第27話 戦いの余波
「お疲れ様です。……援護できず、申し訳ありませんでした」
俺の元に近づいてきたシルフィが、眉尻を下げて謝罪してくる。
謝られるようなことなんて何一つないので、少し面食らってしまう。
「実際に俺が危ない時に、助けてくれたじゃないか。それに、敵の増援が来ないように牽制してくれていたんだろう? ありがとう」
「いえ、大したことではありません」
言ったとおり、俺はシルフィに感謝しかしていない。
そう伝えると、やはり感情表現の乏しい彼女は無表情のままだったが、引き下がってくれた。
「めちゃくちゃ身体が波打っていますわ。分かりやすいですのね、ウンディーネって」
「ところで、何もしていない足手まといが一人いました。処分しておきましょう」
「妖精に鉄火場での活躍を求めますの!?」
始まる追いかけっこ。
なんだろう。
最初は心配していたのだが、もう何とも思わなくなってしまっている。
じゃれ合いみたいなものだろう。
……実際にシルフィに捕まったら、本当にナイアドが危険そうな気もするが。
「さて、じゃあ俺たちは、また別の街に行くか。あんまりここに長くいると、どちらにせよ面倒だろう」
離れた場所にいた子供が駆け寄ってくるので、手をつなぐ。
辺りに人影はない。
街の住民は避難しただろうし、街を守っていた政府軍は反政府軍に倒されたのだろう。
そして、その反政府軍は俺とシルフィが倒した。
政府軍にしろ、反政府軍にしろ、増援が来るのは目に見えている。
どちらも倒れてしまっている状況で俺たちがポツンと立っていれば、よくない方向に進むのは間違いない。
「……殺して行かないんですか?」
「俺たちにとっての戦争ではないからね。戦いの中で殺してしまうのは仕方ないが、わざわざ止めを刺す必要もないだろう」
シルフィに確認されるが、俺は首を横に振る。
倒れるミノタウロスを見る。
屈強なミノタウロスが立ち上がれないほどのダメージを負っているので、このままだと死んでしまうかもしれないが……さすがに手当てはできない。
だが、わざわざ殺す必要もないだろう。
俺が生きていた時代とは、完全に違っているのだから。
「忙しくて悪いが、もう行こうか」
「どこに行くんですの?」
ナイアドの言葉に、俺は少し考える。
今の目的は、知人と会うこと。
そして、この子供の親を見つけることだ。
この子の親がいそうな、人の多い街……。
「首都に行ってみようか」
◆
「ほう、ほうほうほう!」
バサッと新聞を広げるレナーテ。
黒髪を短くおかっぱに切りそろえ、薄い衣装で惜しげもなく豊満な肢体をさらしている。
褐色肌は瑞々しく、たやすく触れることを許さない。
幻想的なまでに整えられた庭の椅子で、彼女は心底面白そうに紙面を覗いていた。
「なに、急に?」
「姫様、面白いことでもあったの?」
ひょっこりと顔を覗かせる二人の子供。
いつもレナーテに授業をせがむ二人だ。
彼女もにこやかに笑いながら迎え入れる。
「うむ、妾の知り合いの模倣者が現れたようでな」
「もほーしゃ?」
「偽者ってことよ」
子供同士で教え合っているのを聞き流しながら、レナーテの目は紙面を捉えて離さない。
載っているのは、国境に近い街が、反政府軍に襲撃されたということ。
その街を守っていた政府軍は壊滅した。
ならば、その街は反政府軍に支配されたのかと言われれば、そうではない。
何者かが、反政府軍を壊滅させたらしい。
結果として、すぐさま増援に向かっていた政府軍は再び街を治めたことで、大きな変化は起こらなかった。
しかし、逃げ遅れ、そして生き残った者の証言がある。
『反政府軍を倒したのは、赤い髪をした人間だった』と。
赤髪、そして人間。
この二つの要素は、人間よりも寿命が長い魔族ならば、人間よりも簡潔にとある人物を思いつく。
もちろん、全員に知られているわけではない。
人間の検閲によって、魔族領でも彼の書籍などはほとんど発刊が許されないのだから。
だから、その当時を知る者、もしくは口伝により知る者しか分からないが、人間よりは多くの者が悟る。
「ずっと前から何人も出てきておったのじゃが、最近は少なくなっていたんじゃがのう。まあ、騙ればどちらの勢力からも殺されかねないからなのじゃが」
ラモンという男は、死後もとてつもなく大きな影響を残している。
彼を信奉する勢力と、彼を忌避する勢力。
前者は最強の戦術指揮官だと称え、彼を侮辱する輩を許さない。
後者は人間のスパイだとし、彼に部隊を任せたことが間違いだったという。
どちらもラモンだと騙れば、全力で殺しに行く。
実際、一時期は彼を騙る者もいたが、それらはすべてどちらかの勢力に殺されている。
「物騒ね」
「うむ。だからこそ、面白い。妾もどのような道化か、見に行かねばならんなあ」
スッと立ち上がるレナーテ。
基本的にだらけている彼女。
子供たちは目を丸くする。
その顔には、決意のようなものが見え隠れしているからだ。
「でも、姫さまって外を出歩けるのかしら?」
レナーテがいつもここにいるということは知っている。
それが、彼女の意思なのか。
それとも、そうでないのかは、子供である二人には知る由もないが。
「くふふっ。とっておきの裏技があるのじゃよ。それに、奴が関係することは、妾も見逃すことはできんのじゃ」
笑うレナーテ。
艶やかな色気がある。
そして、それだけでなく、ゾッとするような冷たい殺意も込められていた。
「偽者ならば、殺さねばならんしのう」
◆
「メトロがやられたぁ?」
素っ頓狂な声を漏らすのは、リフトだ。
最近は、引きこもって事務仕事しかしていない。
鉄火場で暴れまわっていた過去を知る者は、ありえないと目を丸くすることだろう。
反政府軍のトップになっているものだから、気軽に戦場に出ることすら許されないのだ。
そんな彼は、部下からの報告に驚いていた。
「はっ。とある街で革命を起こそうとしたところ、重傷を負って帰還しました。戦線への復帰の目途は、立っておりません」
渡された報告書に目を通しながら、リフトは考える。
メトロは強い。
反政府軍の中でも、自分の次に実力はあるだろう。
だからこそ、魔剣を与えていたし、それを使いこなせていた。
そんな彼を、いったい誰が?
報告書を見ても、どうやら素性を知ることはできないらしい。
書いているのは、基本的には生き残ったメトロの証言だ。
戦った感想は、最も強い【人間】だったということ。
そして、その容姿で特徴的だったのが、赤い髪だったということ。
「我らに牙をむいた愚か者を、必ずや見つけ出して報いを受けさせてみせます!」
「おい、止めとけ。メトロが負けるような相手を、お前らが戦っても勝てるわけねえだろ」
「では、このまま黙って泣き寝入りをしろと!? 我ら崇高な革命軍が、悍ましい人間風情に好き勝手やられて……!」
いつもの暴走だ。
普段のリフトならば、辟易としながらさっさと引き下がることだろう。
狂信的な連中とまともにやり合っても、被害を受ける一方だからだ。
だが、今は違う。
報告書に載っている人物像は、あまりにもリフトにとって覚えがあって……。
だからこそ、強烈な怒りに満ちていた。
「あーあー、うるせえよ。マジで殺すぞ」
「り、リフト様……?」
普段と違うリフトの様子に、狂信的な部下ですらも恐怖する。
全身にまとわりつく炎が、猛り狂う。
「今の俺は、イライラしてんだ。あいつのことを持ち出されて、平静でいられるかよ」
ラモンの知らないところで、彼の知己が動き出そうとしていた。