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飯綱恵のオカルト推理日誌  作者: 石踊七雲
3/4

食糧問題とポルターガイスト

「マジで……疲れた……。」


自分の部屋に戻った僕は改めてベッドに倒れこむ。


目を閉じればすぐにでも寝れそうだった。


けれど、僕は目を閉じることができなかった。



目が合ってしまったから。



部屋の天井の隅の方で光る小さな眼と。


金縛りにあったかのように動かない体で、それを見つめ続ける。


と、突然スッと光が消え、


――ガガガガ……


と、異音が部屋中に鳴り響き、やがて静かになった。


僕は布団を頭から被り、震える体を抱くように小さく丸くなる。


「きっと、また猫だ。大丈夫……大丈夫……」


自分に言い聞かせるようにつぶやき続けた。





その夜、僕は夢を見た。


夢というよりそれは、記憶だった。


僕が実家を離れ寮に入ることになった理由。


そして、消えない罪の記憶。




――こんな家、無くなってしまえばいいのに。


いつものように霊媒が行われ、いつものように感謝しながら去っていく騙された人たちを見送りながら、僕は心の中でそう毒づいていた。


――父と母は何とも思わないのだろうか。


降霊術に使用する部屋の片付けを手伝いながら、朗らかに話す二人を見て、僕は顔をしかめる。


――いや、一番嫌なのは……


両親のことをどこかで軽蔑しながら、しかし、のうのうと彼らの収入を享受し、生活をしている自分が一番嫌だ。


それなら本気で人の為になると思ってやっている二人の方がはるかに純粋だ。


だから。


僕はその日、両親に高校からは一人暮らしをすると話した。


学校の費用を含めた生活費をアルバイトで稼ぎながら、一人で高校に通いたいと。


インチキで得たお金から自分をいち早く解放したかった。


だが。


現実はそんなに甘くない。


父とは母は、一人暮らしを許さないとは言わなかった。


だが、高校の学費と生活費をアルバイトで稼ぐのは無理だ、ということを丁寧に説明してくれた。


わざわざうちの会計を任せていた経理の板垣さんまで呼んで。


アルバイトの時給、一日にとれるアルバイトの時間、寮費など、板垣さんと一緒に試算したそれは僕の浮ついた夢を打ち砕くには十分だった。


結局僕ができたことといえば、


「こんな家、無くなってしまえばいいのに。」


そんな荒唐無稽な思いを口にすることくらいだった。



中学生という自分の立場、親を軽蔑しながらその甘い汁をすする僕、その状況を打破することすらできない思慮の浅さ。


「こんな家、無くなってしまえばいいのに。」


それらの全てをリセットするように、三度つぶやいたとき。


窓ガラスに小さな炎が映る。


「火の玉……?」


そう思った瞬間、その炎は僕の部屋に入っていた。


ゆらゆらと揺れるその炎をどこか実感なく眺めていた僕は、はたと気づく。



――生霊!?



現状の打破を願うばかり、僕の思いが生霊として出てきてしまったのではないだろうかと。


部屋に浮いていた火の玉は、気づけば床に落ち、瞬く間に部屋へと炎が広がった。


そして。


僕の家は、無くなった。



「これは罰だ。あの家族を……壊してしまったことの。」



自分の発したその言葉で目が覚める。


部屋はすでに明るく、時計を見るとちょうど8:00になるところだった。


夢の続きを反芻するように、独り語ちる。


「結局のところ、何も変わってない。」


たまたまとはいえ、寮には入れたものの、寮費も両親に払ってもらい、仕送りも板垣さんから届くことになっている。


自分1人では何もできない。


「あ、朝食……」


ふと、そう思ったあと、今日が春休み中であることに気づく。


「休日は食事がでないって言ってたけど……春休みはどうなるんだ?」


実家暮らしで、母の手伝いすらすることのなかった僕は、まともな食事すら作ることができない。


できないこと尽くしで、ため息がでる。


「最悪……毎日三食カップ麺……だな。」


そんなことを思いながら階下へと降りる。


食堂にはすでに着替え終えた飯綱さんがいて、シリアルを頬張っていた。


「おはようございます。」

「あ、おはよ。」


僕の声に気づき、顔を上げる。


その顔には昨日の夜と同じように、赤縁のメガネがかかっていた。


飯綱さんは顔を上げた拍子にずり下がったメガネを曲げた人差し指でクイと戻す。


「ふーん……やっぱり消えてはないのね。」

「消えません。」

「そう?」


飯綱さんはそういうと意地悪そうに笑う。


テーブルには、飯綱さんが食べていたシリアルの箱と牛乳、コーヒーの入ったマグカップ以外に、特に食事の用意は見当たらない。


「春休みって、食事、出ないんですかね……?」


僕は自分の嫌な予想を確かめるように、飯綱さんに確認する。


「みたいね。」


そう言って、スプーンで冷蔵庫の方を指し示す。


スプーンの指す先、冷蔵庫の扉には、磁石でメモが貼られていた。


そこには……


「昨日言い忘れてたことを思い出しました!春休み・夏休み・冬休みの学校のお休みも食事とかないからね。食材は補充しておくから、自分で何とかすること。では、私は今から1週間のアルバイトに行ってきます!お土産はないからね! 山本……」


と、達筆な字で書かれていた。


「えぇ……。」


僕は一人で頭を抱える。


何て無責任な寮母なんだ……。


ていうか、寮母なのにアルバイトって何なんだ……。


「あ、そうか。だからなんだ……。」


――だからこの寮は、僕たち以外住人がいなくて、この入学直前のタイミングでも部屋が空いていたんだな


と僕はようやくこの寮の問題に気づくのだった。


飯綱さんが僕にまだこの寮にいるのかと言ってくるのも満更冗談というわけではないのかもしれない。


きっと他の住人たちは、出て行ってしまったのだろう。


僕だって、他に行ける場所があるならそうしたいくらいだ。


「まあ、今さら言ってもしかたないよね……。」


ひとまず、補充されたという食糧を確かめるべく、冷蔵庫を開けてみる。


そこには、ハムやチーズに卵、牛乳やオレンジジュースを始め、様々な肉や野菜、ヨーグルトやプリンといったデザートの類いまでぎっしりと詰まっていた。


とはいえ、料理のできない僕にとっては、生肉や野菜は食べられる部類のものではない。


「うーん……。」


食器棚の隣にある食糧棚を開けてみることにする。


そこには、飯綱さんが食べていたシリアル以外にも缶詰やパン、そして……


「カップ麺もある!」


僕の唯一料理できるカップ麺もそれなりに揃えられていた。


朝はシリアル、昼はパンや缶詰で適当にごまかし、夜はカップ麺。


そんな日々のメニューを思い浮かべながら、学校開始までの日数を指折り数える。


「何とかなる……かな。」


ひとまずは何とかなりそうな状況に胸をなでおろす。



……ところが、その目論見はその日の夜には、もろくも崩れ去ってしまったのだ。


ポルターガイストによって。




――ガシャン!


その日の深夜、再び階下の音で目を覚ます。て


慌てて飛び起きると、昨日のようにバタバタと廊下へ出る。


そこにはやはり飯綱さんがいて、目配せすると二人で食堂へと急ぐ。


「これは……。」


食堂は昨日よりひどい状況だった。


皿が落ちているのは昨日と同じだったが、今日は食糧棚の食べ物も床に落ちていたり、袋が破られて食い散らかされていた。


「僕の生命線が……。」


カップ麺もパンやシリアルのように、封が破られ、食糧棚の中にその残骸が散乱していた。


「こ、これ、どうするんですか!?いや、そもそも一体誰が、どうしてこんな……。」


飯綱さんを見ると、


「私じゃないよ。」


と、顔の前で手をひらひらとさせていた。


「いや、そんなのわかってますよ!きっと霊の仕業です。きっと無理なダイエットがたたって死んでしまった霊とか、そんなやつがいるに違いありません!」

「いやいや……ないでしょ。」


飯綱さんは寒そうにパジャマの上に巻いているマフラーに首をうずめて、顔の前で手をひらひらさせている。


「と、とにかく、食べられそうなものを探さないと……。」


僕は手近にあったゴミ箱を拾い上げると、食糧棚から残骸になってしまった袋や飛び散ったシリアルを片付け、無傷のものを探す。


飯綱さんも手伝ってくれて、分別はできたものの、無傷の食糧はほとんどなく、完全に無傷だったのは缶詰だけだった。


「缶詰だけが頼りか……。」


そうつぶやく僕に、缶詰を眺めていた飯綱さんが言う。


「でもこれ、食べられないよ。」

「え、なんでですか?まさか腐ってるとか……?」

「いや、じゃなくて、ほら。」


そう言って缶詰のラベルを僕に見せる。


「舌平目のムニエル……味の猫缶!?これ、全部猫缶ですか!?」

「そうみたいだね。」


棚の缶詰を取り出しながら飯綱さんがうなづく。


「うそ、でしょ……。」

「まあ、でも食べたら意外と美味しいのかもよ。舌平目のムニエルだし。」

「いやいや!ないですよ、それはない!」


今度は僕が手を振る番だった。


「そう?」


飯綱さんは、少し意地悪そうに微笑みながら、続ける。


「でも、まあ、これでポルターガイストの犯人はわかったね。」

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