第5話
それから夕方になると彼の点滴に抗がん剤が入れられた。
最初は「紗耶を放さない」とメールが来ていたけれど、夜が深まっていくにつれて彼の神経はおかしくなっていった。
薬で朦朧としてきたようで、やたらと「僕だけを見て」と懇願してきたり、そうかと思ったら「なんかおかしい。もう話したくない」と言ってきたり「眠れない」とかいった支離滅裂な言葉が続いた。
やっと真夜中過ぎに眠れたらしく、メール送信が途絶えた。
でもやっぱり私は眠れなくて。
けれど、朝に送られてきたメールで安心した。
「紗耶の夢を見たんだ。よく覚えてないんだけどハッキリとした顔を見れた。すごく嬉しいよ」
彼のそのはしゃぎようがとても愛しくて、私まで嬉しくなってしまった。
でも、まだ彼の病気がどうなるかはわからない。
安易に喜んでしまうのも早計なんだろうけど、それでも少しの希望も放したくない。
「僕はこの夢はいい知らせだと思うことにしたよ。君の笑顔と君が教えてくれた歌を支えにして、そして病気を治して君の笑顔を目の前で見つめながら一緒にこの歌を聴くんだ。僕は頑張るよ」
彼の声がケータイから聞こえた。
うん、きっと彼は頑張れる。
私もついている。
これからずっと私は彼から離れない。
「紗耶」
「なあに?」
「愛してる」
「衛さん」
「君だけを永遠に愛するよ」
「私も愛してるわ」
それから彼は三ヶ月の闘病で退院をした。
あの三ヶ月間でも何度も衝突はあった。
けれど、今がある。
たぶん、あの三ヶ月間があったおかげで、私たちはより一層の絆が生まれたんだと思う。
いつか、どこか知らない場所で手を繋いで歩くことを願った二人。
夕日に煌く海を見つめながら二人で手を繋いで歩くの。
優しく見つめあい、傍に彼がいることを感じ、目を閉じる。
過ぎ去っていった過去が次から次へと浮かんでは消えていく。
喧嘩したことや、優しい言葉を掛け合ったことや、楽しく笑いあったことや、過ぎていった季節を一緒に過ごしたことや、全てが私たちの関係を優しく包んでくれて。
今がある。
私たちはこれからも永遠を歩いていく。
ずっと二人で。
愛しいと思う気持ちを強く胸に抱きしめて。
「君に初めて出逢ったときを僕は忘れない」
海面の光を顔に受けて彼は私を抱きしめ囁く。
「もうずっと前のことだけどね。それでも忘れないよ。風に吹かれる忘れな草のような君を僕はこれからも忘れない」
「あの歌もね」
「そうだね」
「たったひとつの愛は君に」
「たったひとつの愛はあなたに」