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魚心あれば水心1

 


 じゃーんけんぽん、という掛け声に合わせて咄嗟にグーを出した。

 周りは全員パーを出していて、綺麗な一人負け。



「あ〜……ツイてないね、よう



 こちらに視線を投げて苦笑したカナちゃんに、私は肩を落としてみせた。

 じゃんけんはいつも弱いけど、今回は本当に運がないなと思ってしまう。



「おーい、女子の文化委員決まったか〜」



 教卓の前で先生が急かしてくる。

 気分が下がったままの私の代わりに、「つくもさんですー!」と誰かが答える声がした。



「ちょっと。死刑宣告受けた被告人みたいな顔しないでよ」



 あかりちゃんが強めに背中を叩くから、思わず飛び上がった。



「うう、だって……」



 こんなの、死刑宣告みたいなもんだよ……。


 文化委員はちょっと特殊だ。

 他の委員は前期と後期、つまり一年に二回選び直す。


 でも文化委員だけは通年の任期になっていて、春に決めたら進級するまでそのまま。

 やることが多くて、半期ごとに仕事を覚え直すのが煩わしいからそうなっているみたい。


 それと、憂鬱になる理由がもう一つ。



「じゃあ白と狼谷かみや、よろしく頼むぞ」



 無情にも告げられたその言葉に、私はとうとう頭を垂れた。


 狼谷、というのはさっき決まったばかりの、男子の文化委員。

 彼と一緒だというのもあって、私は心底落ち込んでいた。



「許せ羊! こればかりは私も代わってやれない!」


「うん……じゃんけん練習しておく……」



 がしりと私の両肩を掴んだあかりちゃんに、力なく返答する。


 教室の一番後ろの窓側。

 頬杖をついて退屈そうに外の景色を眺めている狼谷くんは、果たして自分が文化委員になったと分かっているんだろうか。


 彼の様子を観察していると、その横顔がふと動いた。


 ――あ。


 面白いくらいしっかりと目が合って、私は反射的に顔ごと逸らす。

 やましいことは何もないのに、心臓が早鐘を打っていた。


 びっくりしたー……。

 盗み見ていたのがバレてちょっとだけ気まずいというか、申し訳ない。



「今日の放課後、最初の委員会がある。各自教室を確認して参加するように」



 普段は早く放課後になれと思うのに、それが例外になるのは今日が初めてだった。





 ***





「ええと、白 羊です。よろしくお願いします」



 委員会が始まる前の教室内。

 隣の席に座る狼谷くんに、私は頭を下げて自己紹介をしていた。


 彼は切れ長の目を少し見開くと、僅かに首を傾げて笑う。



「いやいや、どうしたの改まって。さっき教室で言ってたし、知ってるよ」


「え! 先生の話、聞いてたの?」



 驚いて口から出てしまった自分の言葉に、しまったと背筋が凍った。


 狼谷くんは遅刻早退欠席を厭わない。

 小学生の時からずっと皆勤賞の私にとって、彼は完全に異質だった。


 どうしても真面目からは程遠い印象で、この前廊下で男子生徒の胸倉を掴んでいるところを見たこともある。



「あっ、えっと今のは違くて! その……ごめんなさい!」



 私の狼谷くんに対する第一印象は、「怖い人」だった。

 そのイメージは今も拭えない。彼の機嫌を損ねたら一発二発、殴られるんじゃないかと怯えていたのだ。


 拳を膝の上で力強く握る。

 ああどうしよう。怒らせちゃったかな、とぐるぐる考えていた時、



「はは、別に謝んなくていいよ」



 想像以上に柔らかい声色が耳に届いて、私は顔を上げた。


 目の前の表情からは怒りの感情は読み取れない。

 ひとまずほっと胸を撫で下ろして、軽く息を吐いた。



「白さん、ね。よろしく」



 特に気を悪くした様子もなく微笑んだ狼谷くんに、私は拍子抜けしてしまう。


 少なくともこんなに笑う人だとは思っていなかったし、もっと取っ付きにくいのかなと予想していた。


 そうは言っても、内心彼が何を考えているのかは分からない。

 これからは不用意に発言しないように気を付けよう、と気を引き締めたところで。



「白さんさぁ……俺のこと、苦手でしょ」


「え!?」



 突然の爆弾投下に、為す術もなく素っ頓狂な声を上げてしまった。


 心読まれたかと思った! いや、狼谷くん実はメンタリスト?


 一人でしょうもない憶測を立ててから、慌てて言い募る。



「そ、そんなことないよ! とっても、全然、大丈夫!」



 正直言うと、ちょっと――いやかなり苦手なタイプだけど。

 そんなことを打ち明ける必要もないし、何より彼のご機嫌取りが最優先だ。



「そ? ……まあ、いいんだけど」



 再び前に向き直った狼谷くんは、椅子に背を預けて足を組んだ。

 長くて細い足だなあ、と感心してしまう。


 さっきはバレてしまったけれど、今度はこっそりと彼の横顔を窺った。


 すっと高い鼻筋に、健康的な白い肌とさらさらの黒髪とのコントラストが目を惹く。

 小さい銀のピアスが光を反射して、きらきらと輝いていた。



「文化委員とかまじだるいわ〜。内申点に関係あるって聞いたけどさ〜」


「でも文化祭の打ち上げは豪華って先輩言ってたし! 期待しとこ!」



 開きっぱなしのドアから、女子生徒が二人入って来る。

 そのうちの一人がふとこちらへ視線を投げると、短いスカートを翻して駆け寄ってきた。



「え〜! げんも文化委員だったの〜?」



 どうやら狼谷くんの知り合いらしい。

 甘い匂いが鼻腔をくすぐって、彼女が香水を身に纏っていると知った。



「そー、寝てたらなんか俺に決まってた」


「だめじゃんちゃんと起きてないと〜」



 すぐ側で談笑する二人に、居心地の悪さを感じてしまう。

 もうなんというか、ここだけきらきらしてる。スクールカースト上位みたいな、そんな感じ。



「この子、初めて見るけど『友達』?」



 私の方をちらりと見て、女の子が言う。

 その目が鋭利なものを突きつけられているかのようで、少し肝が冷えた。



「あー……いや、違う。普通にクラスメート」



 狼谷くんが歯切れ悪く答える。


 確かにクラスメートだけど、「友達?」って聞かれてわざわざ否定しなくても良くないですかね……。いや、まあただのクラスメートだけどさ……。


 釈然としない気持ちでいると、女の子は「ふーん」と私を一瞥して口角を上げた。



「ま、玄のタイプじゃないもんね。全然」



 とばっちりだ――――!

 内心悲鳴を上げたものの表面上は平静を装った私を、誰か褒めて欲しい。


 とんでもない空気に困っていたところへ、先生がやってきた。

 委員会が始まって、ようやく私は救われたような気持ちで姿勢を正す。


 その後、何気なくしてしまった質問から、私は更に自分の首を締めることになった。







「さっきの、彼女さん?」



 委員会が終わって、配布資料に書き込みをしていた時だった。

 今日は何をしたのか、とかを簡単に書いて担任の先生に提出しなくちゃいけない。


 ずっと無言なのも気まずくて、私は思わず聞いてしまった。


 狼谷くんは一瞬こちらを見てから、すぐに視線を戻して口を開く。



「彼女じゃないよ」



 端的な回答に、踏み込むべきじゃなかったかな、と反省した。

 もっと無難な質問にしよう。好きな食べ物、とか?



「彼女じゃなくて、お友達ね」


「お、お友達……?」



 彼の言葉に、瞬き数回。

 あんな過激な友達っているんだ……多分あの子、狼谷くんのこと好きだと思うけどな……。



「うん、お友達。……って、白さんには通じなさそうだけど」


「え?」



 いきなり母国語の理解度を馬鹿にされて、面食らった。

 そんな私を尻目に、狼谷くんは席を立つ。



「早く出して帰ろう」


「あ、うん、そうだね」



 急いで最後の一行を書き殴って、私も椅子を引いた。


 至って真面目に委員会に出席した狼谷くんを、先生は大層褒めていた。

 こっちは普段から真面目に生活しているのに、何だかずるい。



「あ! 玄〜!」



 職員室を出たところで、また女の子が狼谷くんを呼び止めた。

 さっきの子とはまた違う。でも雰囲気は輝いているし、彼に好意を持っているのも分かる。



「委員会終わった? もう帰れる?」


「うん。ごめん、お待たせ」



 これがカップルの会話か、と仲睦まじい二人を眺めていた私に、あの視線が再び突き刺さった。



「玄。この子、誰?」



 この女の子も例外ではない。

 狼谷くんの腕に抱き着いて、私を睨んでいる。



「あっ……私、ただのクラスメートなので! お付き合いしている人の邪魔をする気はないので!」



 高速で手を振りながら意思表示をすると、女の子は怪訝そうな表情で首を捻った。

 その隣で狼谷くんが小さく吹き出す。



「白さん、だから『お友達』だって」


「えっ、また!?」



 罪深いよ狼谷くん! そんな彼女みたいな扱い受けたら、みんな友達だと思わないよ!



「ねえ玄、早くー。最近全然相手してくれないんだもん、溜まってるんだからね」


「こーら。女の子がそんなこと言わないの」



 女の子の唇に人差し指を当てる彼の仕草が妙に色っぽくて、息を呑んだ。


 そこで私は思い出す。

 狼谷くんは、確か女遊びが激しいと噂になっていたような――。



「じゃあね、白さん」



 女の子の腰に手を回し、狼谷くんは歩き出す。

 連れ立って遠のいていく二人は、私にはカップルにしか見えなかった。

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