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第25話 忌避すべき人間

 










 反政府軍の一部隊を指揮し、この街を襲ったのはメトロと言った。

 数年前から反政府軍に参加した、まだ戦歴は若いミノタウロスである。


 だが、彼の胸の内で燃える炎は、古参の革命戦士たちにも負けないと自負していた。

 人類の下にいることを、甘んじて受け入れる現政府。


 たとえ、罪のない魔族が奴隷として連れ攫われていても、国家として抗議することはない。


「(なんて弱腰だ! なんて情けない!)」


 こんな腑抜けた連中に、魔族全体の未来を託すことなんてできるはずがない。

 第四次人魔大戦の敗戦がなんだ。


 その数字から見て分かるように、四度人類と魔族は戦争をしたのである。

 ならば、次の戦争を起こせばいい。


 第五次人魔大戦を起こせば、魔族の勝利に終わり、人類を跪かせることができるだろう。

 魔族は人類より優れている。


 それは、個々の能力を見ればそうだ。

 身体能力も、魔法を扱う能力も、知能も、すべてが人類を凌駕している。


 人類は、ただ数が多いだけだ。

 ゴキブリのように、無限にわいてくるだけの生き物。


 崇高な魔族の上に立つなど、おこがましいにもほどがある。


「(それもこれも、先の戦争で敗北した情けない先人たちのせいだ)」


 あの戦争で勝ってさえいれば、このような屈辱を味わうことはなかったのだ。

 何より……。


「(人間なんかを、指揮官にするからだ!)」


 メトロは、ラモン・マークナイトが大嫌いだった。

 ヘルヘイムの戦いを指揮した、人間。


 あの戦いの敗北によって、第四次人魔大戦の敗戦は決定づけられたと考えていい。

 人類に大きな被害を与えたことは、評価できよう。


 そもそも、参戦した兵数がバカみたいに差があるのだ。

 それなのに、人類に数万の出血を強いて、侵略を一時的に中断させた。


 なるほど、いい働きだ。

 だが、その戦いで、参戦していた魔王軍の優秀な戦士たちは、ほぼ全滅だ。


 生き残りは数十人しかいないレベル。

 そうして、もはや戦える人材が残っていないことから、敗戦したのだ。


「(もっとうまくやるべきだった。栄えある魔王軍の指揮官ならば、それくらいできなければならなかっただろう!)」


 自分なら、もっとうまくできた。

 メトロには、その自信があった。


 加えて、見下すべき人間だという事実。

 それこそが、メトロがラモンを嫌う理由だった。


「貴様、人間だな? 薄汚い下等種族が、栄光ある魔族領に踏み入れるとは……。どうやら、命は必要ないらしい」


 だから、目の前の立つ男が人間だと分かり、なおさら頭に血が上った。

 そもそも、自分たちの活動を邪魔するのも死罪にあたる。


 自分たちは、真に魔族のことを憂いて行動している。

 まさに、憂国志士である。


 そんな自分たちに協力するのが、魔族としての当然の責務であろう。

 喜んで私財を投じ、時にはその身をなげうちながら、魔族の未来のために礎になる。


 それこそが、美しい魔族の姿である。

 だというのに、この人間はその邪魔をする。


 生かしておく理由は、どこにもなかった。


「殺せ」


 メトロの短い命令に、仲間たちが答える。

 雄たけびを上げ、一斉に襲い掛かる。


 彼らは強い。

 メトロと共に鍛えられ、政府軍との苛烈な戦闘を戦い抜いてきた、歴戦の猛者である。


 さらに、戦いは数である。

 相手は人間一人。


 こちらには、10人以上の頼りになる同胞たち。

 戦いは、一瞬で終わる。


 メトロは嗜虐的にほくそ笑む。


「――――――あ?」


 その笑みが凍り付くのは、その直後だった。

 パッと鮮血が舞った。


 ふわふわと宙を舞うように、いくつも、何滴も。

 それは、人間――――ラモンが剣を振るった結果だ。


 迫っていた反政府軍の半数が、その目にもとまらぬ剣閃により、命を散らした。

 無論、彼だけではない。


 いつの間にかポケットから抜け出し、等身大にまで戻ったウンディーネのシルフィも。

 ラモンだけを戦わせることはしない。


 彼女の水が、反政府軍の兵士を容易く切り裂く。

 ドサドサと重たい音が響く。


 ラモンたちに襲い掛かっていた兵士たちが、皆地面に崩れ落ちた音である。


「悪いな。本当なら、全員俺だけで処理するべきだったんだろうけど」

「構いません。あの悍ましい剣を使っていないのですから、仕方ないでしょう」


 シルフィは背中をラモンに預けながら、なんてことないように答える。

 背中合わせで立っていると、まさに千年前のあの戦争を思い出す。


 幾度となく、ラモンとはこうして共闘したものだ。

 まさに、背を預けることのできるパートナー。


 そう、パートナーなのだ。

 決して、あの気に食わない褐色姫なんぞとは違うのだ。


「そして、力になれてご満悦のウンディーネでした」

「…………」


 妖精さんの口は余計なことしか言わないようだ。

 声帯をもぎ取ってあげよう。


「助けてくださいまし!」

「君たちはコントをしないと気が済まないの?」


 図体がでかくなっているシルフィから必死に逃げ惑うナイアドを見て、ラモンは愕然とする。

 だが、それ以上にショックを受けているのは、襲った側のメトロである。


「たかが人間風情が、精鋭の魔族を……! そんなバカなことが……」


 自分の部下たちは、精鋭だった。

 戦闘経験も豊富で、鍛えられていた。


 それを、一瞬で全員倒した。

 それも、見下していたはずの人間だ。


 メトロが状況を飲み込むには、まだ多少時間が必要だった。


「さて、お前はどうする? 俺の目的は、お前を殺すことじゃない。背を見せて逃げるというのなら、追いかけることもしないと約束しよう」


 強い言葉は、自分の弱さを見せないようにするため。

 ラモンは強い。


 だが、魔族が人類より身体能力などが上回っているのは事実である。

 無傷では済まないだろうし、そもそも戦いに絶対はない。


 何か予想だにしないことが起これば、ラモンもメトロに殺されることだってある。

 だから、強い言葉で相手を引かせようとするのは、昔からの癖だった。


「……人間が。人間が、この俺に情けをかけるというのか!!」


 ただ、あまりこの方法がうまくいったことはなかったが。

 激高するメトロ。


 見下していたはずの人間に、見下された。

 それは、魔族に誇りを持ち、反政府軍として日夜戦い続けているメトロには、とてもじゃないが我慢できないことだった。


「ぐおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ミノタウロスの強靭な身体が膨れ上がる。

 筋肉の肥大化だ。


 上腕二頭筋は、それこそ太もものように分厚くなる。

 荒い鼻息は、まるで蒸気のようだ。


 バチバチと闘気がほとばしるのを見ると、メトロが只者でないことは明らかだった。


「舐めるな、人間! 貴様を殺し、真に魔族が人類に勝っていることを証明しよう!」


 ガッと地面に強靭な脚がめり込む。

 そして、次の瞬間には、爆発したような加速力でラモンに迫る。


「ぬおおおおお!!」


 その速度を生かした、とび膝蹴り。

 太い脚に捕らえられれば、一撃で命を奪われかねない攻撃だ。


 ラモンはそれをひねって避けるが、メトロの通り過ぎた暴風が赤い髪をたなびかせた。

 回避されたと悟った直後、メトロはすぐさま地面に足をめり込ませ、急停止する。


 無理な駆動に巨躯が大きく傾くが、ラモンの懐に入り込むことに成功した。

 脚のように太い腕がうなる。


 裏拳のようにラモンに迫るが、それも彼は飛びずさって避ける。

 メトロは、この瞬間を待っていた。


「燃えろ、髪一つ残らんほどに!」


 彼が手にしたのは、背中に担いでいた斧。

 ただの斧ではなく、戦斧と呼ばれるそれは、幾何学的な模様が刃にちりばめられていた。


 グッと強く握れば、その模様が光り……戦斧から炎が吹き荒れた。


「オオオオオオオオッ!!」


 メトロの巨躯は、暴れるだけでも人間に大きなダメージを与える。

 そのせいで、どうしてもラモンは大きく逃げなければならない。


 それは隙を生み、後ずさりからすぐさま動けないラモンに、メトロは戦斧を振り下ろした。

 爆炎と共に膨大な土煙が吹き上がる。


 ビリビリと大気を震わせるほどの威力に、ナイアドは必死にシルフィの身体に捕まって飛んでしまわないようにしている。

 直撃どころか、至近距離にいても致命傷を負ってしまいそうな破壊力。


 土煙の中から、ラモンが飛び出してくる。

 やはり無傷とはいかないようで、いくらか身体も汚れているし、傷跡も見えた。


 メトロは深く息を吐き出して、クールダウンする。

 汚れを払いながら、ラモンは厄介そうに眉をひそめた。


「魔剣か」

「その通り。灼熱の炎を召喚することができる。この魔剣があれば、貴様らなんて一瞬で殺してやることができよう」


 戦斧を誇るように見せびらかすメトロ。

 魔剣とは、魔道具の一種である。


 魔法が込められた武器全般のことを言い、それはオーダーメイドで他に同じものは存在しない希少なものだ。

 ラブセラが用意した雷を付与した魔道具は、量産品である。


 希少性も能力も、魔剣の方が高いのは言うまでもない。

 無論、魔道具よりも高価だが。


 そんなものを持つことができる、許されているということは、それだけメトロの力が強いということだった。


「であああああああああ!!」

「とっ……」


 戦斧を振るう。

 炎を纏わせることはしない。


 インターバルが必要だ。

 だが、その能力を発揮しなくても、頑丈で重たいそれは、ただの武器より優れている。


 ラモンが持つ奪った剣とまともに打ち合えば、あっけなく剣は砕け散ることだろう。

 それゆえに、彼は避けることに専念するしかない。


「がぁっ!?」


 だが、避けていたからこそ、メトロの隙を窺えた。

 横に戦斧を振るえば、腹はがら空きだった。


 その隙を見逃さず、ラモンは剣を突き刺した。

 腹部に突き刺さる剣。


 それは、多くの生命にとって致命傷になる……はずだった。


「ぐおおおお……!」

「刺さらない、か……」


 目を丸くするラモン。

 貫通するほど強く突き刺したが、メトロの腹を突き破ることはなかった。


 途中で止まり、しかもそれはそれほど深くない。

 ダメージは負っているだろうが、致命傷でもなかった。


 それは、メトロの腹筋があまりにも強靭であること。

 加えて、ラモンの持つ剣がなまくらであることが理由だった。


「致命的な隙を見せたな……! 死ね!!」


 腹に力を籠め、剣を抜けないようにする。

 ラモンはとっさに逃げようとするが、手遅れだ。


 巨大な戦斧が、一人の人間の命を容易く奪おうとして……。


「がはっ!?」


 横から強烈な衝撃を受ける。

 それは、シルフィの撃った水の塊だった。


 数百キロある巨躯がよろめくほどの衝撃。

 その間に、ラモンは簡単に距離を取ってしまうのであった。


「その人を傷つけることは、許されませんよ」

「ぐっ……! ウンディーネ、邪魔をするな! 貴様も魔族ならば、人間に与するな!」


 絶好の機会を奪われて、メトロは大声を張り上げる。

 そもそも、魔族であるウンディーネが人間と行動を共にし、あまつさえ味方しているということがありえないのだ。


 メトロの敵は、人類に従順にひれ伏す魔族だった。

 だが、そんな彼らも、人類の味方というわけではない。


 友好的であるわけでもない。

 彼にとって、シルフィという存在は、初めて対面した存在だった。


 だから、理解できない。

 不俱戴天の敵である人間を、どうして助けるのか。


「魔族とか人間とか興味はありません。ラモンだから味方をするんです」


 人間だから助けているわけではなく。

 決して魔族の敵になりたいわけでもない。


 ただ、ラモンが魔族の敵になるというのであれば、自分も敵になる。

 それだけの、至極単純な話だ。


「……この人、散々恥ずかしがってわたくしを攻撃するくせに、自分でそんな恥ずかしいことを言えるんですのね。自業自得では?」


 また弄ってやろうと、ナイアドは小さく決意するのであった。


「クソ……! 貴様は後回しだ。まずは……」


 ウンディーネは厄介そうだ。

 こういう時は、まず強い者より、弱い者を狙うのだ。


 メトロの目は、傷だらけのラモンを捉えていた。

 こちらを見据えてくる忌まわしい人間の元に一瞬で近づき、戦斧を振り上げる。


 インターバルは十分だ。

 業火が戦斧にまとわりつく。


「死ねぇ、人間!!」


 戦斧を振り下ろす。

 と同時に、凄まじい爆発が発生する。


 爆炎と閃光。

 耳も目もやられるような、巨大な音と光だ。


 攻撃者であるメトロですらも、多少被害を受ける最高の攻撃。

 直撃を受けた人間は、骨すら残っていないだろう。


「ふっ、ふははっ。炭すら残らん業火だ。さあ、次は……」


 勝利の余韻に浸りたいところだが、まだ敵はいる。

 愚かにも歯向かってきた人間をあざ笑い、次の標的はシルフィだ。


 彼女に目を向けて……。


「炎攻撃は何度も受けたことがあるけど、この程度なら俺は殺せないな。リフト並だったら、非常にマズイけれども」

「……あ?」




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