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飯綱恵のオカルト推理日誌  作者: 石踊七雲
1/4

幽霊のいる寮

「んんん……」


半分開いた窓から、ふわりと暖かな風が白いレースカーテンと少女の明るい髪を揺らす。


「どうしたんですか、恵さん。」


3月もあと数日で終わろうというある日。


「うーん……」


午後の明るい陽射しが、真っ白な病室を照らし、春の始まりを感じさせる。


「なんですか、そのノート。……また例のノートですか?」


病室のベッドの上に座る少年が、その脇で小さな丸椅子に座って真っ白なノートを広げる少女に声をかける。


「ん、これはね。」


その声に気づいた少女がノートの表紙を少年に見せる。


そこには、


「推理日誌……?」


『推理日誌』と大きく黒いマジックで書かれていた。


「うん、これまでのことをまとめてみたら、太陽君をこんな状態にした犯人がわかるんじゃないかと思って。」

「ああ……。」


得心がいったというように、少年がうなずく。


「でもダメだね。こういうの、向いてないみたい。」

「向いてないって……恵さん、あんなにいっぱいオカルトのこと書いたノート持ってるのに……。」

「それとこれとは別だよ。」


そう言って少女は、窓から吹く春風のような暖かなふわりとした笑みを少年に向ける。


大人びた端正な顔立ちに浮かぶ、その子供のような可愛らしい屈託のない微笑みは、彼女の魅力を感じさせるには十分すぎるほどだった。


少年は見惚れるように、その笑みをしばし見つめ、ふと我に返ったように言葉を投げる。


「……そういえば。恵さん、時間……大丈夫ですか?」


少年のその言葉に、少女は壁の時計を見て「あ」と小さな声を漏らす。


慌てるように立ち上がり、少年のベッドに無造作にノートとボールペンを置くと、バタバタと膝に持っていたダッフルコートを着てマフラーをクルクルと首に巻いて病室を出て行こうとする。


病室のドアで再び「あ」と小さな声を漏らすと、タタとベッドへと戻ってくる。


「太陽君、それ」


少年が自分の足の上に乗せられたノートとボールペンを持って、少女へ渡そうとすると、


「太陽君が書いておいて!」


ふわりとした笑顔を残して、少女は病室を出て行った。


再び窓からは春の風が吹いて、カーテンを揺らす。


「えぇ……」


少年は持て余したようにノートと少女の去った扉を交互に見る。


「えぇ……」


少年は「はぁ」と一つため息をつくと、ノートの表紙を見る。


と、何かに気づいたようにボールペンを表紙に走らせる。


「これで、よし。」


『飯綱恵の推理日誌』と表紙に書かれたノートを満足げに眺め、一瞬顔をゆがめると付け足して『著:黒瀬太陽』と書き、改めて満足気な顔を浮かべる。


春の風が三度カーテンを揺らし、それに呼応するように少年はノートを開く。


風でめくれてしまいそうなノートを包帯がグルグルと巻かれた左手で押さえる。


包帯の隙間から見えるのはひどい火傷で、見るのも痛々しいような腫れた皮膚だった。


その手が目に入ったからか、痛みを感じたからか、少年は少し顔をしかめる。


「犯人……恵さんならきっと本当に推理できるかも……」


もう一度、今度は自らの意思で左手をじっと見つめると、意を決したように少年はノートにペンを走らせた。


「ええと始まりは……」



--

3月の始め。


暦上は冬が去ったものの、その寒さはあとを引くようで、通りに一人立つ僕を身震いさせる。


中学を卒業したばかりの僕は、とある理由で実家を出る必要があり、高校に通うにあたって下宿先を探していた。


本来であれば入学が決まってすぐ探せばよかったのだが、当初はその予定がなく急遽この時期になって……ということで、学校に近い下宿先を実際に見もせずに決めってしまっていた。


それはまるで何かに呼び寄せられるように。



その日、僕は一人、下宿先となる寮へと向かっていた。



『曜零荘』



それが僕が3年間暮らすことになる寮の名前だ。


「この先を曲がったところか。」


高校での新しい生活、寮での一人暮らしという期待感が僕の足を早める。


が。


数分後、寮の玄関の前で、思わず僕は一人立ち尽くしていた。


「ここ……だよな」


もらった住所を地図アプリで何度も確認するが、間違いない。


せっかくあのオカルトな家族から離れられると思ったのに、この寮は……。


「……幽霊でも出そうだな。」


自分でつぶやいた声にブルッと身震いをしてしまう。



――とはいえ、ここに佇んでいるわけにもいかないしな……。



意を決して、寮の玄関を開けると、建てつけの悪い扉がまるで入居者を拒むように「ギギギ」と唸るような音を上げる。


昼の12時だというのに、扉の奥は真っ暗だった。


暗闇に慣れない目をこらすと、フッと廊下の奥に白い影が走る。



――白いワンピース……?



そんな風に見えたその白い影はほんの一瞬そこで立ち止まると、また消えた。


「マジかよ……」


この寮、本当の幽霊館じゃないのか……?


「やっぱり帰ろうかな……。」


そう思って身をひるがえそうとした瞬間。



「見つけた!」



右側の耳元でささやくような静かな、でもはっきりとした声が息遣いと共に聞こえる。


「!」


思わず耳を抑え、飛び退くようにして、そちらを見ると……


白いワンピースの女が覗き込むように僕の顔を見ていた。


「う、うわぁぁぁ!」


僕は驚いて尻餅をつくようにペタリとその場に座り込んでしまう。


「大丈夫?」


その女はすうっと暗闇から出たような白い手を僕の肩に置いた。


「う、うわぁぁぁ!」


その手の冷たさに再度僕は驚いて声を上げてしまう。


「へえ……幽霊でも驚くものなのね。」


白い女は興味深いといった表情で座り込んだ僕を見下ろす。


「え……幽霊……?僕が……?」


コクリと女がうなずく。


「違うの?」

「違いますよ!っていうか、そっちこそ、そんな幽霊みたいな恰好して……」


そう言いながら改めて良く見ると、白いワンピースだと思っていたのは、スカートを隠すくらい長い丈の白いダッフルコートだった。


「……あれ?」


さっき見た人影とは別人か……?


「?」


目をこすって、もう一度キョトンとした顔で立っている目の前の女性をまじまじと見るが、むき出しの素手を息を吹きかけて温めようとするその人は、明らかに幽霊ではなさそうだった。


この寮で暮らしている人かな……?


僕の顔に疑問が浮かんでいたのか、その人も小首をかしげる。


「そう、幽霊じゃないの……?まあ、いいや。寮母さん、どこにいるか知ってる?」

「……え、いや……わからない……ですけど」


と、少し開いた玄関の扉から、今度は黒い小さな影が足元を駆け抜ける。


「う、うわ……!」


僕の声に反応するように、廊下の途中でくるりとこちらを向いたそれは、


「……猫?」


小さな黒猫だった。


チリンと首輪の鈴を鳴らすと、そのまま廊下の奥の暗闇と混じるように走り去っていった。


――猫を飼ってる人がいるのかな?


そんなことをふと思っていると、子猫と入れ違うように、暗闇から人影が現れる。


「あら、もう着いてたの。」


ズッズッとスリッパ引きずるように鳴らして現れたのは、ラフなフリース地の部屋着に身を包んだ30歳前後の女の人だった。


――寮母さん、かな?


「今年、新しく入ってきたのはあなただけだからさ。まあ気楽にやってよ。」


そう言いながら、あいさつをするように手を上げる。


「私は『山本ひかる』。この寮を任されてる……まあ寮母ってやつ、よろしくね。って言っても、通いだから、夜はいなくなるけど。私もあなたと同じ学校出身だから……まあ、先輩ってやつね!」


そう言って山本さんはちらりとこちらを見る。


「……あ、俺、黒瀬太陽です。お世話になります。」


あ、名前……。


ふと、気になって後ろを向くと、白いダッフルコートの人も僕の目線に気づいたのか、


「私は『飯綱恵』です。よろしくお願いします!」


と、言って頭をペコリと下げる。


「はい、よろしくね~。えーと、そんじゃあ、簡単にこの寮のことを説明するから、着いてきて。」


山本さんはそういうと踵を返し、スリッパを鳴らしながら廊下を進む。


残された僕たちに一瞬の静寂があり、山本さんに着いていこうとした瞬間。



――ガタガタガタ……



突然の音。


乾いた小さな、しかし鋭い音が廊下に響いた。


「な、何の音……?」

「シッ!」


話しかけようとすると、飯綱さんが人差し指を上げ、僕の言葉を止めて耳を澄ます。


もう一度その音が鳴れば、場所を特定するつもりだったのかもしれない。


が、その後は特に音はしなかった。


飯綱さんの人差し指が下がるのを見て、改めて話かける。


「まさかですけど……今のって……ラップ音ってやつじゃないですか?」

「さあ、どうかな?」

「さあって……。」


……この人、わかってんのかな?


共感を得られなかったことを僕は少し不服に感じて、さらに付け加える。


「この寮ってなんていうか……ほら、ちょっと出そうじゃないですか?」

「何が?」

「何がって……。それはもちろん……幽霊、とかですよ。」


飯綱さんはキョトンとした顔で僕を見ると、


「ああ、そうだね。この曜零荘って、巷では『霊を寄せる館』として、有名みたいよ。」


と言って、山本さんが消えて行った廊下を追うように飯綱さんも奥へと歩いていった。


「えぇ……マジですか……・。」


残された僕は、一人で頭を抱える。


「探したときにちゃんと調べておけばよかった……。」




僕が幽霊を気にする理由は、ただ怖がりだからとか、そういうわけじゃない。


……まあ、実際、人よりは怖がりかもしれないけど、それだけじゃない。


僕が幽霊を気にする理由。


それは、僕自身と僕の家族に関係している。


僕の家族、父と母は『霊媒師』を生業としている。


もちろん、インチキの。


なぜインチキだってわかるかというと、僕が『本物の霊能力者』だからだ。



霊媒師というのは、降霊術という儀式を通じて、依頼人が交信したい霊の憑代となり会話を試みる、というものが多い。


父と母もそれっぽいことはやっていて、それっぽいことは言っているのだが……なにせ霊が実際に降りていないのがわかるのだから何とも言えない。


というか、僕の知る限り、死んだ霊はしゃべったりしない。


もっと曖昧で不安定な恐ろしいものだ。


恨みや後悔といった強い意思としてそこに佇んでいる。


そして、人や物に自分の想いを伝えようとしてくる。


時としてそれは、生きている人間にとっては害悪になってしまう。


そして、その意思は死んでいる人間に限らない。


生霊。


生きている人間の思いも人を傷つけ、殺すことがある。


『丑の刻参り』しかり、源氏物語の六条御息所しかり、生きた人間の思念も現実世界に干渉できるのだ。




そういう意味では、僕の家族もそうだ。


オカルト的なインチキで人を騙してお金をもらって、その人の人生を変えてしまう。


――そんなことって許されるだろうか……




「ねぇ、こないの?」

「わぁあ!」


そんなことを考えていると、いつまに戻って来たのか、飯綱さんが再び耳元でささやく。


僕は反射的に驚いてしまい、素っ頓狂な声を上げてしまう。


「案内を受けるかどうかはともかく、寮で迷子にならないようにね。」


その言葉で僕は慌てて飯綱さんに着いて、山本さんを追う。


と。


背後にピリッとした感覚を感じて、思わず振り返る。


――ああ……やっぱり……


廊下の隅に小さな黒い塊が見える。


じっと目を凝らすと、その黒い塊はもぞもぞと動き……


「にゃー」


そう一声あげると去って行った。


「猫……か。」


僕は安堵すると、そこに感じた別の空気を振りきるように、小走りで二人のあとを追った。

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