第13話 敗戦後の末路
陽気な天候だ。
俺はのんびりと道を歩きながら、そう思った。
空から降り注ぐ陽気な光は、ポカポカと身体を温める。
爽やかな風が吹けば、もう最高だ。
周りに人がいないというのも大きいだろう。
舗装されているわけではないが、多くの人や馬車が踏み均した道だ。
人通りは少なからずあるのだろうが、たまたま今は無人らしい。
もう死んでから千年経っているのだから、人間の間で俺がお尋ね者になっていることはありえないだろうから、そういう意味ではあまり心配していない。
むしろ、心配なのは俺の同行者。
つまり、ナイアドとシルフィである。
二人は妖精とウンディーネという、希少な魔族だ。
その見た目の美しさや性質から、常に狙われていると聞く。
彼女たちが露見しないように、人の目を避けるのは当然だろう。
ナイアドはともかく、シルフィがそのままの状態で俺と旅をすることは不可能だ。
超目立つ。
しかし、ウンディーネは水の身体。
伸縮自在であり、シルフィには小さくなってもらって、ナイアドと共に俺の胸ポケットに入ってもらっている。
……のだが。
「どうしてあなたがそこに入ってくるんですの!?」
「私に降りろと?」
「ぴっ!? そ、そこまでは言っていませんわ」
弱いな。
ナイアドの即時降参に、思わず苦笑してしまう。
そう、彼女たちは俺のポケットの中で、占有権争いを繰り広げていた。
何だろう。ちっちゃいから和む……。
しかし、ギャアギャアと騒がしいのがかなり近くにいるため、耳へのダメージは大きい。
「でも、ここはわたくしの特等席ですのよ!」
「私はあなたがラモンと出会う前から、彼と旅に出るという約束をしていました。つまり、私が先輩なのです。先輩に譲りなさい」
「う、うぐぐぐ……」
歯がみして唸るナイアド。
弱いな。
必死に戦おうとしているが、だいたいすぐ言い負かされている。
可愛い。
「ちょっと! ちゃんと言ってくださいまし!」
矛先がこちらに向く。
しかし、どちらかの味方をすれば、一方からとてつもなく恨まれるのは簡単に想像できるので、玉虫色の返事をする。
「仲良くしろ、とまでは言わないけど、なんとなくうまく共存してくれ。一緒に旅をするんだし」
「むぅ……。わ、わたくしだって、別に喧嘩がしたくて声を荒げているわけではありませんわ……」
唇を尖らせるナイアドは、とても子供っぽい。
どうしても笑みが隠せなくなる。
自分の居場所を取られまいと意固地になっているのも、仕方ないかもしれない。
ナイアドは随分と長い間一人で生きてきたようだし。
そして、そんな彼女の気持ちはシルフィにも伝わったのだろう。
ふっとため息をつくと、口を開いた。
「仕方ないですね。では、私が8割、あなたが2割使っていいですよ」
「わーい……なんて言うと思いまして!? 舐めてますの!?」
むきゃーっと怒りを露わにするナイアド。
譲歩しているようで、まったく譲歩していないのがシルフィらしい。
基本的には敬語で落ち着いた口調の彼女だが、かなり頑固だというのは、昔馴染みしか知らない。
しかし、第四次人魔大戦を戦い抜いた歴戦の猛者相手に、喧嘩を売ることができるナイアドも凄いな。
詳しくは知らないから、という理由が大きいだろうが。
「そういえば、次の目的地を決めていませんでしたね。どこに向かうのですか?」
「とくに目的地はないんだよ。適当に旅をして、昔の知り合いに会えたらいいなぁって感じだったから」
尋ねてきたシルフィに答える。
蘇ってさっそくシルフィという既知に出会うことができた。
意外と昔の知り合いは生きているのかもしれない。
そう思うと、不思議と足取りが軽くなる。
「では、世界中の湖をめぐる旅をしましょう。とても有意義ですよ」
「それ、楽しいのあなただけでは?」
「湖の美しさも分からない妖精なんていらないわね」
「ひぎゃああっ!?」
ポケットの中で始まる乱闘。
ポケット内戦と名付けようか。
でも、あんまり暴れると俺も痛いからやめてほしい。
「どこに向かうにしても、地図は欲しいな。とりあえず、地図を手に入れることを目的にしよう」
俺はそう提案する。
基本的な地理は頭の中に入っているのだが、千年も経てば色々と変わっているだろう。
シルフィは、ここは王国領だと言っていたが、魔族絶対殺すマンな教皇国の近くには寄りたくない。
魔族に与した俺も、人間ではあるがサーチアンドデストロイされるだろう。
そういう意味でも、地図は大事だ。
「妖精。あなたに一つ助言をしてあげるわ。街に入るとき、ラモンの身体から顔を出さないことよ」
シルフィがナイアドに忠告する。
真剣な声音だ。
ナイアドを困らせてやろうというゲスなものではなく、本当に心からの忠告だった。
だから、ナイアドも反発することなく、首を傾げた。
「どうしてですの? わたくし、初めて人間の街に行くから、色々と見たいと思っていましたのに……」
「人間の街だから、です。あなたはどうにも常識知らずのようですが……」
目をスッと細めるシルフィ。
「人間の世界では、魔族はとても生きづらいものなんです」
その言葉は、千年世界にいなかった俺には、とても重々しく感じるのであった。
◆
「はいよ。これがこの辺りの地形で一番詳しい地図だ。それなりに値段はするけど、信頼性はバッチリさ」
そう言って、書店の店主が丸まった地図を差し出してくる。
中を見ると、確かに丁寧に書き込まれている。
少しだけしか見ていないが、千年前の俺の知識と重なっている部分も多々あるため、大きく間違っているということはないだろう。
それを確認すると、お金――――シルフィがため込んでいたのを借りた。ちゃんと返す――――を差し出す。
「ありがとう。じゃあ、おじさんを信用して買おうかな」
「毎度!」
地図を受け取ると、懐にしまう。
さてと、用事も済んだし、さっさと出よう。
小さくなったシルフィとナイアドを、いつまでも狭苦しいポケットの中に閉じ込めていくわけにもいかない。
少しくらい……と思わないでもないのだが、ここはシルフィを狙った貴族の統治する街だ。
気を抜くと大変なことになる。
そういう意味も込めて、早く街を出たかった。
「しかし、旅人かい? 危険だろうに、そんなに楽しいのかね?」
「ははっ。やることがないだけだよ。暇つぶしさ」
「おーおー、うらやましいねえ」
話を簡素に切り上げて、書店を出ようとしたときだった。
「さあさあ、見て行ってよ! 活きのいい魔族が入荷したよ!」
「…………」
威勢のいい声が聞こえてくる。
普段なら、商人が頑張って仕事をしているのだと、思うだけだ。
その内容が、とてつもなく耳障りでなければ。
視線をやれば、そこには高らかに声を張り上げる商人。
そして、彼の手に伸びた鎖につながれた、幾人もの魔族がいた。
俺はそれを見る。
激情に駆られることはない。
こういうことは、戦時中はちょくちょく目にしたものだ。
むしろ、捕虜として捕らえられた魔族の方が、惨い最期を遂げたことだろう。
だからと言って、何も感じないことはない。
「厳しい仕事に従事させるもよし。愛玩用にかわいがってもよし」
「魔族をかわいがる変態なんていねえよ!」
「いやいや、そんなこともありませんよ。案外需要はあるものです。なにせ、壊れても構わないのですから!」
集まってきた客に笑いかける商人は、グイッと鎖を引っ張る。
首を圧迫された魔族は、小さく悲鳴を上げる。
それは、まだ成長しきっていない子供の魔族だった。
商人の男は、目の前に転がる子供に向かって、大きく足を振り上げ……。
「しかし、最も需要があるのは、このように……ストレス発散でしょうなあ!」
その腹部を、思いきり蹴り上げたのであった。