第18話 復活
ラブセラを倒した俺は、奴隷として捕らえられていた魔族たちを引き連れ、森の中へと逃げ込んだ。
……昔だったら、あのままラブセラを殺して、街がボロボロになっていただろうな。
まあ、それが正常でないことは明らかなので、そうじゃない方がいいのは当たり前だが。
ぶっちゃけ、今回は俺が全面的に悪だし。
「それで、どうするんですか?」
「うーん、そうだなあ……」
シルフィの問いかけに、悩みこむ。
と言っても、もうどうするべきなのかは考えている。
まだラブセラと戦っていても、それを考える余裕はあった。
きゅっと俺の手を握ってくる子供。
俺は安心させるために笑みを浮かべる。
「とりあえず、この子たちを魔族の支配領域まで送り届けようか。この子たちにも、家族がいるだろうし」
「……まあ、あなたならそう言うと思っていました」
「俺のことを理解してくれて嬉しいよ」
「…………」
ムッツリと黙り込むシルフィ。
怒っていないということは、昔の付き合いから分かっている。
彼女は面倒見がいいのだ。
でなければ、最後まで俺に付き合ってくれたりもしなかっただろう。
仮に、俺が彼らを見捨てて旅をしようと言っても、ゴミを見る目を向けながら、彼女が引率していたに違いない。
「あ、喜んでいますわ。案外分かりやすいんですのね、このムッツリウンディーネ」
「ラモン、今日の晩御飯は妖精の踊り食いとかいかがですか?」
「ぴぃっ!?」
ポケットに逃げ込んでくるナイアド。
妖精の踊り食いとかいう悍ましい食べ物。
いや、そもそも食べ物じゃないんだけど。
「お、俺たちを連れて行ってくれるのか?」
「俺が衝動的に起こした行動ですから。もちろん、ご自分で戻れるという方は、俺についてきてくれなくて結構です」
問いかけてくる魔族に、俺は頷く。
無論、強制はしない。
自分でどうにかできると自信があるのであれば、好きにしてくれて構わない。
そう言うと、何人かは去って行った。
自分で戻れる自信がある……というよりも、人間である俺を信用できないというところが大きいのかもしれない。
まあ、そういう評価は慣れたものだ。
昔の方が、もっとひどかった。
物理的に殺しに来られたし。
「…………」
「あ、これはガチギレですわ」
ナイアドがシルフィを見て震えている。
それを見ると、昔を思い出す。
俺も、人間はともかく、仲間であるはずの魔族からも信頼されず、嫌われていたのは、思うところがないわけではなかった。
腹が立ったこともある。
だが、シルフィをはじめ、俺以上に怒ってくれる人がいた。
だからこそ、俺自身はそんなにカッカすることもなかったのだ。
改めて、シルフィに感謝である。
「俺たちは、あんたについていく。領主とあれだけやり合ったんだ。逆に信用できる。それに、これ以下になることなんて、そうそうないだろうしな」
残ってくれた男は、そう言ってくれる。
奴隷以下になることはないと、快活に笑っている。
……たとえば、俺が彼らを実験動物のように扱おうとしていたら、どうなのだろうか?
それって、奴隷より悪いことなのだろうか?
なんとなくそんなことを思ってしまったが、もちろんするつもりはないので、笑みを浮かべる。
「それじゃあ、行きましょうか。魔族の支配する領域へ」
きゅっと手を握ってくる子供に対し握り返し、次の目的地へ歩き出すのであった。
◆
ラモンが奴隷を強奪してから、数週間が経った頃。
すでに、このころには彼らは魔族支配領域にたどり着いているのだが、時間を少し先に進めてみよう。
ここは、王国の中心、王都である。
王族、大貴族、王国騎士団が存在する、まさしく王国の心臓である。
とくに、王国騎士団は歴史が古く、複数の人魔大戦を戦い抜いた。
記憶に新しいのは、直近の第四次人魔大戦である。
人類軍として、王国騎士団も参加し、魔王軍と熾烈な戦いを繰り広げたのだ。
しかし、それから千年平和が続いた。
そうすると、歴戦の猛者の集団だった組織も退廃していって……。
だが、今回は王国騎士団ではなく、王国の政治運営を行う貴族たちに焦点を当ててみよう。
場所は、王城の最高ランクの部屋。
なにせ、ここは国王をはじめ、大貴族が集まって国家の難事や方針を決める大事な会議場だからだ。
まだ国王が現れていないことから、大貴族たちが話をする。
「ラブセラに任せている領地で、一つ事件があったらしいな」
「強盗だと伺いましたが……」
「強盗など、どこの領地でも毎日起こっていることだろう。どうしてそれを我々の耳に入れる必要が?」
怪訝そうに首を傾げる。
施政者として国民の前であけすけに言うことはできないが、強盗なんて些事は、そのような認識である。
犯罪をゼロにすることはできない。
それは当然理解しているし、しかも他の貴族が治める領地のことなんて、知ったことではない。
「普通の強盗とは違うことが多いからだ」
男は声を潜ませて言う。
「まず一点は、強盗が狙ったのが魔族だということ」
「魔族を? しかし、それなりの値段になるのでしょうから、不思議ではないのでは?」
人類社会では軽視されている存在である魔族だが、いざ買おうとするとそれなりの値段がする。
少し異なるが、ペットとして別の生物を購入するときも、それなりの値段がするように、命を買うということにつながるためだ。
ならば、その商品を強奪する者がいるのも不思議ではない。
しかし、男は首を横に振る。
「商品価値を見出しての強盗なら理解できる。ただ、ラブセラからの事情聴取では、下手人は魔族を【助けるため】に、強盗をしたと言っていた」
「助けるため? 魔族を?」
人間が魔族を助ける。
それは、なかなか想像できないことだ。
あの戦争から、人類は魔族を支配するとまではいかないものの、優位性を保っている。
見下し、軽んじている。
そんな存在を助けようと……しかも、強盗という直接的な行動をとる人間がいるとは……。
「数奇な考え方をしているというだけかもしれん。だが、あの武闘派のラブセラ自身が敗れたということ、魔道具をも駆使した万全の状態であったことが大きな問題だ」
「ラブセラは、確か貴族の武闘披露会で優秀な成績を収めていましたな」
「魔道具まで使って彼が敗北するとなると、かなり腕が立つ者のようだ……」
ラブセラが武闘派の貴族であることは、王都にいる彼ら大貴族の耳にも入っている。
この時代では、それほど稀有な貴族だということだ。
国王も天覧する武闘披露会で、多くの貴族を打ち倒したラブセラ。
そんな彼が、高価な魔道具まで持ち出して敗北したということは、只者ではないのだろう。
「まあ、奴がウンディーネを狙って先走ったということも大きい。だが、私はもっと気になることがあった」
これだけなら、これほどの人物が集まる場所で言うことではない。
伝えなければならないことがあった。
男は唇を舐めて潤し、かすれるような声を発した。
「その下手人の髪が……赤髪だったことだ」
『――――――ッ!?』
場が一気にざわめく。
一般的にはあまり知られていない男のこと。
しかし、国家の中枢にいる大貴族たちは、本当の歴史をよく知っている。
だからこそ、赤い髪というのは、彼らにとってとてつもなく大きな衝撃を与える。
「まさか……確実に死んだと、記録には残っていますぞ!」
「死者が蘇ることなど……」
「いや、何か禁忌の魔法があるやもしれん」
「だとしても、あの男をよみがえらせる理由はなんだ!? 人類最悪の裏切り者だぞ!」
かの男が名を上げ始めたのは、すでに戦争の趨勢が決まってから。
人類が勝ち、魔族が敗北するということが決定的になってからだ。
そんな状態でも、その男は人類に多大な損害を与えた。
本来ならば、人類が完全に世界の支配者として君臨し、魔族を奴隷にしていても不思議ではなかった。
それができず、優位性を保つのみにとどまっているのは、まさしくあの男の力によるものだ。
ここにいる彼らは当時を生きていたわけではないが、それぞれの家に残っている記録や遺言から、そのことは重々承知していた。
「理由は分からん。そもそも、それが私たちの危惧している人間なのかどうかさえ……。だが、もしも……もしも、我々の考えうる人間ならば……」
汗を垂らしながら、男は言う。
「【赤鬼】が復活したのだとすると、また戦争が起こるかもしれん」