第100話 遅い
ゴルゴールの姿は、一応の人型を形作っていた。
そう、一応だ。
腕は二本、脚も二本。
頭、胴体という一般的な身体のパーツはある。
問題は、禍々しい姿だ。
一般的な肌色もなく、刺々しい風貌と雰囲気は、人間というより魔族に近しいかもしれない。
もちろん、それも正しい評価ではない。
真に近しいと言えるのは、その力を譲受させた、悪魔だろう。
「なにあれ?」
「俺の力は、やっぱ人間には重たすぎたか」
巨大なゴルゴールを見上げるアオイ。
身長の高い人間で2メートルくらい。
魔族でもミノタウロスなどの人型で巨大な体躯で、その3~4メートル。
だが、大教会をも吹き飛ばすほどの巨大なゴルゴールは、軽く10メートルはある。
笑って彼女の隣に現れたのは、悪魔である。
「あなたのせいなのね」
「まあな。あいつが、あんたを捕まえ、【赤鬼】を殺せるほどの力を願った。あれほど人の器を超えた姿にならなければ、その望みは果たされねえ。契約は絶対だ。だから、ああなっちまったんだな」
「教皇国大魔導でもああなるって、本当超常の存在って気持ち悪いわね」
「褒めるなよ」
ゴルゴールは確かに前線から離れて久しいが、それでも教皇国大魔導の一人だった男だ。
そこに政治的な活躍もあったことは間違いないが、最低限の能力……すなわち、人類トップクラスの魔法能力は持ち合わせていた。
それでも、悪魔の力は御しきれない。
あのような化け物に変貌してしまった。
「で、あなたの契約相手があんな姿になって、理性もないみたいだけど、いいのかしら?」
「契約は果たした。あいつの魂は、これから未来永劫、世界が終わるまで悪魔に貪られる。転生もできねえ、闇の中だ。あいつの理性とか姿とか、どうでもいいんだよ」
ゴルゴールの悲惨な末路を聞いても、アオイは同情しない。
彼には、無理やり村を連れ出され、ラモンから引き離され、あまつさえラモンを殺させようとしたのだから。
そして、悪魔の手を取ったのもゴルゴールの決断だ。
自分で選んだ責任は取らなければならないだろう。
「ただまあ、今のあいつにあるのは、お前を捕まえるってことと、【赤鬼】を殺すってことだけだ。理性はなくてもそれだけは果たそうとしてくるだろうから、頑張れよ」
「……好き勝手言って消えたわね。天使も悪魔も、どっちもクソだわ」
そこまで言うと、悪魔はスッと消えた。
彼にとって、もはやここに残る理由はどこにもないからだ。
神託という訳の分からないものを出した天使、そして契約という形をとって人間を食い物にする悪魔。
どっちもどっちである。
そして、理性はなくとも、元来の目的は果たすという。
つまり、狙われているのは自分とラモンだ。
「オオオオ……アオイ、私の元に来い。アオイ、アオイ……」
「……やばいのにモテているわね、私」
思わず舌打ちしたくなるくらいのうれしさだ。
巨大な体躯から自分を見下ろしてくるゴルゴール。
巨体というのは、ただ動くだけでも脅威となる。
この状態で暴れられたら面倒だ。
クラウ・ソラスで吹き飛ばすか考えていると、ゴルゴールは大きく腕を広げた。
そこから、ドロリと黒い液体が落ちだす。
とっさにそれらを避ける。
ドチャドチャと無作法に地面に落ちるそれは、すぐに水たまりとなる……はずだった。
それはうねうねと重力に逆らって伸びあがり、ゆっくりと形作っていく。
それは、人の形をした何かだった。
黒い人型の物体が、数百も生まれる。
「……なにこれ」
同じ疑問を何度も出してしまう。
それらは一斉にアオイに襲い掛かった。
液体とは思えないほど俊敏な動きだ。
「鬱陶しいわね」
だが、もちろん【鏖殺の聖勇者】の敵ではない。
聖剣から発せられる光の斬撃で、ことごとくが命を落とす。
むしろ、わざと手加減する必要もないから、楽なものだ。
一分も経たないうちに、数百の人型は掻き消える。
そして、次はゴルゴール。
「復活するの、これ?」
心底嫌そうな顔を向ける先には、うねうねと人型を形作る黒い液体が。
それから、何度も聖剣の斬撃で吹き飛ぶ。
それでも、何度も復活する。
これの繰り返しだ。
終わらないループだ。
そして、これがなかなか厄介である。
疲れ知らずだった洗脳時代とは違い、アオイは現在病み上がり。
何度も聖剣の力を振るっていれば、コンマ数秒ではあるが、動きが鈍くなる。
そして、それは人型にとって十分な隙だった。
潰されていた液体がアオイの背後で形作り、人型となって彼女を拘束した。
それをいいことに、一斉に他の人型も襲い掛かり、どんどんと結合して巨大な十字架となる。
「お前は私のものだ。アオイ、アオイ……」
「くっ……!」
ブツブツと独り言をつぶやきながら、大きな手が伸びてくる。
逃れようと聖剣の力を解放させようとするが、この拘束は力も阻害するらしい。
ゆっくりと伸びてくる手を睨みつけていると、その手が切り落とされる。
加えて、アオイを捕らえていた十字架も粉々に切り刻まれる。
ふわりと宙に浮いて落ちる彼女。
硬い地面にぶつかる前に、優しく抱き留められた。
見上げれば、鋭い顔つきのラモンがいた。
「今度は間に合ったな」
「……遅い」
そう言うアオイは、きゅっと指で彼の服をつまむのであった。




