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ホラー

ひぐらし

作者: 猫じゃらし


 暑さが和らぐ夕暮れ時。

 橙色に染まる空には陽が沈むのを待たずに、白い月が先走って現れている。

 沈む夕陽は地平線に蜃気楼を作り、幻想的な景色につい足を止めた。




 カナカナカナカナ——…………




 ひぐらしも甲高く鳴き始め、1日の終わりを告げている。

 誰1人りとしていない閑散とした、古びた駅前を手持ち無沙汰に掃除していた。

 とはいえ、箒なんて持っていても通う人数が限られているのだからゴミはほとんど落ちていない。

 だらだらと掃いていてもただ疲れるだけなので、さっさと切り上げた。


「先輩、ひぐらしが鳴いてますよ。せんぱーい」


「うるせぇ新人! こっちは暇じゃないんだ!」


 駅員室に声をかけると、デスクに向かって激しく貧乏ゆすりしている先輩に怒鳴られた。

 1時間に1本しか走らない田舎の私鉄駅だが、勤続1年目の自分と勤続8年目の先輩とじゃ仕事量が歴然としている。

 大嫌いな事務作業に、先輩はとにかくイライラしていた。


「ほら先輩、ひぐらし鳴いてますってー。癒されません? 1日の終わりって感じしません?」


「バカか! 仕事が終わらなきゃ俺の1日は終わらないんだよ!」


「そりゃそうですけどー。でもほら、風情があるでしょ?」


 持っていた箒を掃除用具入れに片付けようとすると、先輩は目敏くそれを見た。


「風情があっても仕事は終わらん! お前、暇なら向かいホームの掃き掃除もしてこい」


「えぇ〜」


「ただでさえ古くて汚いんだ、ちょっとでも綺麗にしてこい。ひぐらしだなんだと、サボんなよ!」


「別にひぐらし捕まえて遊んだりしませんって」


 しまいかけた箒を持ち直し、向かい側ホームへ向かおうとすると先輩は真面目な声色で言った。


「本当に、変なひぐらしがいても構うなよ。放っておくんだ」


「……? わかりましたって」


 念を押すようにじっとりと睨まれ、先輩はまたデスクに向き合った。

 なんなんだ? と思ったが、まぁサボるなということだろう。

 制帽をかぶり直し、夕焼け綺麗だなーなんて思いながら向かいホームへ渡った。





 カナカナカナカナ——……





 端から端まで一通り履き終わり、腰を伸ばした。

 ホームに小石や落ち葉はひとつも落ちていないし、柱にかかる蜘蛛の巣も払った。

 それでもまだ、空は橙色のまま時が進んでいないようだった。

 2両編成の車両が最大なこの路線に、長いホームは必要ないのだ。


「次は何をしようかねぇ」


 いっそ、先輩の事務作業を分けてもらおうか。

 いやでもそうすると、新人に付き合わなきゃならない先輩にはさらに負担か。

 それにまだ、このだらけた時間を手放したくはない。


 う〜ん、と考えていると。





 カナ……カナ……カナ……





「なんか、元気のないやつがいるなぁ」


 息も絶え絶えで、かろうじて鳴いているような。

 他のひぐらしの鳴き声に打ち負かされているが、音は近くから聞こえた。

 ホームの上には見当たらないし、柱にもいない。

 屋根の内側には今は使われていない鳥の巣があるだけで、ひぐらしはいなかった。


「下かぁ?」


 線路上を目を凝らして探す。

 普段は木や壁にへばりついていても、弱っていたら地面にいることがあるのだ。


「いや、こっちか?」


 ホームの縁ギリギリで四つん這いになり、ホーム下の退避スペースを覗き込んだ。

 手入れが行き届いておらずゴミが落ちている。

 明日にでも拾うかぁ、と思った時だった。





 カナ……カナ……カナ……





 消え入りそうな鳴き声と共に、ひぐらしの影を見つけた。


「おっ! そこにいたのか〜。夏はまだまだこれからだぜ? お前、そんなとこでもう死んじゃうのかよ」


 少し乗り出してさらに覗き込むと、はっきりと姿を見ることができた。

 茶色っぽい体に、小さなまんまるの目。透明の羽の下には、女の顔に見える背中の模様。


「うわ……お前、気持ち悪い模様してんね」


 ひぐらしの羽が小刻みに揺れ、静かに鳴き始める。





 カナ……カナ……カナ……





 女の顔に見える模様も一緒に小刻みに揺れた。

 まるで呟いているように、口が動いて見えた。





 カナ……カナ……カナ……





 揺れに合わせて口が動き続ける。

 伏せていたまぶたも揺れ、だんだんと開き始めた。そう、見えた。


「っ!!」


 気持ち悪さに体を起こそうと力を入れたが、それよりも強い力に引きずり落とされた。

 打ちつけた体に痛みが走る。

 だが、それを上回る恐怖はすぐさま体を起こしてひぐらしへと向き合った。





 カナ……カナ……カナ……





 ひぐらしが羽を震わせるほどに女の顔が歪み、弧を描いた口が三日月型になっていく。

 まぶたは開き、その視線の先にいるのはきっと自分だ。

 小さく動いていた女の口はだんだんと大きく、そしてはっきりと言葉を吐き出し始めた。





 カナ……シ…カナ……ヌノカナ……





「な、なんだ……?」









『死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ死ヌノカナ』









「うわぁ!!!!」


 女の顔はにったりと笑み、ひぐらしは勢いよく飛び立った。

 それに合わせてそこら中のひぐらしが鳴き始める。




 キキキキ キキキキ キキキキ


 キキキキ キキキキ キキキキ


 キキキキ キキキキ キキキキ


 キキキキ キキキキ キキ……





 キャキャキャキャキャキャ!!





 甲高い女の笑い声にゾッとし、急いで立ち上がった。


 目の前に迫る見慣れた色の壁は、何の色だっただろうか。






「あ…………」














 そうだ、私鉄電車の色だ。









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― 新着の感想 ―
[一言] ひぐらしのなく頃に、ですかね? ひぐらしのなく頃に解、欲しいです。 どうにかして助かるけど、おかしな現象に付き合わされてだんだん狂って行く様な奴を。
[一言] 読んでいて夏の雰囲気を感じられる作品でした。 カナカナカナ、そこからどう繋がるのかなと思っていたら、そういうことかあとなりました。 怖いのになんでしょう。 不気味だけど怖いだけじゃなくて心…
[良い点] 橙色に染まる空、寂れた駅、ひぐらしの鳴き声……ノスタルジックな雰囲気を思い起こさせる要素満載で、引き込まれました。そして、序盤のそれらの描写が後半に襲い掛かるホラー描写を一層に引き立ててい…
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