切り取られた翼
白い壁紙を切り抜いたような窓の外の黒い夜。
そこに浮かぶ、薄っぺらな満月が二人を見ている
「なんで俺の言うことを聞けないの? 他の男と親しげに話すなと言っただろ?」
怜司は湊の顔を拳で殴りつける。
口元が切れて、血が噴き出す。
「ごめん。でも、あいつは中学の時の後輩で……」
「言い訳すんな。馬鹿」
怜司は湊の腹を蹴り上げる。湊は咳き込みその場に倒れる。怜司は倒れた湊の背中を何度も蹴る。
「分かったよ……分かったから……」
湊の目元には痣がいくつもあるが、それは数日前に殴られたときのものだ。
怜司の暴力は数日おきに繰り返される。
始まりも毎回ほぼ同じで、湊が他の男と接触するのを怜司が許せないことで起こる。
「なんで俺だけを見てくれないの……?」
震える声で怜司が言う。
その声を聞いた湊の目から思わず涙が溢れる。
「怜司……ごめんな。俺が間違ってた。怜司は俺のこと愛してくれてるんだよな? だから、こんなことするんだよな……全部、俺のせいだ」
「そんなことない! 俺が……俺が全部悪いんだ……俺が、湊の完璧な恋人になれば良いだけなのに、そうじゃないから湊は俺だけを見ることができないんだ……」
怜司は首を振って、フラリと立ち上がる。白いリビングボードの引き出しを開けて、折りたたみナイフを取り出す。
「俺が全部悪いのに、また湊を傷つけてしまった……最悪だ。どうしようもない俺に罰をくれよ」
怜司は湊にナイフを渡し、背中を向ける。シャワーを浴びたばかりで上半身には何も身につけていない。
怜司の背中の広範囲にピンク色の部分があるのは火傷の跡だ。母親が子供だった怜司に熱湯を掛けたのだ。
湊は怜司の腕を見る。その内側にはいく筋もの線がある。白くなったものから、まだ痛々しい傷跡も……怜司が自分自身を傷つけたのだ。
愛に飢えて愛を求めた怜司の半生を湊は思う。怜司には自分しかいないのだ、と覚悟を決める。
今までの湊は、頼まれても決して怜司を傷つけることはしなかった。
しかし、今日の湊はためらわずに力を込めて、背中に刃を当てていく。
「くっ……」
怜司は歯を食いしばって肉を裂かれる痛みを堪える。
「できた」
怜司の背中に左右対象の傷を付けた湊は満足げに頷く。
「これで怜司はどこへも行けない。俺のものだよ」
肩甲骨の辺りに曲線を描いた二つの傷は、生えていた翼を切り取った跡に見えなくもない。
「湊……湊もどこにも行かないで……」
嗚咽する怜司を湊は抱きしめ、微笑む。
「俺にも、同じ傷を付けてよ……」
……殺風景な白い部屋に、二人の背中から流れる血の赤がよく映える。
二人は檻に閉じ込められた獣のように抱き合う。しかし、二人を閉じ込めたのは他でもない、二人自身だ……
月は何も語らず、二人を見つめるように闇に浮かんでいる。