最終話 人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された
「おほぉぉ……♡ マジでたまらなかったですねぇ、あの時」
目を輝かせているのはオフェリアだ。
艶やかな姫カットの黒髪を揺らしながら、楽し気に身体を揺らしている。
ラモンの周りでもいないほどの大迫力の胸部も揺れているが、ここにいる者は誰も彼女に欲情しない。
内面がまずすぎるからである。
そんなオフェリアに声をかけるのは、天使の中で苦労人と名高いミカエルである。
「オフェリア、あなたは最近本拠を離れているようですが、どちらにいるのですか?」
「もちろん、ラモンのとこですよ。あそこほど刺激的で退屈しない場所は、他にありませんですから」
ニコニコと笑うオフェリア。
これは、他の天使が聞けば発狂しそうな言葉だ。
いまだに天使の中で、ラモンという名はタブーである。
寿命と精神的な死以外で死ぬことはないとされていた超常の存在。
それを複数殺害したというラモンは、天使にとって恐怖の対象でしかない。
「……そう、ですか。あの方を嫌う天使が多いですが、あなたは例外のようですね。殺されるかもしれないという恐怖はないのですか?」
「退屈と比べたら、何でもないことですよ」
「退屈と比べても死にたくないという天使がほとんどなのですが」
苦笑いするミカエル。
オフェリアは、天使らしい天使だ。
退屈を嫌い、それを満たすために自分勝手な行動をとる。
しかし、それでもラモンに対する執着はひときわ強い。
飽きっぽい天使はあまり個人に執着することはないのだが、彼に対してのみは例外のようだ。
「しかし、何か今はひと段落というか、平和な感じになっちゃっているんですよねえ」
「いいことではありませんか。私の胃も歓喜の声を上げています」
ミカエルの胃の具合は知らない。
オフェリアはさっさと彼のことは切り捨てる。
しかし、しばらく平穏な日常になっているのも事実。
ここは、一波乱くらい起こすべきではないだろうか?
「……ちょっとちょっかいをかけてくるです」
「……胃薬、買っておきましょうか」
シュバッと消えたオフェリア。
おそらく、ラモンのところだろう。
ミカエルはキリキリとし始めたお腹を押さえるのであった。
◆
「あの方は本当にもう……」
頬を膨らませてぷんすかと怒りを露わにするのは、元帝国勇者パーティーの聖女、アイリスである。
目が隠れてしまうほどの長い銀色の髪は美しい。
無償で他者を癒す優しい彼女が怒っても、可愛らしさしか出てこないのが難点だ。
そんな彼女に声を張り上げて提案するのは、信者であり護衛でもあるエスムスであった。
「ボコボコにしてここに引っ立ててきましょうか!?」
「や、止めてください! もうそういうことはしないって約束しましたよね?」
「はい……」
聖女に対して強い信仰心を抱くエスムスは、アイリスが頷いていたら嬉々としてラモンの元へ駆けていっただろう。
そして、返り討ちにあっていたのは容易く想像できる。
「それに、ちゃんとお墓参りに来てくれたときに、お説教しましたから。凄く怒ったんですから」
ラモンは、定期的にアイリスのいる宗教組織『ホーリーライト』に来ていた。
それは、元帝国勇者レインハートの墓参りである。
最近は霊体として実体化し始め、頻繁にラモンにちょっかいをかけているらしい。
まだ姿を見られていないアイリスは不満顔である。
「え、怒ったんですか?」
「もちろんです。ラモン様をお叱りできるのは、勇者様がいない以上、私くらいしかいませんからね」
驚いた顔を見せるエスムスに、アイリスは平坦な胸を張る。
ラモンを叱れるのは、自分しかいないという優越感だろう。
彼の周りにいる女性は、どうにも彼を甘やかし、彼のやることを肯定しかしない。
だから、自分だけの……特別感があった。
「でも、奴が来たときはいつも聖女様はニコニコご機嫌なので、怒ったりしていないのかと……」
「ご、ご機嫌じゃありません!」
「えぇ……?」
顔を真っ赤にして怒るアイリスに、エスムスは困惑する。
じゃあ、もっとうまく感情を隠せよ、と信仰する聖女に思うのであった。
◆
「なあ、姫さんよぉ。なんで俺がこんな立場にいるんだ?」
イライラとした様子なのは、リフトである。
そうだ。
自分は再びラモンと戦うために、武者修行をしていたはずだ。
だというのに、どうして自分は魔王城の執務室にいるんだ?
そんな彼を見下ろすのは、レナーテ。
褐色の肌に、凹凸豊かな肢体を薄い衣装で身に着けた、黒髪おかっぱの魔族の姫である。
「似合っているぞ、宰相よ」
「俺みてえな宰相がいるわけねえだろうが!」
ドン! と強く机を殴りつければ、粉々に粉砕される。
イフリートのリフト。
ラモン派幹部。
現職・宰相。
ずっと最前線で切った張ったをしてきた彼が、もっとも縁遠いと考えていた職業にいた。
「とはいえ、今はガチのガチでお主じゃ。気張れよ」
「くそ! 姫さんがラモンと戦わせる場を整えたっていうから従っていたら、あれよあれよという間に……!」
甘言に騙された。
ラモンと戦えると聞いてウキウキでやってきたら、ニッコニコのレナーテ。
彼女は自分を衰弱させて捕らえていた現魔族上層部を許していなかった。
クーデターを起こさせ、リフトをトップにさせたのである。
「というか、ここに姫さんがいていいのかよ。あいつとべったりなんじゃないのか?」
「うむ。妾は幻影じゃ。本体がそれはもうイチャイチャしておるから、問題ない」
「便利だなあ」
レナーテお得意の魔法。
実体すら作り出せる彼女にしかできないことだが、自分を複数人作り出せるのは本当にすごい。
ラモンとイチャイチャするために行使しているのが非常にもったいないが。
「でも、そろそろ射止めたらどうだ? もう千年だろ」
何気なく。
何気なく、言ってしまった言葉だった。
それは、レナーテの心臓を鋭い刃で切り裂いた。
「……妾が! この妾があれだけアピールしておるのに、まったく引っかからんのじゃあ!」
「泣くなよ……」
「ぬわあああん! お前様ぁ、早く【ピー】を【ピー】して【ピー】なのじゃあ!」
「大声で何言ってんだ、あんた!?」
余計なことを言わなければよかった。
心底後悔するリフトであった。
◆
「……ラモンはどこに」
キョロキョロとあたりを見渡すシルフィ。
水で構成された身体は、凹凸がはっきりとしている。
アイリスがシュンとしてしまうような体型だ。
そんなシルフィの求めるのは、当然ラモンである。
それ以外は基本的にどうでもいい。
シルフィの前にふわふわと飛んできたのは、数少ない妖精であるナイアドである。
小さな体躯に、クルクルとした金髪の髪が特徴的だ。
最近は人間に狩られることもなくなり、仲間の数が増えてきているのが嬉しいことだ。
「ああ。聖勇者と一緒に散歩って言っていましたわよ?」
「…………」
シルフィの表情はあまり変わらない。
だが、ナイアドも彼女との付き合いは長くなった。
むっつりとした表情は、明らかに不機嫌になっていた。
「もう。構ってほしかったらちゃんと素直に言うことですわ。わたくしはそうしていますもの!」
「あなたの事情など知りませんが」
ナイアドは暇になれば、ラモンに頻繁にちょっかいをかけている。
それを思い出したら、なんだか腹が立ってきた。
「そもそも、構ってほしいなんて思っていません」
「でも、ほとんどあの人の引っ付いているじゃありませんの」
「私とラモンは一緒に旅をすると約束しました。その約束を履行しているだけにすぎません」
「お風呂にまで突入したくせに、何を言っていますの……?」
身体を清めている最中に突撃してかなりの騒動になったことを忘れたのか、この女は。
あの時のシルフィとアオイの冷戦は、周りを大変ビビらせた。
ナイアドも顔をラモンの身体に押し付けて見ないようにしたくらいである。
決して誘惑しようとしたわけではない。
シルフィの言である。
「はあ。そろそろあなたも素直になった方がいいんじゃありませんの? いつまで経っても進展しませんわよ?」
「……素直ですが?」
「ふーん」
むっつりとするシルフィ。
素直というか、斜め上の行動をとるから、ラモンにビビられるのである。
少し彼女の背中を押してあげよう。
ナイアドは小さな妖精には不釣り合いなほど、艶やかな笑みを浮かべて言った。
「そんなことを言っていたら、わたくしがもらいますわ」
「は?」
シルフィの目が死んだ。
◆
「ねむ……」
俺の隣でそう呟くアオイ。
黒い髪が風でたなびいて、身体に当たってくすぐったい。
体温を感じられるほど近くに座っているためだ。
もうちょっと離れてくれてもいいのだが、このお互いの体温が心地よく感じられる距離感というのが好きだ。
二人で暮らしていた時から、これは変わらない。
「いい天気だからなあ」
「私の枕になってちょうだい。微妙に寝心地がいいのよ」
「微妙かよ」
俺の肩に頭を乗っけながら、何とも自由なことを言ってくれるアオイ。
しかし、俺も彼女を払いのけようとは思わない。
こうして、二人でのんびりと過ごすことができるのは、ずっと願っていたことなのだから。
「……ねえ、色々あったわね」
「本当にな。多分、俺たちくらいおかしな人生を送った奴は、いないんじゃないか?」
世が世なら、本にでもなるのではないかと思うほどの、波乱万丈な人生である。
「そうよね。普通に農民として一生を終えると思っていたら、私は国に徴用されて、聖勇者になって、戦争に出て、死んで、生き返ったわ」
「俺も農民から戦場に出て、幼馴染に殺されかけて、魔王軍に入って、死んで、生き返った」
改めて口にしてみると、やはりとんでもない。
思わず二人で顔を見合わせて、笑ってしまう。
「……本当、変な人生ね」
「ああ。だけど、終わり良ければ総て良し。俺は、今悪くないと、そう思っているよ」
途中には、あまりにも大きな山や谷があった。
正直、心が折れそうになったことだって何度もある。
辛かったし、絶望したりもした。
だが、今俺はこうしてアオイと身体を寄せ合ってのんびりとすることができている。
悪くないのではないか?
そう思える。
「私は最近良くなってきたかなって感じね」
「だったら、アオイがもっと幸せを感じられるように、これから過ごしていけばいいさ」
アオイも自由だ。
これからは、彼女が思うように生きればいい。
生き返ることを強制された二人だ。
正直、次の寿命がいつまであるのか分からない。
だから、今を精一杯生きるとしよう。
そんなことを考えていると、よりアオイが近くにくる。
「……じゃあ、とりあえず一緒にお昼寝しましょう」
「それで、君が幸せを感じるんだったら、そうしようか」
「ええ」
二人して頭を寄せ合う。
すぐ隣に、求めていた人がいる。
ああ、悪くない。
俺は、そう思って目を閉じるのであった。
『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』 終わり。
最後までお付き合いいただいた皆様のおかげで、完結することができました。ありがとうございました!
よければ、下記から評価していただけると幸いです。
また、新作も投稿しておりますので、ぜひ下記からご覧ください。
改めまして、最後までご覧くださり、ありがとうございました!