第2話
「明日から無菌室に入るんだって。ちょっと前に塩酸モルヒネを投与されてね。今はだいぶ痛みも引いた。でもね、何だか熱が出てきたみたいなんだ。頭もぼーっとしてる。抗がん剤か、モルヒネの副作用なのかな。よくわからないや。眠れない」
携帯で話すのは長くはできなかったので、今度はメールでポツポツと話をすることになった私たち。
彼の返信は遅かった。
私は彼の身体のことが心配だったので「もうやめよう」と言ったのだけれど、彼は「気が紛れるから」とメール交換を止めようとはしなかった。
それがあまりにも必死な感じがして、私はますます辛くなった。
その気持ちは彼にも伝わったらしい。
「紗耶、辛い? 辛いんでしょ? いいよ、もう僕を見捨てても。このまま僕とメールし続けると傷つきまくるよ。もう寝なよ。僕のことなんかほっといて」
私のメールを打つ手が止まってしまった。
うん、確かに辛い。とっても辛いよ。
でも、私は何とか返信した。
「辛いよ。辛いけど私はあなたのこと見捨てないよ。もうほっといてなんてそんな馬鹿なこと言わないで」
「しかたないよ。きっとこれからも僕は馬鹿なことばかり言うと思うよ。だから我慢なんてしなくていい。紗耶には温かい家庭があるしね。僕みたいな冷たい家庭とは違ってさ!」
「やめてよ、そんなこと言うのは。飽きれ果てちゃうよ」
「また誤字! 飽きれるじゃなくて呆れるだよ。もういいよ。僕のことはもういいから。旦那様と仲良く布団に入りなさい。おやすみ」
私はちょっと腹を立てていた。
なんでこんなときに主人のこと持ち出すのって。
「だってそうだろ。俺にはお前だけだなんて言う旦那がいるんだからさ、僕なんてどうでもいいんじゃないか。旦那と布団入ってしまえばメールなんてもうくれないだろ?」
「明日するわよ。明日になったらまたメールするから」
私は搾り出すようにメールを打った。
けれど、彼はかなり怒ってるようだった。
「何が明日なんだよ。明日は無菌室に入るって言ったじゃないか。今以上に抗がん剤が増える。僕は不安で不安でしかたないんだ。どうしてわかってくれないんだよ。君に助けを求めたのは間違ってたのかな。もう泣きたくなってきたよ」
「お願い。気をしっかり持って。わかったから。あなたが眠るまで付き合うから。だから頑張って」
「どんなに励まされても、なんかさ、安っぽく感じられるよ。医者からいろいろ聞きだして、昼間はそれでも冷静に受け止めてた気がしてた。けれど、今ものすごく怖いんだ。怖くて怖くて涙が止まらない。ねえ、死ぬってどういうことだろうね。僕はやっぱり死んじゃうんだろうか。このまま死んじゃって、もう大好きな君にも逢えなくて、君をもう一度この手に抱くこともできなくて死んじゃうんだろうか。イヤだよ。そんなの絶対イヤだ」
私は、ただ黙って彼のメールの文字を見つめるだけだった。
「紗耶、僕はまだまだ醜態を君に見せてしまうと思うよ。ごめんね、さっきはイヤな思いさせちゃったね。今ね、コールしてモルヒネ打ってもらったから。だから今はだいぶ落ち着いた。ほんと怖いね。痛みって人をこんなにも狂わすものとはね。そういえば、君の友達も似たようなこと言ってたよね」
「え?」
「ほら、死んでもいいからこの痛みから解放されたいって。ねえ、紗耶。この短い時間でわかったけど、この病気、奇麗事では闘えないなって思ったんだ。これからももっともっと醜い僕を君に見せてしまうと思う。だから、離れたほうがいいかもしれない」
「イヤ! 私は絶対あなたから離れないよ」
私はそう返信したけれど、その夜はそれで彼からのメールは終わってしまった。
不安な夜が始まる。
私は朝まで眠ることができなかった。
きっと、それは彼も同じだったと思う。




