第17話 よし、さっさと逃げよう
魔道具。
魔力の込められたアイテムであり、それらは普通の道具とは違い、超常現象を引き起こす。
もちろん、その数は少なく、価値は高い。
端的に言えば金だが、ピンキリにはなるが、中にはどれほど金を積んでも買えないものだってある。
ラブセラが用意した、対ウンディーネ用の雷を内包した魔道具は、国宝級よりは大きく価値が下がるが、少なくとも平民では手が出せないレベルのものである。
稼いでいる準一級冒険者や、ラブセラのような貴族でようやく手に入れられる部類だ。
それだけの価値があるからこそ、特異種のシルフィにも効果はある。
「これだけの数をそろえるのは、なかなか大変だったぞ。手間も、金もな」
そう言いつつも、ラブセラは誇らしげに言う。
そんな彼の顔がむかつく。
「……だったら、集めなければよかったでしょう」
「これだけのコストを費やしても、お前を捕らえるメリットの方が大きいんだよ。お前は、まさに金のなる木だ」
「ちっ……!」
露骨に大きな舌打ちをしてしまう。
自分の価値を下卑た目的で語られることが、こんなにも腹立たしいことだとは思わなかった。
八つ当たりにラモンの足を踏みつけたくなってしまう。
「私がこの程度で一方的にやられるとでも思っているのかしら? あの戦争の時、この程度の備えを人間がしてこなかったとでも?」
「普通のウンディーネならこれだけで充分だと私も言えるが、確かにお前が相手では不足かもしれん。だが……ここに水源はないぞ?」
「…………」
間違いではない。
そもそも、ウンディーネを水源から離れた場所に持っていこうとすること自体がおかしい。
だから、第四次人魔大戦の時も、彼女は基本的に水が近くにある戦場で猛威を振るったのだ。
「これは私の推測に過ぎないが、確かに戦時は私が用意したものよりはるかに強力な武器が、ウンディーネ対策に用いられたのだろう。それを潜り抜けたお前の力は強大だ。だが、その当時、水源の近くで戦っていたのではないか? 私はそう思っている」
「……どうでしょうかね?」
正解だとしても、そう言ってやるのはむかつく。
シルフィは決して口を割らなかった。
ラブセラも確信しているように話すものだから、わざわざ嘘をつく必要もなかった。
「なら、試させてもらおうか! やれ!」
「……っ!」
ラブセラの号令で、一斉に雷撃が放たれる。
この程度では死なない。
動けなくなるほどのダメージも受けないことは、予想できた。
だが、苦痛を味わうことは予想され、シルフィはとっさに腕で防御姿勢をとり……。
「ふっ……!」
シルフィに届く直前、割り込んだラモンが剣を振るった。
ゴウッと風が吹き荒れる。
薙ぎ払うように振られた斬撃により、シルフィに迫っていた雷はすべて霧散させられた。
「はぁっ!?」
「び、ビリビリする……」
唖然とするラブセラ。
ラモンは電撃を斬った後遺症で、ガクガクと身体を震わせていた。
「で、電撃を斬った!? そ、そんなことを、人間ができるはずが……!」
ありえないことだ。
まず、凄まじい速度で移動する電撃を捉えることすら難しい。
それを打ち払えたとしても、人体に対するダメージは深刻だ。
だが、現にラモンはそれをやってのけ、また崩れ落ちることもない。
ラブセラは、この男が普通でないことを、ようやく認識した。
「……私、さっき言いましたよね。自分のことをおろそかにしないで、と」
「無意識でやってしまいました」
シルフィは、ラモンに傷ついてほしくない。
もうあの戦争で十分だ。
彼は十分傷ついた。
だから、しっかりと自分の身体を考え、自由に生きてほしい。
だというのに、今もまた自分なんかを庇って……。
キッと睨みつけると、ラモンが小さくなる。
「怒りたいのに自分が助けてもらって嬉しいから怒れないんですわね。分かりますわ」
「黙りなさい」
クスクスと笑うナイアドを捕まえる。
このまま自分の体内に取り込み、溺死させようか?
「安物だし、仕方ないかあ。俺の武器、どこにあるか知らない?」
ラモンは妖精狩りからパクった剣を見て、ため息をつく。
昔、戦時に使っていたあの剣なら、電撃を斬っても自分がしびれるようなことはなかった。
やはり、あの武器があれば……。
「あなたが……いなくなってから、自然と消えていましたよ」
「死んだって言いたくないんですわね、分かりますわ」
「その声帯はいりませんね」
「喉をえぐり取るつもりですの……?」
溺死だけでは生ぬるいらしい。
シルフィの伸びる手から、必死に飛んで逃げるナイアド。
ラモンのポケットの中に隠れやがった。
出てこい、逃げるな。
「そっか。また会えたら使いたいな。……一度負けた奴に使われるなんて、認めてもらえないかもしれないけど」
ラモンはそう言って、生前使用していた武器を思い返す。
意思を持つという普通の無機物ではない不思議な剣だった。
昔の知り合いと会うのもいいが、かつての相棒とも再びまみえたいものだ。
……決してシルフィの顔が怖いから回想しているわけではない。
本当だ。
「も、もう一度だ! もう一度雷撃を……!」
追撃をかけさせようとするラブセラ。
しかし、彼が集められた魔道具は、再び魔力を溜めるまでに時間がかかる。
すぐさま追撃を仕掛けられるような高級品を集めることはできなかったのだ。
もたもたと手間取る部下たち。
そして、シルフィはそれを見逃さない。
「させません」
「ぐっ……!?」
濁流が襲い掛かる。
ラブセラはとっさに後ろに下がって避けたが、部下たちは強烈な水量に地面に打ち倒され、立ち上がることができない。
ラモンたちを囲んでいた部下は、全滅していた。
「あなたには防がれましたが、他の人間はどうにも用心が足りなかったようですね。強い武具を与えられて、子供のように喜んで油断するからです」
「くそ……っ!」
悔しがるラブセラ。
しかし、シルフィは自身の攻撃を彼が逃れたことに驚いていた。
「(ただの貴族ではないようですね)」
執務室に引きこもり、文書作成のみを行うような貴族ではないらしい。
武官としても鍛えているようだ。
「俺がやったことも犯罪だしな。俺たちを見逃してくれるんだったら、俺もあんたを見逃すんだけど」
やっていることは強盗なので、ラモンもまったく強く出られていない。
裁判をそっちのけで真っ先に殺されかかっているのだから、もっと強く出てもいいのでは、とシルフィは思う。
相変わらず人に甘い。
だが、ラブセラも剣を抜いて応戦する。
「ここまで来て、引き下がれるか! もう十分にコストをかけているんだ。そこのウンディーネを手に入れなければ……もう終わりなんだよ!」
雷を纏わせた剣を振るうラブセラ。
踏み込みは力強く、何度か駆けるだけでラモンの懐にまで入り込む。
そして、激しい剣戟が繰り広げられる。
剣と剣がぶつかり合う鈍い金属音。
同時に、電気のバチバチと弾ける音が鳴り響く。
一方的な攻撃をしているのはラブセラで、ラモンはそれを防ぐのみ。
苛烈な連続攻撃に、ただ防ぐことしかできないのか。
それとも……。
「人間の貴族って、あんなに強いものなんですの?」
「さあ。昔は前線に出る貴族が当たり前でしたから、そこそこ強いのも多かったですよ。ただ、立派なものです」
ポケットから逃げ出したナイアドが、シルフィに問いかける。
あの戦争は総力戦だ。
人間も貴族や平民に限らず戦場に出ていたものだから、何度も戦場を潜り抜けた貴族は非常に強かった。
ラブセラもトップクラスとは言えないものの、かなりの力を持っているようだ。
ラモンに襲い掛かる彼を見て、シルフィは評価する。
「ラモンがよくいる普通の指揮官のように、最前線に出て戦わないような男だったならば、ラブセラが勝てたかもしれませんね」
指揮官は、指示を出さなければならない。
それゆえ、最前線に出て敵と切った張ったの殺し合いをするのではなく、比較的安全な後方から俯瞰的に戦場を見、的確な命令を下す必要がある。
「(だというのに……)」
思い返すと、むっとする。
「彼は違ったんですの?」
「ええ。私たちが何度止めても、あのバカは最前線に突っ込んでいって……」
速攻で最前線に突っ込んでいく背中を見て、心臓がキュッと縮まる感覚。
あれは、何度経験しても嫌なものだった。
だけど、ラモンは最も危険な場所に部下を送り込み、自分は安全な後方で……というのが我慢できない男だった。
だから、ずっと危険な死が渦巻く最前線に飛び込んで……。
「――――――そして、勝ちました」
シルフィはそう言って、二人の戦いを見た。
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ラブセラの覇気すら含んだ気合の声。
その気合のままに、ラモンに切りかかる。
人生最高の一振りだ。
自分と同等、もしくは幾分格上の相手も、一撃で切り伏せることができるほどのもの。
その一撃が自分の頭部に迫るラモンは……横に剣を振るった。
「ふっ!」
ガギン! と音が鳴った。
キラキラと光る。
それは、砕け散ったラブセラの剣だった。
「ば、かな……!? こんなことが……!」
ガクリと崩れ落ちるラブセラ。
魔道具はかなり高額だ。
それらをほぼすべて壊され、部下も倒され……もはや、彼に立ち上がる気力はなかった。
そんな彼を見て、ラモンは剣を収める。
戦時だった時なら、彼を殺さなければならなかっただろう。
だが、今は戦時ではない。
しかも、自分が強盗犯である。
さて、そんな自分がすべきことは……。
「……よし、さっさと逃げよう!」
バッと振り返り、シルフィとナイアドを見て言うラモン。
そんな彼に、ナイアドは呆れた目を向ける。
「なんかそんな凄い人には見えませんわ……」
「そこがいいんです」
「え?」