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第22話 困ります

 










「平和だ……」


 道なりを歩きながら、俺はポツリと呟いた。

 空を見上げれば、青い空。


 どこからか立ち上った黒煙が分厚い雲となって空を覆い隠すことはない。

 耳を澄ませば、小鳥がちゅんちゅんとさえずっている。


 怒号、悲鳴、泣き声、狂ったような笑い声が聞こえてくることはない。

 下を見れば、柔らかい緑が生い茂っている。


 見るも無残な死体の山が積みあがっていることはない。

 天国かな?


「つい先日、人間の貴族と殺し合ったのに平和ですの……?」

「俺の記憶って、最近まで戦争していたところだからなあ。結局、どっちも死んでいないし。優しいものだ」


 結局、俺はラブセラを殺したわけではない。

 ただ、昔だったら殺していたかもしれない。


 人間の貴族……それも、そこそこ戦える相手なのだから、見逃せば後々こちらの害になる。

 とはいえ、今は戦争をしているわけでもないし、そのような理由で殺すことはありえない。


 ……そもそも、俺が悪いし。

 強盗だもんな。


 それが強盗殺人にレベルアップだ。

 まあ、戦中に人間から懸賞金までかけられていたのだから、強盗なんてしなくても、俺が生きていることが知られたら処刑されることは間違いないのだが。


「殺せばよかったのでは?」

「ひい……。隣に殺人鬼がいますの……」

「は?」

「ぴぃっ!」


 同じポケットに入るシルフィとナイアドの掛け合いも、もう慣れたものだ。

 基本的に、ナイアドが不用意なことを言って、シルフィに威圧されて逃げ回るという形。


 仲良しさんだ。


「よーせい。ちっちゃい」


 飛び回るナイアドを見て、手をつないでいる子供が指をさす。

 そう言えば、俺の生きていた時代と違って、妖精がかなり珍しくなっているらしいな。


 もしかしたら、この子も初めて見たのかもしれない。

 ……子供に捕まれば、ナイアドがストレスで死にそうなくらい構われているのを想像できた。


 ナイアドもそう思っているせいか、あまり子供に近づかないし。


「……こういうのんびりと旅をするの、シルフィとの約束通りだな」


 激動の時代を生きたからこそ、こうしてのんびりと過ごしてみたかった。

 そんな思いも込めて、口に出す。


「一度は破りましたけどね、その約束」

「うぐぅっ……」


 心臓がきゅっとなる。

 俺からすると大して時間は経っていないのだが、実際に千年を過ごしたシルフィからすれば、随分と待たされたものだろう。


 普通、約束なんて知らないと言われても不思議ではないのだ。

 目を細めて睨んできていたシルフィは、ふと表情を緩めた。


「でも、また戻ってきてくれたので、許します」

「そっか。それは助かる」


 二人そろって笑いあう。

 厳しいように見えるが、シルフィは一度懐に入れた者に対して、とても甘い。


 ……俺以外にこんな甘いのは見たことないけど。

 まあ、それほどツンツンしていた期間と強度もあったし、役得と思っておこう。


「しかし、あなたが死んだと思っている昔の知り合いがあなたを見れば、どういう反応をするのか……。魔族の姫や、イフリートは想像しやすいですが……」


 シルフィの言葉に、俺は姫さんとリフトを思い出す。

 二人とも、とても親交のあった人物だ。


 本来、人間である俺と魔族の姫が交流するなんてことはありえないのだろうが……。

 姫さんはいたずら好きだったし、リフトは過激な性格だったし……。


「ああ、あの二人か……。まだ元気なの?」

「ちょっと弱っていればいいのに、とか思っていそうですわ」


 ナイアド、君は余計なことを言うね。

 シルフィに追いかけまわされていることを反省していないのかな?


 まあ、二人はとっても元気だったからなあ。

 少しくらい落ち着いておいてほしい。


 会ったときに、やばそう。


「魔族の姫は知りません。とくに興味もありませんでしたし、そもそも情報が入ってきませんでしたから」


 無表情でバッサリと切り捨てるシルフィ。

 その辛辣さに、思わず頬が引きつる。


 相性悪かったしなあ、二人……。

 というか、一方的にシルフィの方が避けていた。


 そんなに嫌がられることが面白かったのか、姫さんは積極的に構いに行っていたし。

 そして、シルフィがさらに拒絶具合を高めていく。


 負のスパイラルである。


「ただ、イフリートは元気ですよ。よく噂が聞こえてきました」

「へー。まあ、元気じゃない方が想像できないけど」


 噂? と思うが、とりあえず頷いておく。

 シルフィは人里離れた湖で引きこもっていたので、そんな彼女の耳に届く噂となると、相当だろう。


 だが、リフトならば不思議ではない。

 彼はとても派手だった。


 俺が死んでからも、それは変わらなかったのだろうと納得する。

 そんな彼らと、再び会うことも一つの楽しみだ。


 ……俺を恨んでいない人とだけ会いたいな。

 襲い掛かられるのは勘弁したい。


「ところで、あとどれくらいで魔族領に着きそうなの?」


 前を先導してくれている、捕まっていた魔族の男に尋ねる。

 俺も知識として持ち合わせているが、それは千年前のものなので、あてにはならない。


「あと少しだな。人間の追手が来なかったことは助かったぜ。足止めも食らわず、スムーズに移動できている」


 男は振り返りながら答えてくれる。

 ……そういえば、追手は来ていないな。


 貴族と戦うなんて大層なことを仕出かしたのだから、嫌になるくらい追いかけられると思っていたのだが……。


「基本的に、王族直轄領でもない地方は、そこを支配する貴族にすべて任せられるのが王国です。ラブセラが打ちのめされていましたから、彼が追手を放てないほど傷心しているのでしょう」


 シルフィの解説に納得する。

 俺は教皇国出身だからなあ。


 貴族が存在しないあの国の常識では、地方政治を貴族にぶん投げる王国はなかなか理解しがたいものがある。

 退くくらい中央集権国家だからな、教皇国って。


 しかし、もしラブセラを殺していたら、逆にそちらの方が激しく追ってこられていたかもしれない。

 戦時中と違って、殺さない方がメリットがあるということもあるんだな。


「もうそろそろ、魔族領だ。そこからは、人間の心配はしなくていい。人類が魔族より優位に立っている時代とはいえ、さすがに軍人が境目を堂々と超えることはできないからな」


 どれほど人類が魔族よりも上位にいるとはいえ、支配しているわけではない。

 だから、国境も容易く超えることはできないということか。


 ……完全な奴隷になっていないというのは、幸いなことだろう。


「ああ、とうとう帰ってこられたんだ……」

「二度と戻れないと思っていたのに……!」

「もうちょっとだな」


 感動する魔族たち。

 人類に対し隷属し、死ぬまでこき使われるところだった。


 それが、一転して再び普通の生活を送れるようになるのだから、喜ぶのも不思議ではない。


「…………」

「ん? なんだ?」


 そんな俺たちに対して、近づいてくる集団がいた。

 正面から来ている……ということは、追手の人間ではない。


 魔族領からやってきた、魔族だ。

 彼らはみるみる近づいてくると、俺たちを囲んだ。


「止まれ!」


 張りのある声が響く。

 こちらを油断なく見据えている魔族たち。


 統一された武装をしていることから、何かしらの組織に属していることが分かる。

 どうやって素性を探ろうかと考えていると、先に彼らが教えてくれた。


「我々は政府軍直轄の国境警備隊だ。どうして人類側からやってきた。何の報告も受けていないぞ」


 こちらを睨みつける魔族の男。

 あー、と納得する。


 そりゃ、国境を守る部隊もいるよな。

 そして、俺たちはのこのこと敵対する人類領からやってきた。


 警戒しないはずがなかった。


「お、俺たちは人間に捕まって、逃げてきたんだ。魔族だってことは、見たらわかるだろ!?」

「……確かに、魔族だ。だが、すべての魔族が善良なわけではない。我々に歯向かう忌まわしい反政府軍も存在するし……」


 あと少しで自由を取り戻せる。

 そんな男の悲痛な訴えに、警備隊の男は疑惑の目を向け続ける。


 反政府軍……という不穏な言葉。

 魔族も完全に団結しているわけではないということか。


 ……まあ、戦争中もそうだったし、一応平時の今ならなおさらだろうな。


「魔族を裏切り、人類のためにスパイをしようとする魔族もいるだろう」

「なっ!?」


 とんでもない言いがかりだ。

 警戒するにしても、ここまでする必要があるのだろうか?


 とくに、今は戦争をしているわけでもないのに。


「じゃあ、どうすればいいんだよ!?」


 魔族の男がそう怒鳴り声を上げれば、それを待っていましたと言わんばかりに、邪悪な笑みを浮かべる警備隊。


「無害であることを証明しろ。まず、身に着けているものをすべてここに置いて行け。ならば、危険性はないと判断できる」


 盗賊かな?

 しかし、ここでようやく理解できた。


 彼らは、忠実に任務を果たそうとしているわけではない。

 ただ、自分たちの立場を利用し、私腹を肥やそうとしているだけだ。


 末端の兵士とはいえ、このような蛮行を許しているとなると、今の魔王軍はそれほど統率が取れているわけではないらしい。


「ついでに、その希少な女どももな」

「うっわぁ……腐ってやがりますわ……」


 彼らの目は、俺のポケットに入っているナイアドとシルフィを捉えていた。

 ……こんな小さいのにも欲情するの?


 凄いな、性欲。

 しかし、ポケットを見られているということは、俺を凝視されているというわけで……。


 き、気持ち悪い……。


「随分なことを言う。教育が必要なようだな。まあ、その前に……」


 剣を抜く警備隊。

 鍛えられた軍人が戦闘態勢に入る。


 それは、非戦闘員であるほかの魔族たちを怯えさせるには、充分だった。

 だが、彼らの心配は杞憂だろう。


 なにせ、睨みつけられているのは俺だけなのだから。


「その人間は、殺さないといけないなあ!」


 嬉々として俺に襲い掛かってきた。

 決断力ありますね、困ります。




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