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Love Letter─たったひとつの愛─  作者: 谷兼天慈
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第1話

 その日、彼は転勤するはずだった。

「紗耶、今病院にいるんだ。何だかちょっと具合が悪くなってしまってね。検査を受けてるから。結果が出たら教えるからね」

 彼からのメールで私はびっくりした。

 一応メールでは「大丈夫?」と送ったけれど、やっぱりレスは返ってこなかった。

 でも、すぐに彼からメールがきた。

「紗耶、急性白血病だったよ。何で僕が? 紗耶、助けて。気がおかしくなりそうだよ」

 そんな大変な病気に彼が?

 どうしてそんなことが?

 だって、前に聞いたことがあるよ。

 四十代の白血病の生存率が五十パーセントだって。

 もしかしたら彼、死んじゃうの?

 どうしよう。

 彼が死んでしまったら。

 そんな私に彼はこう言った。

「お願いがあるんだ。もし、もしも僕が死んでしまったら、僕という存在が確かにこの世にいたんだという証を残してほしい」

「え? それはどういうこと?」

「僕のことを君の日記にでもいいから書いてくれないか。僕たちのことを。僕たちが出会ったことや僕がどんなに君を愛したか、君が僕をどんなに愛してくれたか、そういうことを全て書き残して欲しい。僕は確かにこの世界に生きていたんだと。僕という存在がこの世界で永遠に生きていけるように」

「…………」

 私は絶句した。

 彼がこんなに熱弁を振るうことは滅多になかったから。

 いつも物静かに語り、紳士的で穏やかで、安心して話のできる人だったのだけれど。

「でも……あなたには…」

「そうだね。家内はいる。けれど子供はいない。もし子供がいたとしたらその子が僕の永遠となっただろうけれどね」

「衛さん」

「家内とは血の繋がりはないし。当たり前だけど。彼女は僕の永遠とはなり得ないから。君だけなんだよ。君が僕をずっと忘れずにいてくれたなら、きっと僕は永遠に生きていけるような気がするんだ」

 私はすぐにでも彼の傍に行って彼を抱きしめてあげたかった。

 一度だけ、私は彼をこの手で抱きしめたことがある。

 あの時のようにぎゅっと抱きしめて不安に怯える彼を慰めてあげたい。

 でも、それはできない。

 彼には奥さんがいるし、そして私にも家族が。

 私は子供部屋に目を向けた。

 そう。

 私にも家族がいたから。

 私たちはダブル不倫をしていたのだから。

「僕は紗耶とまた逢いたい。だから、そのためにも命がけで闘病するよ。頑張るよ。だから、紗耶も祈っててくれ。そして、僕の姿を見ててくれる?」

 私は「わかりました」と言うしかなかった。

 すると彼は「僕に敬語はやめてくれないか」と言ってきた。

 敬語だとかそんなことこんなときにと私は思ったのだけれど、彼の気持ちを考えて何も言わなかった。

 私は立ち上がり、携帯を握り締めながら窓に立った。

 カーテンを開けて夜空を見上げた。

 月が輝いていた。

 涙が後から後から溢れて、月がぐにゃぐにゃになってしまった。

「どうしてそんなことが…」

 私は呟いた。

 もしかして私たちがこんないけない恋愛をしているから?

 だから罰が当たったの?

 宝くじさえも当たらないのに、どうしてこんな酷いことがあたっちゃうの?

 でも、病気になったのは私じゃなくて彼だった。

 まだ私が病気になったほうがましだったよ。

 私のせいでそんな病気になったとしたら、私は神を恨むわ。

 彼を愛してしまったこと、私は確かに罪悪感を持っている。

 でも、愛してしまったんだから、その気持ちに嘘はつけない。

 その時、手に持った携帯が鳴った。

 見ると「電話していい? 今しかできないから」とメールが入っていた。

 私はすぐに「はい」と送信した。

「ほら、また敬語だった」

 彼の声だ。優しい彼の声。

 私は彼の低い声がとても好きだ。聞いていると落ち着いてくる。

「紗耶、泣いてたでしょ」

「泣いてなんかいないわ」

「いいや、泣いてたね」

「もう、やめてよ。それで様子はどうなの?」

「うん。昼間の検査で背中に穴開けたんだ。だから今は背中が痛い。アルマジロのようにベッドの上で動けない。背中が痛いよ。もうバカみたいに痛いんだ」

 私は何と言っていいやらわからずにいた。

 すると彼は言った。

「いつでもいいから、メールはちょうだいね」

「でも…」

「大丈夫だよ。家内はメールの中身なんか見ないから。待ってるね」

 彼は続けた。

「それから病気が治ったらまた逢ってくれる? 海の見える場所で手を繋いで歩きたいんだ」

「衛さん」

「今はそれを心の支えにして頑張るから。だから言って。わかったって」

「はい…」

「敬語はダメ」

「うん、わかった」

「それと、きっと僕のことで頭いっぱいになってしまうと思うけど、紗耶の家族のことを第一に考えてね」

「うん、う…ん」

「ほら、泣かないの」

「うん……」

 私は頷いたけれど、泣かないなんてできなかった。

 携帯に耳を押し付けて、涙でかすんで見えない月を見つめた。

 月はそんな私を天空から冷たく見つめていた。

 全てが暗黒に包まれてしまいそうな気分だった。

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