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オスッ、俺邪竜!  作者: シール
3/3

子供の行動は予測不能

 

 突然現れた男は俺を無視して子供の方へと視線を向け、その目に捉えると凶悪な顔になった。


「みつけたぞ小僧」


「ひ…!」


 ずかずかと近づく男に合わせて子供は俺の真正面のあたりに逃げてくる。


「大人しく死ね、抵抗しなきゃ苦しませない。主人もそれで喜ぶ、争いも早く収まる。お前が死ねば万々歳なんだよ」


「や、やだ! 僕死にたくない!」


 男は子どもに話しかける。話の流れ的にこの子供の親ではないらしいのが本気で子供の命を取る気のようで少しずつ子供に迫る。子供は後退りながら退路を探すが、ここは出入口はひとつだけだ。男の背後にあるので退路はない。


「諦めろ。恨むなら生まれた立場と親を恨むのだな」


「うう、なんで、なんで死ななきゃいけないんだよ! 僕はただっ、静かに暮らせればそれでいいのに…!」


 悲痛な声が響いた。それでも現実は残酷に牙を向く。徐々に迫る男に鞄を投げつけたりして時間を稼いでも結局は無駄な抵抗となった。

 子供は珠がはめ込まれた円環の所で縋るように鉄格子を掴む。開けて中に入れればと考えたのか。しかし悪いけどこの中には入れない。子供がいくら押したり引いたりしてもびくともしない。


「ううう…! 開けよ! 邪竜でもいいから、助けて! お願い!」


 子供は悔し涙を流して珠を檻をガンガン叩く。俺に目を向け、恐怖の涙が頬を濡らす。

 男はそんな子供の様子を面白そうに眺めて楽しんでいた。クズだな。

 俺を置いてって繰り広げられている展開に、俺はどうしたもんかと内心焦っていた。

 こいつらの事情は知らん、どっちの善悪の有無も理由も何も知らない。

 でも子供が殺されそうになっていて何もせずに傍観している大人ではないんだよ俺はっ。


「死ね」


「ひッ…!」


『―――――――――――――――ッ!』


 止めろ、と叫ぼうとして咄嗟の感情が咆哮となって表れ、さっきのくしゃみなど比にならない大音量が室内を満たした。

 ビリビリと空気が震え、男も子供も耳を押さえて硬直して動かない。

 叫び終わっても数分もの余韻が残り、静寂が満ちた。

 カツン、とナイフが床に落ちたことで静寂は破られる。錆びついた機械のようにぎこちなく俺へと目を向けた男は顔を真っ青にしていた。


「ば……かな…………封印が……」


 視線が交差して、完全に俺が動いていることを悟ったらしく男の目には恐怖が宿った。

 こいつも俺のことは理解しているようだ、じゃなきゃ一気に恐怖を見せるわけない。

 堅気じゃなさそうな見た目なのに俺を理解しているっぽい男。同じく理解しているのにここへと来た命を狙われている子供。

 いったいどういうふうに俺のこと伝わってるんだろ、基準がこの二人だとまったく判断がつかない。…いや、単に子供の感性が変わってるだけだな。

 まあそれは置いといて。

 今まで見下ろす形でじっとしていた体勢を変え、前足を一歩前に出した。たったそれだけで男はヒッと後退った。

 まずはこいつをどうにかしないといけないな。


『そいつになにをする気だ』


「なっ!?」


 話すと思わなかったのか、驚愕に口を開ける男。このまま怖がって去ってくれたらいいのになーとか考えながら俺は続ける。


『何をする気だ、と聞いている。目覚めた俺の前で殺生とはいい度胸だな』


「じ、邪竜が………目覚め……しゃべ……」


 怖く見えるように睨んでやると、男は徐々に後退し始めた。

 自分の常識から逸脱した光景というのは怖いものだ、邪竜が封印から解けて動いているというのはこの男からしたらありえないだろう。真っ青な顔に脂汗をかいて瞳孔を広げ、もはや恐怖しか浮かべていない男は子供を殺すことも忘れたようにドアへと後退し続けている。

 もう一押しか?

 俺は凶悪に映るように牙を剥き出しにして叫んだ。


『去れ! てめえなんかに用はないんだよ!』


「ひっ!」


 最後の一括に押されて、男は引き攣った表情で外へと脱出していった。

 けっこう怖そうに演技できたと思う。よかった、封印の檻があることに気づかず逃げてくれた。

 大丈夫かと声をかけて子供に目を向ける。ナイフはまだ届いてなかったから無事なはずだけど、どうだ?

 子供は伸びていた。

 さっき同様、大音声に驚いたのか、死ぬ恐怖に意識を手放したか、ばったり倒れていた。

 またやっちまった感じだが、まあ緊急事態だったので許せよ。

 てかこいつ気を失ってばっかだな。……俺のせいか、やっぱごめん。

 危険は去ったと思うので、俺は子供が目覚めるまでのんびり待つことにした。

 ここまできたら事情を知りたいし、いろいろと話したいからな。

 さて、いつ起きるかな…………。










 ようやっと目覚めた少年に怪我の有無を確認して、問題ないとのことで俺はさっそく質問に入った。


『なあ、お前なんで殺されかけたの?』


「……僕のこと、邪魔なんだって」


 命の危機が去ったことで気持ちが緩んだか、意地を張ることなく素直に答えてくれた。


『邪魔って誰がそんなこと言ったんだ?』


「兄上の母親が」


『はあ?なんでそんこと……』


 言いかけて、子供の身なりに気づいた。地味目だけど仕立てのいい綺麗な服、そういったのを着れる人間は限られてる。おまけに一般家庭ではありえないような継母じみた発言。


『……お前って貴族?』


「ううん、僕王子」


『王、子……王族…』


 oh…薄々感じてたけど貴族すっ飛ばして王族だった…。だけどひとつ疑問が浮上する。


『え、なんで王族のガキが気軽に来れてるんだ? あんなに深い森に一人で来たのか!?』


「森? ここ、お城の地下だよ?」


『地下あっ!?』


 ここは城になっていたらしい。びっくりな情報にガオオオッ!と咆哮を挙げてしまった。耳を塞ぐ子供に後で謝る。

 それからいくつか聞くと外は俺の記憶とはだいぶ違う様子になっているようだった。

 簡潔にまとめるとまず、俺が眠ってから三百年経過していた。

 それと城の位置が俺が封印された場所に建て直されていた。森が開拓されついでに地下に移されていたらしい。誰も封印の場所になんか気軽に来ないので放置も同然の場所だったからこの子供が入ってこれたみたいだ。

 でもってさっきの犯罪現場を目撃したことと、この子供が王子であることから推測されることといえば……まあ、想像つくよな。

 昔とはいえ国に仕えていた身だ、そこまでの情報があればもう理解した。


『王位争いでも起きてんの?』


「うん」


 試しに聞いてみたら肯かれた。ちゃんと理解していたようでそれはもうハッキリと。

 やはり王族としての教育なのか、幼いながらも現状を把握していたこの子供はぽつぽつとだが語った。

 王妃側妃の血縁とかは興味ないので流したけど、要約すると王様が後継者を決めて発表する前に周りが争いだした。その影響で本来王座など見込めない立ち位置のこの子も巻き添えをくらって暗殺されかけ、仲の良かった侍女や騎士がどうにか逃がしてくれてここへ逃げ込んで先程の危機一髪だったと。

 王位争いとかめちゃくちゃ面倒くせえやつじゃん、聞くんじゃなかった。


『争うってことは王子って複数いるのか。何人?』


「僕入れて五人」


『子沢山だな。まあそれなら、そんなことにもなる…か?』


 いや、するなよ。話が王族あるあるだとしてもやっぱ酷いぞ。

 逃げているうちに偶然ここに入り込んだということなのかと納得しかけたが、子供が言うには語り継がれている邪竜の俺が封印されてるというこの場所なら誰も近づかんだろと思って逃げ込んだそうだ。代々語り継がれていたし、邪竜の像(眠ってた俺)を見に来る人などいなかったから。

 で、逃げ込んだら偶然俺が目覚めてたから追いかけてきた暗殺者共々ビックリと。


『ふうん……子供ながら大変だな。まあ頑張れ』


 事情は知れたのでスッキリした。なので満足した。

 興味が薄れて寝そべった俺に子供がそっと尋ねてきた。


「ねえ、ここに居ていい?」


『べつにいいけど、俺のこと怖くないのか?』


 もう自然と話してるけど俺邪竜よ? 口調こんなでも見た目は『邪悪なる~』とか『暗黒の~』とかって言葉が似合うような(たぶん)強面な見た目なんだが。手だけでも傷つけそうな鱗びっしりで怖そうに思えるのに平気なのかこいつ?


「平気!平気だからここいていい?」


『まあ、俺はここから動けないし、好きにすればいいんじゃね』


「うん」


 了承すると本当にここに居座る気のようで、子供はなんだかあちこち動いて一か所になにかを集め始めた。俺は手だしできないのでただ観察して過ごしてる。

 そうしてしばらく動く小さい存在をみてると何をしていたのか察することができた。

 こいつ、寝床作ろうとしてやがる。

 図太過ぎないか?

 どこからか食べ物まで持ってきて結局数日ここに籠ったチビはいろいろと話しかけては聞きたくもない話を俺に教えてきた。

 それで知ったのは王族はムカつくやつだらけということ。

 自分たちのことしか考えていないような話ばかりで聞いてるだけで耳が腐りそうだった。

 昔の王を思い出させる胸糞悪い連中が王族にぞろぞろといるようだ。うん、関わりたくねえな。即座にそう思った。

 この子供のいじめ被害についても話された。


「兄上たちみんな僕のこと殴るし、弱いって笑うんだ。もうやだよ」


『やられっぱなしかよ。やり返せよ』


「む、無理だよ、僕あいつらに勝ったことないし、父上に褒められることするとすごく睨まれる」


『器の小っせえ野郎どもだなぁ』


 他人事として聞いていると悲劇の王子の本でも書けそうな内容だが、ここにペンも紙も無ければ書いたところでなにも解決しない。このチビが変わろうと動かない限りずっとこのままだろう。なんで俺はそんな奴の身の上話を聞いてしまってるんだろうか。

 まあいい、聞いても俺は何もしないし出来ないからな、傍観して終わりだ。


『まあ頑張れ』


「……ねえ邪竜さん、そこから出られないの?」


『はあ? お前言ってる意味わかってるのか?』


「うん」


 わかってないな。わかってたらこんな軽く頷かない。

 言い聞かせるように俺は告げる。


『あのなあ、俺がここから出たらえらいことになるぞ、こんなふうに話してるけど俺邪竜なの。昔の伝承とか伝わってんだろ。簡単に解放して昔のようになっても知らんぞ』


「でも、邪竜さん怖くないよ」


『それはこうして話してるからだろ。お前の感性が変わってんだよ、お前殺しにきた大人は泣いて帰ってったじゃねえか』


 それにな、と尻尾で円環にはまった珠を指す。


『この結界が消えなきゃ俺はここから出られないんだよ、檻に弾かれるんだ。無理。だから諦めろ』


「それ取れれば出れるの?」


『たぶんな。仕組みとかは知らんし出る気もない』


 俺の返答にチビは何かを考え出した。珠の前でなにやら動き始めたのをのんびりと観察した。何をする気なんだか……。


「えっと……ここを…?」


 ぶつぶつ言って珠に触り始めるチビ。どうせ無理なのに試すようだ。

 この檻は俺の今は亡き仲間たちが懸命に設置したものだ、子供一人に解けるわけがない。

 そんなこと始めるくらいなら母親との逃亡を計画した方がいいだろうに、無駄な時間だな。

 半目になって眺めていると、唐突にガチョンッと重い金属音が鳴った。

 …………何、今の?

 嫌な予感に法杖ついていた頭を上げ子供の方を凝視した。


「取れたよ!」


 喜びを露わに、自分の頭ほどもある珠を両手で抱えて空洞となった穴から顔を覗かせている子供。それと時を同じくして光の檻が消え空気に溶けていった。

 そんななかニヒッと笑う無邪気な顔が、俺の両目にしっかりと焼き付けられた。

 同時に叫ぶ。


『取れたじゃねえよ!!』


 なにしちゃってくれてんのこいつ!!!


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