第12話 こじらせ
「この人は勝手にどこかに行こうとしますから。もうこちらに了承なくおかしな動きをしないように、しっかりと監視しておかなければなりません」
俺の膝の上に座りながら、ふんすとシルフィが鼻息を荒くする。
おかしな行動……。
そんな責められるようなことはしていなかったと思うんだけど。
……あ、最期だけはほぼ私情で動いていたけど、シルフィにはばれていなかったはずだし。
「いや、そんな独断専行はしていなかったと……」
「は?」
「すみません」
「弱いですわ」
ナイアドはそういうが、勝てない。
青い目で見据えられると、自然と背筋が伸びる。
ゆ、許して……。
「……あの乱戦で、あなたについていくことができませんでした。それは、私にとって、最大の後悔です」
どこか神妙に、シルフィは言う。
何とも義理堅いというか、彼女らしい。
あんな地獄そのもののような戦場で、そこまで他人のことを考えられるのは、彼女の美徳だ。
「まあ、わちゃわちゃしていたからなあ」
「あの戦いをわちゃわちゃで済ませるのもどうかと思いますが」
呆れたように見上げてくるシルフィ。
弱く優しい表現にしたのは、ナイアドがいるからである。
どうにも精神的に幼い気がする彼女の前で、血みどろの死屍累々な戦場のことを、その通りに表現することはできないだろう。
シルフィはそんな俺を、真摯な目で見据える。
「ですから、今度はもうあなたを一人にしません。私は、今度こそあなたに付き従います。ずっと、あなたが嫌と言っても」
そう言われ、俺は笑みがこぼれる。
心の底から、素直に嬉しい。
俺は敵が多かったから、こうして絶対的に味方になってくれる人というのはとても少ない。
だからこそ、彼女のように言ってくれるのは本当に嬉しいし、大切にしたいと思う。
「嫌だなんて思わないよ」
「……ナチュラルに重いですわ」
「何か言いましたか?」
「いえ、何もありませんわ!」
敬礼するナイアド。
いつか水の中に沈められそうだな。
そんなことを考えていると、シルフィが俺の頬に手を伸ばしてくる。
「ここ、汚れているわ。身だしなみは大事なんですよ」
君の攻撃の余波なんですけど……。
思わずそう言いそうになるが、何とかこらえる。
「ほら、こっち向きなさい」
そう言うと、シルフィは汚れのある頬に手を当てる。
彼女はウンディーネだ。
水で構成された手がそこにあたると、汚れがゆっくりと取れていく。
「冷たっ」
「ふふっ、嫌がらないで」
水温が低い!
思わず顔を背けそうになるも、シルフィが面白がって手を放してくれない。
膝の上に座られているものだから、二人してゆらゆらと揺れる。
「……人前で何をイチャイチャしてやがりますの、この二人は……」
ちっと舌打ちをするナイアド。
ばれないようにしないと、またシルフィからにらまれるぞ。
「ところで、どうしてあなたは生き返ったの?」
「それが、俺にもよくわからないんだよな」
シルフィは気になって仕方ないだろう。
死んだ男が蘇っていたら、誰だって種を知りたくなる。
と言っても、俺も知りたいんだよな。
死んだと思ったら、気が付いたらもうこの世界だったわけだし。
時間が経っているということも、よく分からない。
生き返るのであれば、殺された直後とかではなかったのだろうか?
まあ、あの戦場でまた生き返ったら、再度殺されていたことは間違いないのだが。
「だから、のんびり自分が生き返った理由を探そうと思ってな。この子と一緒に、世界を見て回りながら」
「世界を、見て回って……」
目を丸くするシルフィ。
彼女が覚えているかは分からないが、俺はしっかりと覚えている。
なにせ、意識的には千年も経っておらず、先日の出来事なのだから。
「ああ。それで、よかったらなんだけど、シルフィも一緒に来ないか?」
「え?」
「あの時、約束しただろ? 生きて帰る……ということはできなかったけど、まあ今も俺と君はこうして存在しているわけだし。約束は適用されるかなって思ったんだけど」
驚いているシルフィ。
俺は、あの戦いを生き延びたら、彼女と旅に出るという話をしていた。
人類全体と魔族の一部から嫌われていた俺は、生き残っていたとしても同じ場所にとどまり続けることは得策ではなかったし、シルフィも特に定住したいと思っているわけでもなかったようだし。
だから、俺とシルフィは、そういう意味では似た者同士だったかもしれない。
……反応がない。
お、俺だけが盛り上がっちゃっていた感じか!?
それか、もうシルフィは忘れているとか……。
だとしたら、俺はとてつもなく恥ずかしいことをしているのでは!?
「あ、もしかしてもう時間も経っているし、あれはな――――――」
「行きます」
言葉の途中で、シルフィが遮った。
俺の目をじっと見つめる。
「行きます」
「大事なことだから二回言いましたわ……」
なぜか辟易としている様子のナイアド。
よ、よかった。
断られるだけならまだしも、忘れられていたらとてつもなくショックだった。
しかし、これで旅の連れが二人か。
一人寂しい旅がしばらく続くのかと思っていたけど、いい意味で期待を裏切られた。
「そういえば、ふと思ったんですけど、どうしてあなたは魔族のウンディーネと仲良しですの?」
そんなことを考えていると、ナイアドが不思議そうに尋ねてくる。
確かに、人間の俺がウンディーネのシルフィと仲良くしているのを見れば、過去を知らなければそういう反応になるだろう。
とくに、人類と魔族の仲は恐ろしく悪いし。
「ああ、ちょっと前に、一緒に魔王軍として行動していたんだよ」
「……? あなたは人間じゃないんですの?」
「いや、人間だよ」
そう言うと、ナイアドはますます分からないと、首を傾げる。
「人間が、どうして魔王軍に入って人類と戦ったんですの?」
「…………」
その言葉を聞いて、俺は硬直してしまう。
いや、おかしなことを聞かれたわけではない。
人間が魔王軍に入っていたと聞けば、どうしてという疑問は一番に出てくるだろう。
さて、どう答えたらいいものか……。
「あ、もしかして聞いたらダメな奴でしたの? ご、ごめんなさい……」
「いや、そんなことはないよ。別に、隠すようなことでもないし」
ナイアドは答えづらいことを聞いたのかと、自省して頭を下げてくる。
しかし、俺は気分を害したわけでも何でもない。
彼女に返事したように、隠すような理由でもない。
ただ、ちょっと恥ずかしいというか……。
胸を張って言える理由でもないんだよなあ……。
しかし、ナイアドは興味津々である。
目をキラキラと輝かせ、俺を見ている。
い、言わないとダメかあ……。
観念した俺は、ゆっくりと口を開いた。
「まあ、その……初恋を拗らせちゃったというか……」
「初恋?」
「…………」
ナイアドはさらに首を傾げ、理由を知っているシルフィは……なぜか不機嫌になる。
そんな彼女たちに、俺は頷いた。
「うん、そんな感じ」
◆
幼き頃のラモンが、丘の上で寝転がっている。
うららかな日差しを楽しむ日光浴……ではなく、ただ体力がギリギリになったため、立っていられなくなっただけだ。
そのすぐそばには、同じように倒れる少女がいた。
ラモンと同じくらいの見た目である。
二人そろって、荒く肩で息をしている。
「はぁ、はぁ。……ねえ」
「はぁ、はぁ。……なんだ?」
「これ、一つ貸しよね?」
「貸し?」
不穏な言葉に、ラモンは思わず身体を跳ね上げる。
見れば、少女はニマニマと笑っているではないか。
大量の汗が浮かび上がっていることも気にしていない様子。
「私があんたを助けてあげた、貸し」
「嘘だろ? 俺がお前のことをどれだけ助けていると思ってんだ?」
「それはそれよ」
「えぇ……?」
ギブアンドテイクの関係だと思っていたが、少女はそうではなかったらしい。
とはいえ、今回は彼女の機転で助けられたのも事実。
ラモンは不服そうにはしながらも、黙り込む。
「とにかく、あんたは私に借りができたってわけよ」
「……納得いかねえ」
唇を尖らせるラモンを見て、少女は楽しそうにクスクスと笑う。
このような二人のじゃれ合いは、いつものことだ。
「で、何をさせられるんだ?」
「うーん……今のところ、あんたに何かしてほしいことってないのよね」
「そうかよ」
ホッと一息。
分かりやすいラモンの表情に、少女はさらに笑みを深める。
「だから、これは未来の話」
「……?」
「私が困っていたら、助けてね。お願いよ、ラモン」
そう言った少女の笑みは、ラモンのことを心から信じているものだった。
そして、少女――――アオイは、ラモンの前から姿を消すことになる。




