第102話 余談
教皇国で起きた一連の出来事は、瞬く間に世界中に広まった。
まず、教皇国の被害が甚大である。
中枢であり、国民や信者たちからすれば精神的な支柱でもある、歴史ある建造物の大教会。
それが、粉々に破壊されたのだから。
加えて、天使と同じく信仰を集める教皇の戦死。
大きく国土が破壊されたわけではないから、経済的に大きなダメージがあったわけではない。
死者も、一般市民にはほとんど発生しておらず、大教会に入っていた教皇の護衛兵くらいである。
彼らは確かに精鋭だが、他にも教皇国大魔導などがいるため、致命的な打撃ではない。
だから、これは精神的な意味でのダメージが一番大きかった。
大教会と教皇。
教皇国の国民や信者たちにとって、精神的な柱を二つ同時に破壊されたのである。
新たな教皇を据えて再興にとりかかっているが、その痛みが消えるのにどれほどの年月がかかるかは、誰も想像できない。
「くくっ、これはチャンスだ。素晴らしいものを置いていってくれたよ、【赤鬼】は」
帝国将軍のジルクエドが笑う。
教皇国は、今回の事件で発言力を大きく落とした。
第四次人魔大戦で多大な功績を上げたことから、現在でも人類の国家間では覇権国家として君臨していた。
しかし、大教会と教皇を失った今、他国の問題や情勢に注意を払うことはできていない。
次の教皇を決めるという大きな課題もあるからだ。
その間に力を伸ばしたのが、帝国である。
もともと、帝国の軍事力は随一で、頭一つ抜けていた。
教皇国が力を落とせば、代わりに伸びるのは帝国であると、誰もが想像していた通りだ。
「勇者の複製は、もう不要だな。あの宗教団体や【赤鬼】を敵に回してまで続けるリスクは背負いたくない。まずは、教皇国が二度とあのように威張らないよう、妨害してやらねばならんな」
ジルクエドはそう言って笑った。
「気に食わんのは、あの男が英雄となっていることだが……。まあ、それはどうでもいいことだな」
教皇ゴルゴールは、英雄となった。
教皇国の中枢に入り込んできた何者かと戦闘を行い、一般市民を守り抜いたのだ。
その身を犠牲にして。
そういう風に伝えられたのだ。
まさか、教皇自身が悪魔と契約を結んでいて、あの大惨事の引き金となったのも、悪魔の力で暴走した教皇自身だということが知られれば、大変なことになる。
だから、彼は英雄となった。
自分を犠牲にし、一般市民を助け、教皇国と天使に仇為す輩と戦ったのだと。
「しかし、【赤鬼】の存在が知れ渡ったのは、どう対処すればいいか。うまく利用できればいいが」
千年前、【鏖殺の聖勇者】によって殺された魔王軍最強の戦術指揮官、【赤鬼】ラモン・マークナイト。
彼が蘇り、教皇ゴルゴールを殺害したというのは、世界中に広がった。
あの特徴的な、血のように赤い髪。
そして、魔剣ダーインスレイヴを操る男となれば、彼しか存在しえないのである。
もともと、王国から始まり、魔族、帝国でもその存在は示唆されていたのだ。
そして、今回の教皇国で、完全に公のものとなった。
【赤鬼】の復活。
それは、多くの人々を恐慌状態に陥れた。
当時を生きていた人間はほとんどいないが、国家の中枢には記録として確かにその脅威が残されていた。
加えて、彼の情報が載っている本はすべて差し止めされていたが、それを潜り抜けた蔵書はいくつもあるし、また名前さえ載せられていなくとも、【赤鬼】という言葉は子供に言うことを聞かせるために脅し文句としてよく使われるものだった。
その元となった存在の復活。
人類に対して悪意と敵意をぶつけてくる怪物が蘇ったということは、大きな恐怖を齎した。
また魔王軍に与して人類に牙をむくのか?
突然教皇国の中枢に現れたことから、いきなり自分たちの国の中枢に現れ、大暴れするのではないか?
そんな都市伝説じみた被害妄想も加速する。
そのため、人々はラモンに対して復讐心や怒りを抱くというよりも、畏怖の念が非常に強くなっていた。
「まあ、世界はこれから動くだろう。私が……いや、帝国が世界を支配するために、私は尽力し続ける」
ジルクエドはそう言って、執務室を出て行った。
教皇国を陥れてくれたラモンに対し、感謝の念を抱きつつ。
なお、帝国勇者のレインハートを利用していたことも含め、後々ラモンと激突し、その命を落とすことになるのは、余談である。
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