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朱に交われば赤くなる7

 


「狼谷〜! ノートありがとな!」



 登校してカナちゃんと談笑していると、霧島くんの元気な声が教室に響いた。


 いつものようにホームルーム開始ぎりぎりにやって来た狼谷くんに、待ってましたと言わんばかりの軽快さで霧島くんは駆け寄っていく。



「あ、ここさ、よく分かんなかったから後で教えて欲しいんだけど! いい?」


「ああ……うん」



 若干戸惑ったように受け答える狼谷くんに、思わず苦笑してしまう。

 彼は大体誰とでもそつなく接しているから、ああいう反応はちょっと新鮮だ。


 自分の席に戻った霧島くんは、近くの席の男子と話し始める。



「狼谷と絡んでんの珍しいな」


「おー、あいつ頭いいらしいよ。な、白さん!」



 突然呼び掛けられてギクリと固まってしまった。



「あ、うん……頭いいよ、すごく……」



 霧島くんはコミュニケーション能力の塊だと思う。

 男子も女子も関係なく気軽に挨拶するし、私みたいにノリが良くない人にも普通に会話を振ってくれる。



「へー、そうなんだ。意外」


「お前も教えてもらえば?」


「いや……なんつーか、さすがにハードル高いわ」



 気持ちは分かるなあ、と私は内心頷いた。


 狼谷くんはあんまり誰かとはしゃいだり騒いだりするイメージがないし、話し掛けるのには結構勇気がいる。



「そうかぁ? 別に一言『教えて』って言うだけじゃん」


「そりゃお前はそうだろうけど。ていうか、あいつにはあんまり絡みたくないかなー……」


「何でだよ」



 いつの間にか真剣に聞き耳を立ててしまっている自分がいた。

 霧島くんの問いかけに、答えが返ってくる。



「だってあいつ、いっつも女はべらせてんじゃん。迂闊に関わったら知らない間に恨み買いそうで怖いわ」



 色恋沙汰に巻き込まれるのは勘弁、と付け足して、霧島くんの友達は口を閉じた。


 噂の影響もあるのかもしれない。狼谷くんが女の子と仲がいいのは事実だ。

 でも、本当にそれだけなのに。それ以外は何らみんなと変わりない、普通の男子高校生だ。


 こうやって遠ざけられてしまうのは悲しいな、と図々しくもそう思った。


 だって、昨日一緒にカフェで話した狼谷くんは、本当にただの男の子だったんだから。



『じゃあちょっと付き合って?』



 そう言われた時は一体どこへ行くんだろうと少し不安だったけれど、狼谷くんと二人で学校の近くのカフェに入った。


 今年できたばかりだから、友達のSNS投稿でよく見かけるお店だ。

 前にカナちゃんと帰りに一回だけ寄ったことがある。


 自分でトッピングを決められたり、色々カスタマイズできたり。そういう選択肢を与えられると、私は優柔不断だからいつも迷ってしまう。


 その時は店員さんがキャラメルフラペチーノがおすすめと教えてくれて、それがすごく美味しかったから狼谷くんにも飲んで欲しかった。



『あま。……でも、ほんとだ。しゅわってするね』



 狼谷くんはそう言って肩を揺らした。

 甘いのは得意じゃないのかな? 無理させてしまっただろうか。


 でも彼が笑ってくれたし、心なしか普段よりも声のトーンが高くて、喜んでくれたのかなと私も嬉しくなった。


 せっかくの誕生日なのに私とずっと一緒なのは申し訳ないし、ただカフェでお茶するだけというのも味気ない。せめて何かプレゼントでもあげられたら。


 結局、駅内のゲームセンターでクレーンゲームをして、その景品が運良く取れたから狼谷くんにあげることにした。



『何これ。……ヒツジ?』



 一番取りやすかったのが動物のマスコットストラップで、随分と可愛らしいものだった。

 最近放映中の子供向けアニメのキャラクターらしい。



『ご、ごめん、いらなかったら捨ててもいいし……狼谷くんにはちょっと、可愛すぎたかも』


『……いや、もらっとくよ。ありがとう』



 複雑な表情でお礼を言ってくれた彼に、何だかこっちの方がいたたまれなかった。本当に申し訳ない。


 段々一緒にいると分かってきた。

 狼谷くんは一人でも平気そうに見えて、寂しがり屋なんじゃないかと。

 そして多分、ちょっと人見知りなんじゃないかな。


 私とは委員会が同じでたまたま機会があったから、こうして仲良くしてくれるんだと思う。


 だから、みんなも彼と関われば普通の人だって分かってくれるはずなんだけど。


 そんなことを考えていた頃、思わぬ転機がやって来た。





 ***





「白さーん! 勉強教えて!」



 模試も来週に控えたある日の昼休み。

 カナちゃんとあかりちゃんと三人でいつも通り喋っていたら、九栗さんが突然駆け寄ってきた。



「え、えっと、私じゃ力不足だと思うよ?」


「またまたぁ! 最近休み時間も勉強してて熱心だなって思ってたの。まあ模試は正直どうでも良くて、テストの方がやばいんだけどね」



 おちゃらけた様子で声を張る彼女。

 どうやら私の言葉を謙遜として受け取ったみたいだ。



「あー……九栗さん、気持ちはすごく分かるんだけど、羊ってほんとに勉強できないから……」



 遠慮なく私を論評するカナちゃんに、九栗さんは「えっ」と目を見開く。



「そうなの? 白さん真面目だから、てっきり成績いいのかと……」


「見た目からして優等生だしね、分かるよ……私も一年生の頃そう思ってた……」



 と、二人が生暖かい視線をこちらに送ってくる。


 分かる、分かるよ……勉強も頑張って人並みだし、スポーツはだめだめだし、一体私に何の取り柄があるんだろうね……。



「あ、九栗さん。もし良かったら、放課後一緒に勉強しない?」



 そう提案すると、九栗さんは引き攣った笑みを浮かべた。

 自分の言葉が足りていなかったことに気付いて、慌ててまくし立てる。



「あのね、実はこの前から狼谷くんに勉強見てもらってるんだ。狼谷くん、説明ほんとに上手で分かりやすいの。だから九栗さんも一緒にどうかなって……」



 そもそも狼谷くんの許可を取っていないけれど、思いつきで誘ってしまった。



「へえ、狼谷くんって勉強できるんだね。って、失礼か。二人が邪魔じゃないならお願いしたいかな!」



 良かった。静かに息を吐いて安堵する。

 九栗さんは狼谷くんに対してそこまで苦手意識を持っていないみたいだ。



「いいなー。それ俺も入れてよ」



 と、九栗さんの後ろから顔を出したのは霧島くんだ。

 想定外の申し入れに、私は面食らう。



「えー、霧島がいたらうるさくて勉強どころじゃないんじゃないの?」


「九栗こそ、すぐ飽きて投げ出しそうだけど」



 急に騒がしくなった会話に戸惑いつつも、少しだけ楽しそうだなあと思考を巡らせた。

 いや、だから狼谷くんの許可は取ってないんだけれど。







「あ〜、なるほど! だからずっと答え合わなかったのか〜!」



 ぽん、と九栗さんが手を叩く。


 結局、狼谷くんは私の提案に二つ返事で了承してくれた。

 彼の負担が増えるなら遠慮なく断って欲しいと何度も言ったんだけれど、大丈夫の一点張りで押し通されてしまった。



「うん。こんなに長々時間取って計算して、合ってなかったらゼロ点って虚しいから、細かく計算過程書いた方がいいよ」


「うんうん! そうだよね、ありがとう!」



 丁寧に説明する狼谷くんに、九栗さんは意欲的に返事をして拳を握る。



「なあ狼谷、これって合ってる?」


「ああ、途中までは合ってる。後半の展開はこれじゃなくて、先週習ったやつ使うんだよ」


「そっちか〜! まだ覚えてねえわ!」



 口を尖らせる霧島くん。

 そんな様子を横目に、私はさっきから黙々と問題を解いていた。


 狼谷くんが色々教えてくれたおかげで、解き方が分からずに手が止まることはなくなった。

 むしろ今は九栗さんと霧島くんの方がピンチで、狼谷くんも二人にあれこれと世話を焼いている。



「よし、終わったあ……」


「どれ? 見せて」


「えっ」



 最後まで解き終わって顔を上げると、狼谷くんは身を乗り出して私のノートを覗き込んだ。



「あ、ありがとう、大丈夫だよ! 答え合わせは自分でやるから!」



 ただでさえ二人にかかりきりなのに、私の面倒まで見るのは大変だろう。

 これまでは狼谷くんに答え合わせをしてもらっていたけれど、今は私自身余裕ができてきたし、それくらいは自分で出来る。



「いいから。ノート貸して。羊ちゃんはうっかりミス多いんだから、ちゃんと俺が見ないと」


「う、面目ないです……お願いします……」


「ん」



 ノートを受け渡して、狼谷くんの表情を観察する。

 真剣な顔つきで私のノートに目を通す彼に、なんとなく違和感を覚えた。


 いつもよりやけに時間がかかっているというか、答え合わせなんてすぐに終わるはずなのに、狼谷くんはずっと顔を上げない。


 もしかして序盤から盛大に間違えちゃったかな。

 はらはらと彼の様子を見守っていると、



「……はい。全部合ってる。頑張ってるね」



 優しい言葉と共にノートが返ってきた。

 それなのに、狼谷くんの表情は少し硬い。


 何だろう、と正体の掴めない疑問が胸中を蝕む。

 考えても出ない答えだと早々に諦めて、私は椅子を引いた。



「私、ちょっと飲み物買ってくるね」


「はーい。いってら!」



 九栗さんの元気な返事を聞いて、立ち上がる。


 視線を感じて狼谷くんの方へ顔を向けると、彼は私の顔をじっと見つめていた。



「狼谷くんも、何かいる?」


「え?」


「ついでに何か買ってくる?」


「……いや、大丈夫だよ」



 気を遣われてしまったんだろうか。どうせ行くんだから頼んでくれても良かったのに。


 私は教室を出て、いつも使っている階段とは逆の方から下の階へ降りることにした。

 狭くて急な階段だけれど、こっちの方が近い。


 ゆっくり降りていって、ちょうど二階に差し掛かった時、前の方から会話が聞こえてきた。



「いや確かにさあ、顔はいいと思うよ。でもあれは完全に観賞用でしょ」



 あれ、この声は。

 聞き覚えがあるな、と思ったら、クラスの女の子だ。



「まあ恋愛対象には入らないよね〜。てか普通に怖いし。白さん可哀想」



 突然自分の名前が登場して、静かに飛び上がる。

 そのまま通過しようにも、話題に上がってしまっては気まずくてできそうにない。



「こないだもさ、学校の前で綺麗な女の子と、あと多分その子の彼氏? と三人で修羅場みたいになってたわ」



 すごく申し訳ないけれど、彼女たちが立ち去るのを待った方が良さそうだ。

 それとも引き返して、違う階段から降りようか。


 身を潜めながら悩んでいると、女の子が決定的な言葉を言い放った。



「てか私、学校の近くで狼谷くんと白さんが二人で歩いてるとこ見たんだよね」



 ど、と嫌な汗が噴き出す。


 まさか見られていたなんて。いや、学校のすぐ側だから勿論可能性としては十分ある。



「え〜、委員会とかで帰り被ったんじゃないの?」


「私もそう思ったんだけど、学校の近くのカフェあるじゃん? そこに二人で入っていくの見ちゃった」



 しっかり見られてるよ――――!

 別にやましいことは何もしていないのに、のたうち回りたくなった。



「それはあれだよ……狼谷くん、絶対白さんのこと財布にしてるでしょ。じゃないとあの二人、一緒にいるわけなくない?」



 と、その子の言葉に、私は頭が真っ白になる。



「言い方悪いけど、正直白さんのこと利用してるようにしか見えない……あの子押しに弱そうだし」


「あー……真顔で無茶ぶりしそうだよね、狼谷くんって」



 その会話に、猛烈に悲しくなった。


 だからだと思う。



「そんなことないよ」



 私は屈んでいた体を真っ直ぐ伸ばして、つい口を挟んでしまった。



「つ、白さん……」


「狼谷くんとは普通の友達だし、利用されてなんかないよ」



 まさか本人が現れるとは夢にも思っていなかったんだろう。

 彼女たちは口をぱくぱくと動かして、こちらを凝視していた。



「狼谷くんはすごく優しくて、丁寧で、いい人だよ。ちゃんと話せば分かると思う!」



 彼が女の子にチヤホヤされるのも、最近は少し分かってしまった気がする。

 だってあんなにかっこいい男の子に優しくされたら、誰だって嬉しくなるんじゃないかな。



「だから、怖いなんて言わないで欲しいな。ほんとに、全然、そんなことないから」


「あ、う、うん……ごめんね……」



 なぜか怯えるような目で返事をする彼女たちに、私は首を傾げた。

 さっきから、二人のどちらともと一回も目が合っていない。



「じゃ、じゃあ私たちはこれで……」


「頑張って!」



 そんなことを言って慌ただしく走っていった二人に、ますます不思議な気持ちになった。

 頑張ってって、何をだろう。


 まあいいや。

 とりあえず狼谷くんに対する誤解は解けたみたいだし、早く飲み物を買って戻らないと。


 そう思い直して階段を降り始めた刹那、背後から声がかかった。



「羊ちゃん」


「えっ、狼谷くん!?」



 びっくりした。純粋に後ろへひっくり返りそうになった。


 よろめいた私に、彼は目を見開いて階段を駆け下りてくる。



「ちょっと。大丈夫?」



 腕を引いてくれたおかげで重心が安定した。

 それはいいとして、元はと言えば狼谷くんのせいだ。


 口を開こうとして、私ははたと気が付く。



「あの、狼谷くん」


「ん?」


「今の、聞いてた……?」



 そこまで大きい声で話してはいなかったけれど、いつから彼がいたのか全く分からない。


 狼谷くんは数秒黙り込んで、それから「何が?」と問いかけてくる。



「あっ、ううん、何でもないよ。それより、やっぱり何か買うものあった?」



 良かった、聞かれてなかったみたい。

 否定はしておいたけれど、ああいう話は気持ちのいいものじゃないから、耳に入らない方がいいに決まっている。



「ううん。何もないよ」


「え? えっと、遠慮しなくても大丈夫だよ?」


「大丈夫だって。ほら、飲み物買いに行くんでしょ」



 狼谷くんが言いつつ階段を降りていく。


 私は訳が分からなくて、ひたすらに疑問だった。

 買うものがないならどうして降りてきたんだろう?



「羊ちゃんは何が好きなの」


「うーんと、イチゴミルクが好きだよ」


「ああ、あれね。俺も好き」



 前に狼谷くんが紙パックのイチゴミルクを飲んでいるところを見かけたことがある。

 可愛いものを飲むんだなと思ったから、覚えていた。



「九栗さんと霧島くん、大丈夫そう?」


「ああ……まあ、大丈夫なんじゃない?」



 彼にしては適当な返事に、困惑してしまう。

 やっぱり無理をさせてしまって疲れたんだろうか。



「我儘言ってごめんね……ありがとう」



 そう伝えると、狼谷くんは虚をつかれたように目を点にして、穏やかな笑顔を浮かべた。

 今日はまだ彼が笑っているのを見ていなかったから、ようやく笑ってくれて安心する。



「えへへ、狼谷くん笑ったねえ」



 つられてだらしなく頬を緩めた私に、狼谷くんは「羊ちゃんのせいだよ」と愉しそうに私の肩を小突いた。

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