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第28話 死してなお

 










「……これは、どういうことですか」


 声量としては、決して大きくない。

 むしろ、小さいくらいだろう。


 だが、そこに込められた怒りは、この場にいる誰もが知るところだった。

 とある建物の一室。


 締め切られた部屋はそれなりに大きく、すべての椅子に人が座っていた。

 いや、人ではない。


 彼らは人類とは種族を異にする魔族なのだから。

 時は、第四次人魔大戦直後。


 人類が勝利をおさめ、魔族が敗北した戦争。

 いまだに世界に残す爪痕は大きいものの、少しずつ新しい日常へと歩み始めたころ。


 彼らにとって、とてもじゃないが容認できないことが起きた。

 視線だけで人を殺しかねないほどの目で今回の報告を持ってきた男を睨みつけるのは、シルフィだ。


 背筋が凍り付きそうになる無表情に対し、男は思わずつばを飲み込みつつ、口を開いた。


「どうもこうもない。それが、人類の……戦勝者様の御達しだということだ」

「ラモンの墓を作らせないということがですか?」

「そうだ」

「そうですか」


 それを聞いたとたん、シルフィはガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。

 その表情は無表情のままだ。


 だからこそ、永久凍土のような冷たい怒りを感じ取れた。

 彼女は背を向け、部屋から出ようとする。


「待て。どこに行く? これは人類からの命令で、魔族の上層部も飲んでいる。今更お前がどこに行っても、結果は何も変わらん」


 その言葉に反発したのは、他に聞いていた魔族たちだった。


「人類はともかく、魔族がどうしてこんなクソみたいな命令を飲むことができる! ラモンは英雄だ。あの戦争で、一方的な敗者にならずに済んだのは、奴のおかげだろうが!」

「人類からすると、ラモンほど手を煩わせられた奴はいないだろう。懸賞金も、国家予算並みにかけられていたしな。自らの手で断罪できないのであれば、徹底的に死後も攻撃するということだろう」

「そもそも、死者を冒とくするというのが間違っている。恥知らずにもほどがある」

「人類はどうでもいい! 魔族だ。どうして味方のはずの魔族が、ラモンを売るようなことができる!?」


 喧々諤々。

 怒号が飛び交う。


 彼らは、ラモンと共に戦った現場の戦士が多い。

 だからこそ、彼だけが死に、自分だけが生き残ってしまったという強い心残りがある。


 せめて、彼の死後は穏やかに。

 功績を残したものとして、しかるべき処遇を与えるべきだ。


 だが、今回の人類からの命令、魔族が飲んだものは、そんな彼らの考えを真っ向から否定するようなものだった。


「そもそも、我々は敗者だ。勝者の言を敗者が無視することは許されん。加えて……」


 ため息をつく。


「お前らも知っているだろう。奴は、俺たちみたいな現場からは信頼を寄せられていたが、上層部はまったく別だということを」


 当初、ラモンはすべての魔族に嫌われていた。

 当たり前だ。


 激しい戦争を繰り広げている人間なのだから。

 自分の親を、子を、友人を殺した人間が、仲間面をするな。


 ここに集まっている者の中には、実際にそう言った者すらいる。

 だが、ラモンがそのような反発にあいながらも、懸命に魔族のために戦ったことを、現場の者は見ていた。


 それがあるがゆえに、彼は徐々にではあるが、ゆっくりと現場の魔族たちに認められていったのである。

 一方で、そんな彼の苦労を知らない安全な銃後にいた上層部は、彼のことを嫌っているままだった。


 人間であるということ以上に、彼が上層部の決めた作戦にダメだしをすることが多かったからである。

 魔王軍は、軍だ。


 上の命令は絶対であり、たとえ白でも上が黒と言えば黒になる。

 だというのに、ラモンは無謀な作戦だと、痛烈に公然と批判する。


 上層部から好かれるはずもなかった。

 時には、上層部からの命令や作戦を無視することすらあった。


 現場の兵士はそれで救われ、局地戦では勝利を収めたこともあったが、下が上に逆らうことなんて許されるはずもない。

 だから、人類がラモンの供養を認めないと通達をした時も、大して拒絶することもなく、むしろ進んでそれを受け入れたのであった。


 そのことは、ここにいる者はよくわかっている。

 だからと言って、納得できるはずもなかった。


「だが、死してなおも侮辱するつもりか? どこまで堕ちれば気が済む。こんなことを許容すれば、俺は死んでからあいつに合わせる顔がない! 拒絶するべきだ」

「だいたい、墓だぞ? ただ、ラモンの魂を慰撫しようとすることを、どうして禁止されなければならないのか、理解に苦しむ」


 宥める言葉も、多くの魔族たちには届かない。

 皆、ラモンのために、人類や魔族に対し怒りを覚えていた。


 そして、ひときわ強い怒りを持つ者もいる。

 シルフィだ。


「理解なんてする必要ないでしょう。とりあえず、こんなばかばかしい要求をのんだ上層部は皆殺しです」

「おいおい、珍しく気が合うじゃねえか。ウンディーネの言う通り、どうして俺たちが魔王でもない上層部に従わなきゃならねえんだ? 俺は俺が認めた奴にしか従わねえ。ラモンが死んだ今、誰の下にもつくつもりはねえ。燃やし尽くす」


 シルフィに同調するのは、普段は彼女と犬猿の仲であるリフトだった。

 ラモン派の中でも、屈指の武闘派二人がこういうのだ。


 この場の流れが一気に加速する。


「そうだ、殺せ!」

「不当な要求には、断固として立ち向かうべきだ!」


 彼らの怒りは人類……そして、魔王軍上層部へと向けられる。

 このままいけば、内戦。


 そのままヘタをすれば、第五次人魔大戦へと発展しても不思議ではない。

 実際、そこまで発展するかは疑問だ。


 大戦の傷跡は、今なお深く残っているのだから。

 しかし、内戦は起きかねないし、魔王軍上層部を打ち倒してしまいかねないほど、ラモン派には戦力が集まっていた。


 一気に傾きかけたこの状況。

 そんな中で、呆れるような声が響き渡った。


「こらこら、待たんか。おぬしらはどうしてこう血気盛んなんじゃ」

「姫殿下……」


 レナーテ。

 魔王の娘である。


 その立場により彼女の言動はとても重い意味を持つ。

 怒りで一気に振り切りそうになっていたこの場も、少しばかりの冷静さを取り戻す。


「おぬしらが有能なのは知っておる。ラモンの無理難題をこなしてきたんじゃ。じゃがのう、戦いは数じゃ。それは、おぬしらが最もよく理解しておるじゃろう?」


 レナーテは諭すように話し始める。


「おぬしらは強い。じゃが、数では圧倒的に不利じゃ。なにせ、人類はもちろん、大多数の魔族を敵にするのじゃから」


 彼女の言葉に、顔を背ける者もいる。

 レナーテの言うことは、最前線で戦っていた彼らこそが、一番よく理解していることだからだ。


 魔族は、人類よりも能力が高い。

 身体能力も、耐久性も、魔法を扱う能力だって、平均的に見れば上だ。


 無論、個々の能力では魔族を優に上回る人間もいるが、一般的にはそうなのだ。

 それでも、魔族は人類に敗北した。


 それは、圧倒的な物量の差である。

 最前線に出てくる兵隊の数が違う。


 数倍の差は当たり前。

 ヘタをすれば、10倍以上の差があるときだってあった。


 倒しても倒しても、次から次へと敵には増援が現れる。

 その物量に、魔族は押しつぶされたのだ。


 今、自分たちが立ち上がったとしても、魔王軍全体よりもはるかに数が少ない。

 ならば、再び人類の数に踏みつぶされるのは、自明だった。


「しかし、だとしたらラモンがあまりにも浮かばれない。人間でありながら、魔族の味方をし、そして一方的な敗戦を防いだ英雄です。それを、まるで……」


 戦犯のように。

 その続きを言うことはできなかった。


 あまりにもラモンが酷だからだ。

 しかし、この場にいる誰もが、何が言いたいのかは理解していた。


 レナーテは神妙に頷く。


「おぬしらの言いたいことは、よくわかる。じゃが、ここで血気盛んに暴走すれば、ラモン派は全滅じゃ。そうなれば、魔族の未来は暗黒に染まるじゃろう」


 自分たちが魔族の希望。

 そう聞き取ることもできる。


 魔王の娘からそのようなことを言われ、ラモン派の魔族たちは一様に黙り込んでしまう。


「よいか? おぬしらラモン派こそが、魔族に残された唯一の光なのじゃ。その光を費やすわけにはいかん。理解せよ」


 はっきりと告げられた。

 もはや、彼らに怒りの炎は燃えていなかった。


 あるのは、ただラモンに対する強い罪悪感だけだった。


「……俺たちは、あの世であいつにどんな顔を合わせればいいんでしょうか」

「……あっちで、奴も待っている。いつもの、あのヘラヘラした笑顔を浮かべながらな」


 その数日後、レナーテは魔王軍上層部に囚われることになる。




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