第16話 ビリビリかあ……
ラブセラという名を聞いて、シルフィは眉をピクリと上げる。
自分をしつこく追い回していた人間。
その執念深さには、一種の敬意すら覚えるほどだ。
もちろん、皮肉だが。
自分の命を狙い続ける人間など、うっとうしくて仕方がない。
「(しかし、無駄に有能なんですよね)」
心の中で思うシルフィ。
あまり俗世に興味のない彼女だが、自分の住んでいた領地の状況くらいは耳に入れるようにしていた。
自分が頻繁に狙われるようになってからは、なおさらである。
シルフィを探す人間が増えたのは、ラブセラが領主となってからだ。
そして、領地が上向きになったのも、彼が着任してからとなる。
「(能力と性格は釣り合わないということですか)」
シルフィは嫌そうにため息をついた。
自分からは面倒極まりない領主だが、領民からすると、領地を豊かにした有能な男になるのだろう。
人によって、ここまで評価が変わるのは、英雄くらいなものだ。
そう、自分の隣に立つ、ラモン・マークナイトのような。
「迅速な動きは素晴らしい、領主様。接敵するのは、早くても逃げ出してから数時間程度だと思っていた」
「だから、たまたまだよ。ウンディーネを捕獲に行った部下が失敗したようでね。私自ら捕らえようと、兵を準備させていたのだ。湖までの道中に、この騒ぎがあったというだけのこと」
……だというのに、この男は何を暢気に会話なんてしているのか。
つい先ほど、矢を射られたのである。
殺されるところだったのだ。
だというのに、普段通りの表情と態度で接しているのは、どういうことか。
彼のことなのに、彼以上にイライラさせられる。
自分に対して無頓着なところは、本当にむかつく。
「い、痛い……。どうして足を踏むの……?」
それが分からないから腹立たしいのである。
グリグリとかかとを動かせば、小さく悲鳴を上げるラモン。
……ちょっと楽しかった。
「しかし、幸運だ。まさか、ここに求めていたウンディーネがいるとは。日ごろの行いが良かったのかな?」
「じゃあ、私の日ごろの行いは悪かったということですか。最悪です」
ラブセラの目が自分を捉える。
彼は会えてうれしいのだろうが、シルフィはまったく嬉しくない。
むしろ、機嫌は悪化していく一方だった。
「大人しく捕まってくれる……というのはありえないだろうな?」
「もちろんです。私はこの人と旅をしなければいけないので」
ベチベチとラモンの腕をたたいてアピールする。
昔からの約束だから、仕方ないのだ。
自分が積極的に彼と旅がしたいというわけではないのだが。
かーっ、仕方ないなー!
「ふむ……。ウンディーネにはもちろん興味があるが、それ以上に君に興味がわいてきたよ」
「……俺?」
まさか、自分に矛先が向くとは思っていなかったようで、ラモンは驚いた表情を浮かべている。
他人事だったというのが、無性にむかついた。
もう一度足を踏んでやる。
悲鳴を上げたラモンが可愛かった。
「ウンディーネと仲良くできる人間に、興味がないわけないだろう? 私の前には決して出てきてくれなかったというのに、嫉妬してしまうよ」
「付き合いの長さじゃないか?」
「付き合いが長いだけで、気は許しませんよ」
最たるものはイフリートだ。
同じくラモンの部下として、第四次人魔大戦を戦い抜き、そして生き残った男。
種族的なものもあるかもしれないが、どうにも気に入らない。
当初、彼はラモンのことを毛嫌いし、大きな戦闘になったことも要因の一つかもしれない。
……自分も初対面の時は似たような感じだったが、それは気にしない。
ラモンが気にしないと言ってくれているし。
うん、大丈夫。
「え? 俺に気を許してくれていたの?」
「…………」
「ご、ごめん。つねらないで……」
とぼけた表情と声で、むっとするようなことを言ってくる。
相変わらず、一言多い。
だから、他の魔族からも嫌われることが多かったのだ。
頬を膨らませながら、シルフィは無言で圧力をかける。
物理攻撃に及んでいることからは目をそらせ。
「ふぅむ、やはり気になるな。しかし、商人を脅し、魔族を奪い取ったことはよくないな。あれらは商品だ。対価も払わずに貰おうとするのは、いささか不躾だ」
ラモンも言っていたが、強盗である。
当然、社会の中で罰を受けるだろう。
と言っても、相手は人間だ。
魔族が人間の法に支配される理由もない。
ラモンは人間だが、魔王軍にいたのだから、魔族同然だ。
突っぱねてしまえばいいのに、とシルフィは思う。
「大人しく捕まるのであれば、手荒な真似はしないが?」
「……最初に矢を射ってなかったっけ?」
「そうだったかな? まあ、その程度で死ぬのであれば、それでよかったのさ」
実際、ラモンが死んでしまっていたとしても、ラブセラが罰せられることはない。
裁くのは彼であり、裁かれることはありえない。
それが、王国貴族である。
「さあ、返答は?」
こちらを見てくるラブセラ。
何が、返答は? だ。
答えなんて、決まり切っている。
「無論、お断りします。旅をすると言っているでしょうに」
ラモンがなー。約束を覚えていたからなー。
自分はそうでもないんだけどなー。
でも、ラモンと約束したからなー。
「そうか、残念だ。手荒な真似はしたくなかったのだが……」
やれやれと首を横に振るラブセラ。
しかし、そうしたいのはシルフィの方である。
「あと、ペラペラと時間をかけて喋りすぎですね」
魔力を十分に練ることができた。
ゴウッ! と渦がラブセラたちを襲う。
水場がないと戦えないと思っていたのだろうか?
普通のウンディーネならそうかもしれないが、シルフィはあのラモンと共に激戦を潜り抜けてきた、特別なウンディーネである。
ラブセラたちは、それを甘く見ていたのだろう。
まったく、腹立たしいことだ。
自分も、ラモンほどではないにしろ、それなりに人類からも畏怖された存在だったのだ。
「……えっぐ」
「……どうして味方の私をそんな目で見るんですか。鬼を見るような目じゃないの。鬼はあなたでしょ」
プルプルと震えるラモンを睨みつける。
【赤鬼】が、ただのウンディーネに怯えるなんておかしいだろう。
スッと近づけば、震えが強まる。
……ちょっと面白い。
けど、むかつく。
「いや、僕はミジンコなんで」
「は?」
「ひぇ……」
ギロリと睨みつけてやれば、小さくなるラモン。
……まるで、あの戦い以前に戻ったようだ。
魔王軍にいた時も、ラモンとこうして他愛のない話をしたものだ。
その時は、自分たち以外にもいろいろといたが……。
すでに戦いの雰囲気は抜け始めていたころ……。
「いやはや、驚いた。ウンディーネは戦闘を不得手とする魔族じゃなかったか?」
「……っ!?」
ラブセラの声が聞こえてきて、驚愕する。
死なずとも、数週間はベッドの上でのたうち回るほどの威力は込めていたはずなのに。
倒れ伏す兵もいた。
だが、ラブセラも含めた少数は、確かに立っていた。
「獲物は分かっていたんだ。なら、対策だって立てられる。当たり前の話だ。と言っても、全員分を用意することができなかったのは、残念だが」
立っている人間は、一様に武器と防具を持っていた。
バチバチと稲光が走る。
自然現象のそれとは比べものにならないほど弱弱しいが、生体において電気は非常にショックを与える。
ちょっとしたものでも、痛みと恐怖を与える。
水の化身ともいえるウンディーネであるシルフィには、人間以上に効果がある。
「さあ、味わうがいい。これが、対ウンディーネ用の魔道具……雷付与の武具だ」
「ビリビリかあ……」
そして、ラモンは相変わらずのんきだった。




