第21話 ラモン派
魔王軍第2軍。
第四次人魔大戦が勃発している今、最も激しく人類と戦闘を繰り広げている部隊だ。
まさしく、連日連戦。
部隊が人類と戦っていない日はないというくらいである。
つい先日は、アミスド海海戦という大規模な海戦にも参戦していた。
その第2軍の首脳陣がいる大きな建物。
戦時中とは思えないほど豪華である。
その一室から、ラモンが出てきた。
「失礼します」
頭を下げ、扉を閉める。
豪奢な廊下をしばらく歩くと、壁を背にしている女が一人待っていた。
「……またいびられていたんですか?」
水色の爽やかな髪を、サイドで一つにくくり、長い束を作っている。
顔は端正に整っており、基本的に喜怒哀楽の感情表現は薄い。
しかし、今はむっつりと膨れており、彼女があまり良い機嫌ではないことを示している。
彼女も戦場に立ち、人類と戦う戦士だ。
身体にはいくつも防具がつけられているが、非常に起伏に富んだ美しいスタイルである。
彼女の名前は、シルフィ。
ウンディーネであり、ラモンの直下の部隊に所属している。
「ん? まあ、そんな感じだな」
苦笑いしながら、ラモンが答える。
シルフィはそんな彼に、さらにむっとする。
彼が上官たちに呼び出され、どのような話をしていたのかは簡単に想像がつく。
責任の押し付けだ。
アミスド海海戦は、魔王軍第2軍と人類の間で起こった、大規模な海戦だ。
参戦した軍艦は、両軍合わせて数百にも及ぶ。
この戦いは、まさしく苛烈だった。
勝敗で言えば、魔王軍が勝った。
しかし、その被害も大きく、数で勝る人類の戦略的勝利とも言えよう
その責任を、第2軍の上層部は、ラモンに押し付けたのだ。
現場に出て、一部隊の指揮官でしかない彼に、戦闘のすべての責を負わせようとしたのだろう。
自分のこと以上に、そしてラモン以上に怒りがあふれる。
「どうして許すんですか。あの連中よりも、現場に出て実際に戦果を挙げているのはあなたでしょう。その功を横取りされ、失敗の責任は全部こちらに押し付けてきて……。一度痛い目に合わせないと、ずっと続けますよ、あいつら」
あの上層部の連中は、危険な戦場に出てくることはない。
安全な後方から、ぬくぬくとしつつ、現場の状況をまったく鑑みないバカげた作戦を命令するだけだ。
ただでさえ人類に押され気味だというのに、うまくいくはずもない。
それでも、いくつか成功を収めているのは、ラモンを筆頭に現場で戦う兵士たちが、その無茶ぶりに何とか答えようとした結果である。
つまり、現場のおかげということができる。
にもかかわらず、それらの成功を自分たちのおかげだと喧伝し、失敗すれば現場に押し付ける。
それが、どれほど醜悪なことか。
そして、ラモンは人間である。
だからこそ、こういった責任の押し付けは、絶好のターゲットと言えた。
彼が今まで何度責任を押し付けられたことか。
だが、彼は苦笑するのみだ。
「と言っても、立場はあっちが上だ。軍ってのは、上下関係が絶対だからなあ」
「そんなもの……!」
あんな連中に従う必要なんてない!
そう言おうとして、乱入者が現れたことによって口をつぐんだ。
「おう。そんなもの、潰してしもうたらよい。なにせ、お前様は人間なのじゃからな」
女が会話に乱入してくる。
黒髪のおかっぱ頭。
日に焼けたというよりも、生まれた時からそうであったという褐色肌。
いくつか豪奢なアクセサリーを身に着けている。
顔は気が強そうな印象はあるものの、しっかりと整っている。
蠱惑的な雰囲気を醸し出すような見た目だ。
薄い衣装により、シルフィほどではないものの、凹凸が豊かな肢体が露わになっている。
彼女の名は、レナーテ。
魔族の姫である。
「姫さん……」
「…………」
どうしてここにいるのか。
その想いは二人とも一緒だったが、ラモンが純粋な驚きであった一方で、シルフィは露骨に嫌そうだった。
「これこれ。そんな露骨に嫌そうにするでない。面白いから、何度でも顔を出してしまいたくなるじゃろうが」
「迷惑です。どうせ戦場に出ないのですから、後ろで引きこもっていてください」
「くくくっ。妾、これでも魔王の娘じゃぞ? 随分とひどい言い草ではないか」
気分を害した様子もなく、カラカラと笑うレナーテ。
怒りを覚え、処刑を命令しても不思議ではない不敬である。
事実、ラモンはあわあわしている。
だが、レナーテはそんな狭い器を持っているわけではない。
「私はラモンの下についたのであって、魔王の下についたつもりはありません。血筋だけで、私が頭を垂れることはありません」
「うむうむ、それでよい。そちらの方が、面白い」
面白いと言ってのける度量には、シルフィも驚いていた。
自分でもなかなかひどいことを言っている自覚はあった。
すでに興味をなくしたのか、レナーテはラモンを見る。
「で、じゃ。どうする、お前様? やってしまうか?」
「なんで姫さんが一番乗り気なんだよ……」
うりうりと肘で突くレナーテ。
今の上層部よりも、ラモンが上に来た方がいい。
ふざけた態度をとりつつも、彼女はそう思っていた。
しかし、肝心の彼は首を横に振る。
「いや、やらないって。あくまで軍は上に下が従わないと、組織として成り立たないし。下が自分の正義で好き勝手動き出したら、収拾がつかないぞ」
言っていることは正しい。
組織において、上から下へと指示が下るのは当たり前のことであり、それに従うのもまた当然。
国家の存亡がかかる軍隊においては、なおさらだ。
たとえ、上が間違っていたとしても、下からただすことはできない。
それが、軍だ。
「お前様ならうまくまとめられるじゃろう。事実、あそこにこもっておる連中がこのまま指揮し続けていても、じり貧じゃ。今からなら、まだギリギリ間に合うかもしれん」
「あのなあ、姫さんもさっき言っていただろ。俺は人間だ。シルフィみたいに、人間に大人しく従ってくれる魔族の方が少ないんだって」
うーむ、手ごわい。
レナーテは思わずうなってしまう。
確かに、ラモンの言うことは一理ある。
というか、さっきから言っていることがいちいち正論でむかつく。
彼は人間だ。
魔族の多くは人間を軽視しているし、戦中となるとなおさらだ。
それに、憎悪まで加わるのだから。
ラモンが部隊を率いているが、それは彼のことを上と認めている魔族しかいない。
だが、第2軍のような大きな組織の上に立てば、部下の中には当然認めないとする魔族もいるだろう。
むしろ、それが多数派だ。
ただトップについただけで言うことを聞かなくなれば、それこそ人類への利敵行為となる。
「だったら、力で従わせればいいだろ」
「リフト。お前もここにいたのか」
ドン! と重たい足音が響く。
この辺り一帯の気温が、少し上がった気がする。
いや、実際にそうなのだろう。
シルフィは、レナーテが来た時以上に露骨に嫌そうな顔を浮かべた。
大柄な、それこそラモンをも超える立派な体格の男は、リフト。
イフリートであり、燃え盛る身体を持つ。
彼は獰猛な笑みを、ラモンに向けた。
「まあな。何せ、俺ぁラモン派の一人なもんで。お前以外の命令に従うつもりもないしよ」
大きな口を開けて笑うのは、豪快である。
ラモンも苦笑し……とある言葉に引っかかった。
「……ラモン派ってなに?」
「なんじゃ、知らんのか? そもそも、組織というのは、大きくなればなるほど、いくつかの思想に分かれるものじゃ。それが派閥となる。タカ派やハト派など大きなものからさらに細分化されていく。その一つが、ラモン派ということじゃ」
レナーテは面白がって教える。
ああ、そうか。やはり知らなかったのか。
もともと、上に立ちたがる男ではない。
人類を裏切って魔王軍に加入したのも、名声や地位を求めてのものでもないことは、彼を引き入れたレナーテが一番よく分かっている。
だからこそ、面白い。
まったく望んでいない立ち位置に、勝手に持ち上げられているのだから。
「……そのラモンって、俺のこと?」
「無論じゃ」
往生際の悪さに、笑いが止まらない。
腹を抱えて、大きく笑う。
「なんで俺本人が知らない間に派閥ができて、そのトップに俺がいるの!?」
「そりゃあ、俺やこいつみたいに、お前を担ごうってやつがいたからだろ」
リフトは、ビッとシルフィを指さす。
愕然と彼女を見るラモン。
「シルフィ!?」
「…………」
そっと目をそらした。
裏切ったのか、という顔を見せるラモン。
別に裏切ってはいない。
勝手に派閥を作り、そのトップにしただけだ。
うん、セーフ。
「こいつは俺以上に熱心だったぞぉ」
「黙りなさい、イフリート」
「おーおー、怖えなあ、ウンディーネ」
種族の問題だろうか。
シルフィとリフトの相性はとてつもなく悪かった。
ラモンが間にいなければ、決してかかわることはなかったと言えるほどに。
「ま、お前様は人間じゃし、やはり派閥の規模としては大きくないわな。ただ、独自勢力としてそれなりに形になっている程度には、力を持っておる」
「えぇぇぇ……」
ラモンを人間だと軽んじ、蔑視する魔族は多い。
だからこそ、ラモン派の数は決して多くない。
だが、どういうわけか、有能で優秀な魔族が集まりやすいのがラモンの派閥だった。
……まあ、シルフィやリフトを見ればわかるように、癖がある者も多いのだが。
それもまた面白いと、レナーテは笑う。
ラモン自身は心底嫌そうにしているが。
「で、じゃ。どうする? お前様がその気になれば、魔王軍を手中に収めることもできるじゃろう。もちろん、不穏分子は消えないじゃろうが」
「お前がその気になるんだったら、手を貸すぜ。そもそも、あいつらの言いなりっていうのが気に食わねえんだしよ」
「…………」
レナーテの言葉に、リフトが続く。
仮に、ラモンがクーデターを起こしたとしても、魔族の姫であるレナーテは不問に処す。
それが、魔族のためにつながるから……という建前。
そっちの方が面白い、そっちの方がラモンと一緒にいやすい。
……そんな本音は、もちろん口にしない。
リフトは、そもそも現在の上層部が気に入らない。
燃やし尽くしたいほどだ。
なら、自分の認めた男であるラモンを上にしたいと思うのは、それほど不思議なことではなかった。
シルフィは黙っているが、彼女もラモンが決断すれば、必ずその力になるだろう。
次のラモンの言葉で、魔王軍が大きく変わることになるかもしれない。
三人が、彼に注目する。
そして、ラモンはゆっくりと口を開いた。
「俺たちの敵は人類だ。魔族じゃない。身内同士で争って、人類に押し負けていたら、本末転倒だよ」
答えは、柔らかな拒絶だった。
「何とか、うまくやるさ」
その数年後、ラモン・マークナイトは自分を慕う魔族と共に最後の決戦に臨み、そして死んだのであった。