば、何度も勲章を授与されるんですけどね」
「じゃあ、その一度は勲章をもらうために?」
「いや? 俺、そんなのもらったことないし」
「えぇ……?」
シルフィの言葉に目をキラキラとさせているナイアドには悪いが、結局一度もらえたことはなかった。
というか、別にいらないし。
勲章や名声が欲しくて、魔王軍に入ったわけでもない。
俺としては、最後の最後で目的が果たせたから、個人的な悔いはない。
そう言えば、シルフィとかは何度も叙勲の話が来ていたのに、結局どうしたのだろうか?
後で聞いてみようか。
「じゃあ、どうして来たんですの?」
「ああ、最後の戦いの指揮官になる任命式に呼ばれてさ。さすがにそれはやっておいた方がいいってなったみたいだ」
部隊の指揮は任されていたけど、戦場全体の指揮を任されたのは初めてだった。
いや、部隊の指揮も任されていたというより、俺を慕ってくれる魔族で集まって行動していただけだが。
戦術指揮官になるのであれば、形式的な式はやらないといけないみたいだ。
めちゃくちゃ色々な魔族からにらまれたけど。
「あの時の連中の顔も面白かったのう。どうして自分ではなく人間が……なんてすごい顔をしておったし」
くくくっと笑う姫さん。
彼女の居場所は彼女自身が分かっているから、案内をしてくれている。
警備兵と鉢合わせしないのも、姫さんのおかげだ。
「あまり大きな声を出さないでください。ばれたら面倒です」
「よいよい。警備はザルじゃ。あの戦争を経験した魔族は嫌気がさしてほとんどが政府に従属しておらんから、ここの警備は戦争どころか実戦経験もろくにない童貞処女ばかりじゃ。ばれるはずがなかろう」
とんでもない比喩表現に、反応に困ってしまう。
「よし、ここじゃ。頼むぞ」
入り組んだ廊下を抜ければ、一つの扉の前に立つ。
すると、案内をしてくれた姫さんはふっと消えてしまう。
「おばけ……」
子供よ、幻影なんだ。
死んでいないから、安心しろ。
そんなことを思いながら、音を立てないようにゆっくりと扉を開いた。
本来であれば鍵がかけられていても不思議ではないが、シルフィがいれば何の問題もない。
鍵穴に水を流し込めば、ガチャリと音が鳴って簡単に解錠された。
中は薄暗い。
窓がないのだ。
逃げられないようにという配慮だろうが、幻影を使って外に出まくっている姫さんには、何の意味もない。
そんな薄暗い部屋の奥。
ベッドの上に、彼女はいた。
「……おー、久しぶりじゃの、お前様」
「……姫さん、どうしたんだ、それ?」
思わず尋ねる。
その声が、幻影の時とは比べものにならないほどかすれていたから。
その身体が、あまりにも弱弱しさを感じさせたから。
「逃げないようにという処置じゃなあ……」
その足に、明らかな呪いがかけられていたから。