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第30話 助けろ

 










 俺たちは、再び歩いている。

 まあ、実際に歩いていたのは、俺と子供だけであり、シルフィとナイアドはポケットに入っていたのだが。


 目的地は、首都であることに変わりない。

 しかし、そんな旅路に、もう一人仲間が増えていた。


 それは、俺の腕に抱き着いてくる姫さんである。

 めっちゃ柔らかい。


 そんな彼女に対し、絶対零度の視線を送る者がいた。

 はい、シルフィさんです。


「……ラモンから離れてください」

「嫌じゃ」

「自分の足でしっかりと歩いてください。ラモンの邪魔になっています」

「だから、嫌じゃ。こうして縋り付いて歩いている方が、楽なのじゃ。姫に苦労せよと申すか?」

「はい」

「いーやーじゃー」

「…………」


 うーん、このギスギス。

 なつかしさのあまり涙が出そうになる。


 決して今の空気が最悪だから、恐怖で涙が出そうになっているわけではない。

 俺と非常に近い距離で険悪な雰囲気を作り出され、ガクガクブルブルしているわけではない。


 本当だ。


「ちょっと! 空気最悪ですわよ! どうしてあなたは平然としていますの!?」


 耐え切れなくなったのか、ポケットから抜け出したナイアドが、俺の頬をぺちぺちと叩いてくる。

 平然?


 どこを見てそう言っているのかな?


「昔から、大体こんな感じだったしなあ……」

「よく死人が出ませんでしたわね……」


 俺もそう思う。

 戦時中で、有用な戦士を無駄に死なせることができなかったというのもある……のかな?


 シルフィと姫さんが、ちゃんとそういう風に考えていたとは思えないのだが……。

 二人とも、魔族全体のこととか、あんまり考えていなかったし。


「あなたも嫌でしょう?」


 ナイアドは俺が思ったように動かせないと判断し、手をつないでいる子供に話しかけていた。

 子供を使うとは、何という性格の悪さだ。


「……んーん。別に、どーでもいい」

「あなたに懐くだけあって、この子も変ですわ……」


 しかし、子供は首を横に振って、きゅっと俺の手を強く握ってくるのみ。

 ナイアドの期待していた反応は得られなかった。


 お前も十分変だと思うぞ、ナイアド。


「ところで、おぬしらはどこに向かっておるのじゃ? 妾のとこじゃろ? 妾のとこじゃよな?」


 シルフィと一勝負して満足したのか、姫さんが聞いてくる。

 押しが強い……。


 そもそも、姫さんの場所ってどこか分からないし。

 魔王城か?


「いや、首都に行こうと思っている」

「おー! まさしく、妾のいる場所ではないか!」

「へー。姫さん、今首都にいるのか?」


 魔王城も首都だし、それも当然か。

 姫さんは嬉しそうに、楽しそうに、何度もうなずいていた。


「うむうむ、ちょうどいい。まさしく、妾のために動いておるようなものじゃ。さすがラモンよ」

「ん?」


 姫さんのためというか、この子のためなんだけど……。

 まあ、勝手に納得してくれているのであれば、別に訂正する必要はないだろう。


 機嫌を悪くされても困るし。


「よし、ラモン。妾がお前様を魔王軍に迎え入れてやった恩を、今こそ返す時じゃ」

「え? ま、まあ、恩は確かに感じているけど……。俺に何をさせたいんだ、姫さん?」

「うむ、大して難しくもないし、無理難題でもない。至極真っ当で、簡単な要望じゃ」


 その言葉を聞いた時点で、俺はとてつもなく嫌な予感がしていた。

 姫さんがそう言って、本当に簡単だった試しがない。


 耳を塞ぐか?

 いや、それは何の解決にもならないし……。


 そんなことを考えている間に、姫さんは口を開いてしまった。


「妾を助けろ」











 ◆



 首都に到着した俺たちは、そのまま宿の一室を借りた。

 俺も生前はほとんど訪れたことのない街なので、かなり新鮮味を覚えた。


 当時、俺はかなり上層部から嫌われていたからなあ。

 人間風情を首都になんて迎え入れられるか、みたいな思惑があったんだろうけど。


 別に、首都に入りたいなんて思ったこともないので、どうでもいいのだが。

 そんな首都は、あまり活気があるとは言えなかった。


 辺境の街では、門番や国境警備隊にも十分に報酬が支払われていなかった。

 中央に行けば少しはましになるのかと思ったが、そうでもないらしい。


 行き交う魔族は元気がなく、治安もあまりよくなさそうだった。

 戦中みたいに敵兵に殺される、なんて恐怖はなさそうだが、そもそも生きていくことに必死という状況みたいだ。


「あれは、お前様たちが負けたから、という理由ではないぞ」


 宿の一室で、姫さんはそう言った。

 俺は人間、姫さんは有名人なものだから、宿の主人とはシルフィが対応してくれた。


 ぼったくりを仕掛けてきたらしいが、相手がシルフィである。

 数分ののちには、主人は顔を青ざめさせて、適正価格で宿を貸してくれた。


 そこで、俺の顔を覗き見た姫さんが、呆れたような笑みを浮かべる。


「あの戦争から、千年が経っておる。戦争の傷跡も、ほとんど残っておらん。それなのに、これほど民が困窮しておるのは、今の魔族の上層部のせいじゃ」


 姫さんの言葉に、俺も苦笑いする。

 どうやら、俺が少し考えていたことも、彼女にはお見通しらしい。


「……また一人で抱え込むつもりですか」

「い、いやいや、そんなつもりは……」


 ギロリとシルフィの視線が向けられる。

 こ、怖い……。


 シルフィに言ってもらったことから、俺もすべてを抱え込もうなんて思わない。

 ただ、今の魔族の現状に、一切責任がないかと言われれば、それも首を横に振りたくなる。


「ただ、指揮官として俺も戦ったし、多少の責任は……」

「最後の負け戦の時だけ命じられた指揮官に、どれほどの責任があるというのじゃ? ぶっちゃけ、被虐趣味しか受け入れんぞ、あの命令は。お前様はそういう性的嗜好じゃったか?」

「ノーマルタイプです」


 真顔で応える。

 特殊性癖は持ち合わせていない。


 俺の答えにカラカラと笑った姫さんは、彼女らしくもない、慈愛に満ちた瞳を向けてきた。


「ならば、気にするな。そもそも、種族同士の大規模戦争の責を、個人に押し付けることなどできるはずもない。できるとするなら、大将のみよ」


 魔王のようにな、と付け加える姫さん。

 彼女なりに、俺を励まそうとしてくれたのだろう。


 その気持ちが、何よりも嬉しかった。


「……ありがとな、姫さん」

「うむ。感謝するくらいなら、妾を助けよ」

「助けるっていうのは、どういう意味なんだ?」


 助けろ、というのは聞いている。

 だが、具体的にどういう意味なのかはまだ聞いていなかった。


 助けると言っても、一口に言えることではない。

 色々な事情があるだろうし、その中には俺ではどうしようもできないこともあるだろう。


「妾は現在、魔族上層部に幽閉されておる。自由に動くことができんのじゃ」


 しかし、姫さんの言葉は、何というか、俺だからこそどうにかしなければならないようなことだった。

 所詮、荒事しかできないしな。


 というか、姫さん、今取っ捕まっているのかよ。


「へ? でも、ここにいますわよ?」


 ナイアドがポカンとして姫さんを見る。

 確かに、彼女の能力を知らなければ、何を言っているのかさっぱりだろう。


 俺も最初はあんな感じだったと、思わず懐かしむ。


「ああ、これは姫さんお得意の幻影だ。自分の意識を飛ばしているんだよ。だから、姫さん自身はここにはいないんだ」

「ほへー……?」


 一応説明してみたのだが、うまくできないな。

 ナイアドもポカンとしたままだし。


 そんなナイアドを見て、シルフィが俺に冷たく言ってくる。


「このバカ妖精、ほとんど理解していないわよ」

「し、してますわ!」

「じゃあ、説明してください」


 硬直するナイアド。

 頑張れ!


 でも、知ったかぶりは結構詰められたときに大変になるから、止めた方がいいぞ!


「えーと……この人が何かをしているんですわ!」

「大正解じゃ。おぬしは天才じゃ」

「ほへ? ま、まあそれほどでもありますわ」


 姫さんに持ち上げられて、ニマニマと胸を張るナイアド。

 もう手なずけられている……。


 姫さんも人が悪いなあ……。


「まあ、妾の魔法のことはどうでもいい。問題は、妾が引っ張りだこのモテモテだということじゃ」


 そう言うと、姫さんはため息をついた。


「今の政府軍と反政府軍の対立は、とても簡潔に言うと、妾の取り合いじゃ」




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