嘘に感謝する日
「……」
「……」
桜の花びらが舞い散る庭園。
私はそこで、婚約者である王太子殿下とお茶を飲みながら、二人の時間を過ごしていた。
とはいえ、元来無口である殿下は、先程から一言も発さず黙々と紅茶を口に運んでいるばかり。
そして私もあまり人と話すのが得意な方ではないので、殿下につられてつい無言になってしまう。
まあ、私達は所詮政略結婚で婚約者になった間柄だ。
殿下は私のことなど、露程の興味もないのだろう。
――たとえ私が殿下をどれだけお慕いしていたとしても。
「……そういえば、今日は『嘘に感謝する日』だったな」
「え? あ、ああ、そういえばそうですね」
ビックリした。
殿下ったら、表情一つ変えず唐突に話し出すものだから、危うく手にしていた紅茶を落とすところだったわ。
しかも嘘に感謝する日ですって?
確かに我が国では4月1日は嘘に感謝する日と呼ばれていて、人を幸せにする優しい噓ならついていいということになっている。
でも、嘘に感謝する日と殿下はあまりにもイメージが合わないので、何故殿下がそんな話題を出してきたのか、私にはまったく見当がつかない。
「では、俺は今から嘘をつくぞ」
「……え?」
が、殿下はそんな私をよそに、おもむろに口を開いた。
「……俺は、君が好きだ」
「――!!?」
で、殿下!?
「俺は君が好きだ。君の透き通るような翡翠色の瞳が好きだ。流れるような美しい金色の髪が好きだ」
「あ、あの、殿下……?」
「いいから黙って聞け」
「は、はい……」
「君の笑った顔が好きだ。編み物に失敗して、拗ねている時の顔も好きだ。悲劇の舞台を観て、ハンカチが足りなくなるくらい泣きじゃくる顔も好きだ」
「……」
「不器用だけれど何事にも一生懸命なところも好きだ。人の心に寄り添える、優しいところも好きだ。――君は知らないだろうが、俺達の婚約は政略結婚じゃない。初めて夜会で君と出逢った時、俺は一目で君に恋をした」
「――!!」
「だから王太子という立場を利用して、半ば無理矢理君との婚約を結んだんだ。――俺は心から、君のことを愛している」
「……殿下」
「――以上だ。今言ったことは全て噓なので、真に受けないように」
「……ふふ、承知いたしました」
震える手で紅茶を口に運ぶ殿下の顔は、耳まで真っ赤になっている。
もう、何て不器用な人なのかしら。
――でも。
「では、私も殿下に一つだけ噓をつきますね」
「む?」
「――私は、殿下のことが大嫌いですわ」
「っ!!? ぐはっ! ごほっ!」
盛大に紅茶でむせる殿下。
――その時、私達を揶揄うかのように一陣の風が吹き、桜吹雪を舞わせたのでした。