第20話 代わりになってくんねえかな
「おーおー、またやっておるのか。まあ、妾を狙う理由は分かるがな。しかし、こうも諦めんとは……。ラモン信者たちは元気じゃのう」
新聞を読みながら言葉を発する、褐色肌の女。
薄い衣装は、凹凸のしっかりとした肢体を惜しげもなくさらしている。
男がいれば目を引き付けられてやまないだろうが、幸いここにいるのは女だけだ。
当の本人である彼女に加え、いつも彼女に授業をねだる子供が二人。
今は休憩と称して、各々自由に過ごしていた。
女はからからと笑う。
新聞に載っているのは、魔族間で激しい戦闘があったという報告だ。
今の魔族を統治している政権側と、それに抵抗する反政府組織の武力衝突だ。
反政府組織が狙っているのは自分だということは、とてもよく理解している。
そして、政府側がそれを断固として阻止しようとしていることも。
もちろん、政府側も単なる善意で彼女を守っているわけではなく、自分たちのためなのだが。
だというのに、渦中の彼女は恐ろしいほどに他人事だった。
「この騒ぎを起こしているの、知っているの?」
「教えて教えて!」
子供が近寄ってくる。
それを、ぞんざいに手でぺっぺっと払う。
「まだガキには早いわ。妾みたいに【ないすばでぃ】になってから出直してこい」
そう言って、女は胸を張る。
大きい。揺れる。
薄い衣装なので、なおさらそれがよくわかる。
子供相手に何をしているのか、と子供の一人は思った。
「私もボインボインになるし!」
「変なところで張り合わないの」
でかいよ! 大きいよ!
そう言ってはしゃぐ友人を呆れた目で見る。
友人から目を離すと、女を見つめる。
「……あたしのお父さんが、そいつらと戦っているの。でも、お父さんは教えてくれなくて……」
子供の父親は、政権側の魔族だ。
テロと言って差し支えない反政府組織の攻撃に、日夜対応を迫られている。
もちろん、危険だ。
実際に、女が見ていた新聞にも、何名かの死者が出ている。
「(まあ、これもまともな奴じゃないが)」
死んだ者を悪く言うつもりはないが……。
この子供の父親も、はたしてまともなのか、そうでないのか。
女には知る由もないことなので、思考の隅に追いやった。
「ほほう、父の心配か。良き子じゃ。うむうむ」
「な、撫でないでよ……」
「あー、私も! 私も!」
女に撫でられ、照れた様子を見せる。
普段は大人っぽい彼女だが、やはりまだ子供だ。
もう一人が自分も撫でろと飛びついてくるので、構ってやりながら口を開く。
「ふーむ……お主の父が教えていないのに、妾が教えるというのはどうにものう……」
「やっぱり、ダメ?」
難色を示す女に、悲しそうに子供が問いかける。
すると、女はにやりと、いたずらそうに笑った。
「じゃが、妾は誰かが困っていたり怒っていたりするのが好きじゃ。面白いから。だから、教えてやろう」
「えぇ……」
この人が一番子供っぽい。
そう思っても口には出さなかった。
子供は、この中で誰よりも大人だった。
「この騒ぎを起こしておるのは、【回帰派】と呼ばれる派閥の連中じゃ」
「回帰派……?」
「昔の……第四次人魔大戦以前の魔族に回帰しようという考え方のグループじゃ。今、魔族は人間より弱い立場だからのう。それに不満を持つ連中が、集まっておるのじゃ」
今の人類優位の状況を良く思わない魔族だっている。
そういった者たちが、今の状況を甘受している政権に攻撃を仕掛けているのだ。
「でも、どうしてそれで同じ魔族と戦っているの?」
子供ながらに、だったら人間を相手にするべきではないかと思う。
そうなれば、また戦争が起こる可能性もあるのだが、魔族同士で争う理由が子供には分からなかった。
理由はいくらでも思いつく。
だが、それは子供に話すようなことではないと、女は口をつぐんだ。
「……まあ、色々あるんじゃろうなあ。妾は知ったことではないが」
「無責任だわ」
「くかかっ。そう言うでない」
笑うと、女はどこか儚げな表情を浮かべた。
「どうせ、妾は嫌でもかかわることになる」
◆
「ご報告です。作戦区域において、こちらの目標を達成。捕まっていた同志を救出することに成功しました」
「おう、そうか」
部下からの報告に短く答える。
しかし、同志という言葉に、思わず笑ってしまいそうになる。
もちろん、失笑だ。
「これこそ、正義の勝利だ」
「人類のような下等生物に抑圧されることを良しとする同胞の目を覚まさせる。その目標に、また一歩近づきますね」
何も考えていない連中が、好き勝手なことを言い始める。
ため息をつきたくなる。
何が正義だ。
自分を正義と語る者が、もっとも正義とはかけ離れた存在なのだ。
人類を見下し、他の魔族さえもないがしろにしている。
そんな連中のまとめ役みたいな立場に、どうしてなってしまったのか。
頭を抱えたくなる。
「……おい、あんまり人類を見下すんじゃねえぞ。俺たちは、その人類に負けて今の状況にあるんだからよ」
とりあえず、そう言っていさめる。
そのまま野放しにしておけば、簡単に暴走する。
理想に燃えている者は、どうにも周りが見えなくなる。
今でさえ、自分の制御を超えているのだ。
これ以上好き勝手させれば、【彼女】からどのような仕打ちを受けることか。
「そのような弱気でどうするんですか! 魔族は人類よりも優れている。知能も、身体能力も、すべてです! それは、当たり前のことでしょう!」
「はあ。もういい。下がっとけ」
頭の痛さが隠し切れなくなる。
とにかく、一刻も早く同じ空気を吸いたくなかった。
部下たちを追い出し、一人になる。
昔なら、彼らを殺していたかもしれない。
今は、そんな短慮なことをできる立場でもない。
昔は、【彼】が自分のしりぬぐいをしてくれていたんだな、と改めて思う。
「組織、派閥のトップってのは、こんなに面倒なんだな。今やっとわかったぜ、ラモンよぉ」
そう言って、男は笑った。
「……俺の代わりになってくんねえかな。マジで」
第1章終わりです!
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