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第1話 最期の戦い

 










 城というのは、とても高く建てられる。

 庶民を見下ろすと考えればあまりいい考えではないが……広く領地を見渡すことができると思えば、あまり悪くないかもしれない。


 まあ、人それぞれだろうな。

 どう捉えるかは。


 俺はどうでもいいと思っているのだが、今この状況では、高く建てられていてよかったと思った。

 大軍が眼下を占めている。


 地面が見えないほどの大量の軍勢が、攻めてきていた。


「ああ、凄い数だな……」


 辟易とする。

 だって、あれと今から戦わないといけないのだから。


 地平線まで、人、人、人。

 全員が俺を……俺たちを殺しに来ているのだと思ったら、思わず頭がくらくらしてしまう。


 どれほど恨まれ、殺意を向けられているのだろうか?

 まあ、それを気に病むような柔い精神をしていないのだが。


「うむ。最終決戦に相応しいと言えるじゃろう」


 そう言って、声をかけられる。

 ほとんどが避難している中、こうして俺に声をかけてくるのは限られている。


 どこか蠱惑的で、はきはきとした声音は、よく聞いたことのあるものだった。

 振り返れば、やはり彼女。


 黒い髪をおかっぱ頭に切りそろえ、とてつもない敵に囲まれているというのに、余裕の笑みを崩さない。

 褐色の肌は瑞々しい。


 薄い衣装はその豊満な肢体をまったく陰らすことはない。

 彼女の名前はレナーテ。


 この城の主の、娘である。

 一言でいえば、超重要人物だった。


「最終決戦って言っても、もうこっちに残っている戦力なんて微々たるものだけどな」

「それを言うでない。つまらんではないか」


 不満そうに頬を膨らませるレナーテ。

 人によっては腹立たしさを覚えるしぐさなのだが、彼女にはよく似合っていた。


 レナーテは格好つけて最終決戦と言っていたが、実際はそんなに大層なものではない。

 これは、掃討戦だ。


 すでに敗戦が確実になっている魔族に対し、人類が止めを刺す。

 それだけのこと。


「それにしても、よくもまあこれだけの軍隊を動かせるものじゃ。糧食や金はどこから出てくるのかのう……」

「そりゃあ、あっちはもう勝つのが確実になっているからな」


 まだどちらが勝つか分からないとか、もしかしたら負けるかもしれないとか、そういった状態だとしたら、人類もこれだけの大軍勢を動かすことはできなかっただろう。

 なにせ、一つの国家が総力戦を行うわけではなく、様々な複数の国家が人類にはあるのだから。


 どこか一つだけ大きく疲弊すれば、魔族をたたいてもその先に生き残る道がなくなってしまう。

 だが、もはや魔族の敗戦は確実で、人類は勝つ。


 ならば、すべての力を注いでも不思議ではない。

 もちろん、魔族を殲滅した後のことも、人間はしっかりと考えているだろうが。


 ともかく、人類の敵である魔族をたたくために、一応とはいえ手を結んだのだろう。

 一国家だけならまだしも、すべての国家が力を合わせれば、この大軍勢を派遣できる理由も分かる。


「……だから、この城から居場所を移動させようって言ったのに」

「魔王たるもの、ここで正々堂々人間を待ち構えなければならん! とあれは言うからのう。くふふっ。付き合わされる方は堪ったもんじゃないが」


 あれが言う。

 その言い方から、レナーテも俺と同じくこの無駄に目立つ魔王城から逃げるべきだったという考えなのだろう。


 魔族のトップがどこにいるか分かっていれば、当然そこに軍勢をぶつけてくるだろう。

 それゆえに、一度居場所を移動することを進言していたのだが、魔王様はそれが気に食わないらしく、結局移動もせずにこの軍勢を迎え撃つことになった。


 まあ、魔王の矜持としてはそれでいいのかもしれないが……。

 付き合わされる方は、色々と大変なのである。


「じゃあ、そろそろ逃げろよ。セーフティハウスは教えた場所だ」

「うむ。妾は別にそんなこだわり、微塵もないからのう」


 あっさりとレナーテは頷く。

 その容易さには、思わず目を丸くしてしまうほどだ。


 だからこそ、思わずつぶやいてしまった。


「……親子でも、随分違うんだな」


 しまった、と思うがもう遅い。

 俺は、レナーテが魔族の姫であると、魔王の娘であると、この口ではっきりと言ってしまった。


 こういった言われ方は、彼女がとっても嫌いなことを知っているのに。

 それゆえに、レナーテが剣呑な光を目に宿して見つめてきたことに、さほど驚くことはなかった。


「当たり前じゃ。人それぞれ、百人おれば百通りよ。……まあ、妾は人間ではないがの」


 それだけで終わるはずがない。

 レナーテは俺を見て、嗜虐的にほくそ笑む。


「人間はおぬしではないか。魔王軍最高指揮官殿」


 今度は、俺が肩を落とす番だった。

 ……いや、レナーテは肩を落としてなんていなかった。


 彼女がそのような情けない姿をさらすことなんて、ありえない。

 俺が勝手に言い負かされただけである。


「……やめてくれ。なんでこうなったかなあ」

「自分自身に分からんことを、他人に聞くでない。分かるわけがないじゃろうが」


 ごもっともである。

 レナーテの言う通り、俺は人間だ。


 ……どうして人間が魔王軍に与し、しかも最高指揮官とかいう訳の分からない地位にいるのか。

 考えるのも面倒だ。


 どうせ、もう終わる。


「さて、行くか」


 立ち上がる。

 これから、あの軍勢にリンチされに行ってくるのだ。


 死ぬことが分かっている場所に向かうというのは、少なくとも人生で一度しかできないことだ。

 できればやりたくなかった。


「絶対に負けるであろう戦いにも赴くか」

「だって、立場が……」

「変なところで小心者じゃのう、貴様は」


 呆れたように目を細めるレナーテ。

 魔王軍の最高指揮官だぞ?


 投降しても、間違いなく処刑だ。

 それなりに人類にも痛手を与えてしまったため、めっちゃ懸賞金かけられているらしいし。


「早く追いついてこい。これからはあれではなく、妾が貴様をこき使ってやるからの」


 レナーテはそう言って、薄く微笑んだ。

 その言葉に、思わずドキリとさせられてしまう。


 いや、嬉しいとかではなく、こき使うと言う言葉の恐怖に。

 まだ働かせる気か?


「……ツンデレか?」

「デレはまだ早いわ」


 いつかデレてくれる予定はあったのか……。

 塩対応なレナーテのそんな姿を見られないことは残念だ。


 彼女は追いついてこいと言ってくれたが……まあ、死ぬだろ。

 しかし、最期にそう声をかけてくれる人がいるだけで、随分と気持ちは変わるものだ。


 これから死にに行くというのに、とても晴れやかな気分だ。


「じゃあ、またな」

「うむ」


 そう言って、俺とレナーテは分かれた。

 振り返れば、薄い笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振っている彼女が。


 そして、俺の思っていた通り、これが最後の別れになったのであった。











 ◆



【ヘルヘイムの戦い】。


 人類と魔族の間で勃発した人魔大戦。

 有史以来幾度となく繰り広げられており、ヘルヘイムの戦いが生じたのは第4次人魔大戦のときである。


 第4次人魔大戦の終盤に、魔王城の眼前で行われた戦いだ。

 戦場から察することができるように、すでにこの戦いが発生するまでの間に、すでに戦況は人類側に大きく傾いていた。


 まだ抵抗を見せる魔王軍を徹底的にたたくために、大規模な軍隊が派遣される。

 その数、後方支援部隊も含め数十万。


 中には、王国騎士団、帝国四騎士、教皇国大魔導、共和国猟兵団などの、人類の最高戦力が集っていた。

 現代では、もはや様々な思惑が交差するため、人類のオールスターと呼べるこの大同盟が結ばれることはないだろう。


 一方、迎え撃つ魔王軍はこれまでの戦いで残存戦力は非常に少なかった。

 そもそも、人類と魔族では、まずその数において大きく隔たりがある。


 その中でも戦うことのできる魔族が少ないのは当然のことだった。

 結果として、その戦いに参戦できた魔王軍は、数千人規模だったと言われている。


 実に、100倍近い戦力差があった。


『一日と言わず、数時間で押しつぶせるだろう』


 それが、人類側の見立てだった。

 今までの戦史でも、これほどの戦力差があれば、人類の見立て通りになる事例しかない。


 その考えは、未来……すなわち、ヘルヘイムの戦いが過去として歴史家たちに語られるときになっても、間違いではないと判断していた。

 だから……【その戦いが3日続き、魔王軍が全滅に近い被害を受けた代わりに、人類が数万の犠牲者を出した】というのは、悪い悪夢そのものだった。


 ゆえに、これだけの被害を出した、ヘルヘイムの戦い魔王軍最高指揮官ラモン・マークナイトの名は、人類から悪魔そのものとして、恐れられ語り続けられるのであった。




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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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