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第14話 強盗です

 










「がっ!? げっ、げほっ、げほっ!」


 腹を抑え、地面をのたうち回る子供。

 腕で防御することもできず、もろに蹴りを受けていた。


 それも、柔らかい腹部となれば、その痛みは激烈なものだろう。

 そんな子供を見下ろし、商人は誇らしげに声を張り上げる。


「このように【多少】荒く扱っても、そうそう壊れることはありません。頑丈な魔族だからこそです!」

「おいおい、立ち上がれねえじゃんか。耐久力は本当にあるのかぁ?」

「もちろん! これはガキなので、仕方ありません。ですが、大人ならば、かなり持ちますよ!」


 このパフォーマンスが功を奏したのか、客が続々集まってくる。

 確かに、魔族は人間よりも頑丈だ。


 身体能力が高いと言えるだろう。

 そのため、耐久力も高い。


 ……だが、大の大人に思いきり腹部を蹴り上げられれば……あまつさえ、それが子供なのだとしたら。


「……なあ、おじさん。奴隷売買って、この国では認められているのか? たとえば、あそこに見えるのは全員魔族なんだけど、人間はいないのか?」


 俺は書店の店主に問いかける。

 確か、王国は奴隷制度は禁止されていたはずだ。


 他の国では合法のところもあるので、禁止されているはずの王国でも、水面下で奴隷売買をしていても不思議ではない。

 とはいえ、これほど堂々と、多くの人の目の前で商売されているのは、明らかにおかしい。


 しかし、何を言っているのだと、店主は首を傾げる。


「ん? あんた、外国人かい? 人間の奴隷なんて、いるわけないだろ。少なくとも、この王国ではありえない。そんな非人道的なこと、誰も賛同しないよ」


 やはり、記憶通り王国では奴隷制度は禁止されているらしい。

 では、どうして誰も騒がないのか?


「じゃあ、あれはいいのか?」

「お客さん、何を言っているんだ?」


 さらに問いかけた俺に、店主は心底分からないと、困惑した顔で言った。


「魔族は人間じゃないんだから、奴隷にしたって構わないだろ?」


 俺はそれを聞いて、ストンと納得できた。

 ああ、そうか。そういうことか。


 王国で禁止されている奴隷は、【人間の奴隷】なのだ。

 つまり、魔族の奴隷は合法だということなのだろう。


 俺から見れば、あの腹部を蹴られた子供は、実に痛々しい光景だ。

 子供が痛めつけられている姿なんて、誰が見たがるというのか。


 しかし、店主も含め、王国の人間はそれを忌避しない。

 なぜなら、彼は魔族だから。


 同じ人間でないのだから。

 ……犬が首輪をつけられて散歩しているのを見ても、誰も不思議に思わない。


 ただし、人間が首輪をつけられて外を歩かされていたら、眉を顰める。

 その違いだろう。


 彼ら王国の民にとって、魔族は獣畜生と同じレベルなのだ。


「…………ああ、悪いね。おかしなことを聞いた」


 構わないと笑った店主に手を振り、俺は書店を出た。

 あの言葉は、あの認識は、店主だけの特別なものではない。


 王国の民……少なくとも、奴隷商人の前で冷やかしをしている人々全員の価値観なのだろう。

 建物の影からその状況を見ていると、ナイアドとシルフィがポケットから顔を出す。


「あ、あんなひどいことを、どうして……!? 種族は違っても、話もできるというのに!」

「あれが、現状ですよ。だから、絶対に姿を隠すように忠告したのです。妖精なんて、今となっては非常に希少な存在。姿が露見すれば、何が何でも攫ってやろうという輩は大勢います」


 シルフィの言葉に耳を傾ける。

 少し前まで死んでいた俺と、ずっと一人で人里離れて生きていたナイアド。


 そんな二人よりも、シルフィの方がはるかに世情に詳しい。


「そして、待っている末路は、あそこにいる魔族……いえ、それよりもひどいものでしょうね」

「……っ!」


 言葉を詰まらせるナイアド。

 彼女も、あの魔族の子供に対する仕打ちを見ていた。


 あの暴力が自分に向けられたらと想像し、恐怖を覚えるのは当然だろう。


「それで、どうしますか、ラモン?」

「どう、か……」


 シルフィの目が、俺を捉える。

 何が言いたいか、というのは伝わってきている。


 だからこそ、俺は即答することができなかった。


「私も、多少苛立ちは覚えます。とくに、子供を虐げているのは、見ていて愉快ではありません」


 普段の冷静な言動から冷たい女だと誤解されることもあるが、シルフィは情に厚い。

 あの光景を目の当たりにして、何も思わないはずがなかった。


 しかし、冷静な彼女だからこそ、ここで感情のままに行動してもいいことがないことを認識していた。


「ですが、積極的に助けようとも思いません。なぜなら、私がここで彼らを助けても、根本的な解決にはならないからです。たとえ、この場から逃げ出しても、少ししたら彼らは再び捕まり、また同じような責め苦を受けることになるでしょう」


 助けるという行為は、意外とややこしい。

 たとえば、道に迷っている人に道順を教えるという行為も、助ける行為だ。


 そして、それはその場だけで完結する。

 なら、積極的に助けるのもいいだろう。


 だが、今回は違う。

 もし、俺がここで義憤に駆られ、奴隷商から魔族を解放したとしよう。


 じゃあ、それでおしまい。ハッピーエンド……というわけにはいかないのだ。

 そもそも、奴隷商は何も法律的に悪いことをしているわけではない。


 人間ではないため、王国の倫理観でも問題はないだろう。

 そして、魔族を解放したとして、彼らはそれからどうするのか?


 この王国から魔族の支配地域に逃げるには、かなり困難が伴うだろう。

 その間に追手に捕まれば、再び奴隷戻りである。


 一度逃げたとなれば、さらに苛烈な環境が待ち受けているに違いない。

 生前ならいざ知らず、今の俺はただのラモンだ。


 魔王軍に所属していることもなく、何の後ろ盾もない、ただの人類の裏切り者だ。

 そんな俺に、最後まで彼らを助けるということができるだろうか?


「つまり、助けるという行為をするのであれば、大きな変革を行わなければならないということです。また、あなたが表舞台に立つような、そんなことを」


 シルフィは、そのことを俺に伝えてくれている。

 彼女だって、言いたくないことだろうに。


 俺に選択肢を与えるため、わざと投げかけてきてくれている。

 ……嬉しいものだ。


「……相変わらず、俺のことを心配してくれるんだな」

「…………は?」


 ポカンと見上げてくる。

 嫌なことを言ったから、嫌われるとでも思っていたのだろうか?


 出会って間もないころならまだしも、すでにシルフィの性格はしっかりと把握している。

 ならば、嬉しく思いこそすれ、嫌うことなんてあるはずがない。


「俺も、あまりこの世界で大きなことをするつもりはないんだ」


 俺はずっと考えていたことを、口にする。

 どのような理由があったのかは知らないが、俺はすでに死んでいる身。


 あの時、あの戦場で、俺は死んだのだ。

 ならば、死者が世界に影響を与えるわけにもいかない。


 そんな世界は、間違いなくいい方向には進まないだろう。

 日常は、生者が作っていくものだからだ。


 だけれども……。


「さあ、いかがか? 今ならお安く……おや、あなたも買われますかな?」


 俺の足は、商人の前にまで進んでいた。

 どうやら、奴隷を買うという人はいなかったらしい。


 まあ、少し見下ろせば、それなりの値段がしているしな。

 普通に仕事をしている人だと、なかなか買えないだろう。


 ようやく現れた客と思ったのか、商人は嬉しそうに笑う。


「いや、買わないとも。正直、凄く申し訳ないと思っているんだけど……」


 俺は苦笑いする。

 なにせ、俺がやろうとしていることは、明らかに犯罪行為。


 商人に非はなく、悪いのは俺だ。

 だから、罪悪感というか、申し訳ないという気持ちが強い。


 だけれども、この状況を……意に反して自由を奪われ、無理やり身柄を引き渡されるのは、どうにも見過ごせない。

 あの日、あの時、何もできずに彼女を連れて行かれたのを見送った無力な俺を思い出す。


 そうならないように、俺は力をつけたのだ。

 だから……。


「あ……」


 魔族の子供が俺を見上げる。

 俺がどのような客なのか、手荒に扱うような人間なのか、見定めているように。


 申し訳ない。

 俺は、客ではないのだ。


 まあ、俺は元魔王軍だ。

 人間に被害を与えるのは、悪いことじゃないだろう。


 だから、俺は妖精狩りの男から奪った剣を突きつける。


「なっ、なななな……っ!?」


 激しく狼狽する商人。

 客だと思っていたら、いきなり剣を突きつけられれば、当然にビビるだろう。


 俺は、死者だ。

 死者がこの世界に影響を与えるようなことは、するべきではない。


 だから、これは魔族の奴隷解放とか、地位の向上とか、そんな大層な意思を持って行うことではない。


「強盗です。お金は払わないけど、全員ください」


 ただの、犯罪である。




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