封印されたのに……。
とある森の深い、それは深い場所に俺はいた。
木と草だけの鬱蒼とした光景は人の気配など微塵も感じさせない。本当に自然そのものって感じの手付かずといえる森。
もう帰り道なんてすっかり覚えていないからちょっとうろつこうものならあっという間に迷って朽ち果てそうだ。
まあ、うろつく気ないけど。
地面に座ったまま、準備が終わるまで俺はただぼうっと雲の流れを眺めたりしながらのんびり待った。
そんな俺のそばでずっと沈んだ面持ちで一緒にいる男がいる。
「ごめん………」
ぼそっとそう呟く、俺が最も信頼を置く仕事の同僚で大切な仲間。申し訳なさそうに俯いて、罪悪感からか目も合わせないグレイン。
そんな彼に、俺は元の姿より数倍大きくなって、もはや人の姿をしていない自分の身体を器用にすくませて反応を返してみせた。
「何度同じこと言ってんだ、お前。全部納得の上だし、もう今更すぎるだろ」
ふぅ、とため息も吐いてみせる。
すると、そいつはやっと顔を上げた。
その顔は今にも泣きそうな、でも必死に堪えたものだった。
普段なら絶対見せない情けない顔が晒され、くしゃくしゃの顔が可笑しくてぷっと噴き出す。
「……笑うなよ、こっちは辛いってのに!」
「悪い」
口では謝っても、俺はまだ笑い続けた。だって本当に可笑しいから。しばらく笑い声が響いた。
それに相手は思いっきり睨んで怒ってくるけど、目が怒り切れずにまた泣きそうになってるから全然怖くないな。やーい。
「なんでお前はそう、いつも通りなんだよ! これから何されるのかわかってるのか!?」
怒りが滲んでいる言葉が投げられ、当然と俺は頷いた。
「わかってるから落ち着いてるんだろ。自分で決めたことだし、もうどうにもならなかったんだからしゃーないって。そう落ち込むなよ」
「……っ、なんでもっと悲しまないんだよ! お前は! そういうところがイラつくんだ! バカ!」
バカて、幼稚な罵倒だなあ。グレインらしいけど。
「いやぁ図太い神経なもんで。すまんなぁ、でもまあ結果オーライだしいいじゃん?」
「どこが…! この、馬鹿っ、底抜けの馬鹿野郎が! 一生許さないからな!」
「なんだよ、お別れの時にそんな罵倒するなよなぁ。いい気分で寝たいのに」
「うるさい!」
まるで駄々っ子のようなグレイン、困ったもんだ。笑ってバイバイくらい言ってほしいのに………。
他愛ない言い合いが続く中、グレインの後ろに人が近づいてきた。
全員が戦士然とした凛々しい姿で、みんな同じ杖を手に俺を見上げている。
視界が高いから先に気づいていた俺が目を向けるとグレインも気づいて、その人たちへ振り返る。グレインを除けば5人。みんな顔も性格も知っている。長い時を共に過ごした仲間だ。
「………グレイン、そろそろ…」
一人がそっと告げると、今まで騒いでいたグレインが固まって、小さくうめき声をあげて泣き始めた。
誰もそれを咎めることはしない。しんとした静寂の中で、グレインの嗚咽だけが聞こえる。
周りはわずかにためらいを見せ、誰も動こうとはしない。これじゃいつまでも目的が果たされなさそうだ。それじゃ俺が困る。
「じゃあ始めましょうか。後は頼みますね」
軽い感じで俺から声をかけると、グレイン以外が頷いて俺を囲むように等間隔で円状に配置に着いた。
それぞれが持つ身長と同じくらいの長さの杖を前に突き出し、杖の先に魔力を込め始める。
杖は特別製のようですべてがきんきらに輝いていた。いったい売ったらいくらになるんだろうとこんな時なのに邪推してしまう。
くだらないことを考えているうちに準備が終わったのか、杖が次々と地面へと突き立てられていった。
すべての杖が立てられると、それらは共鳴して明滅し、ひと際強く輝くと杖同士の間に細かく縦と横の光の線が走った。
人の手がぎりぎり入るくらいの隙間しかない光の交差が周りに生み出され、あっという間に檻と呼べるものが周囲には出来上がり、その中心に俺は閉じ込められた。
まだ天井は交差がなかったが、考えているうちに俺が窮屈に思わない程度までの高さを作って天井もドーム状に交差して天辺で繋がり、完全に逃げ場のない檻として完成した。
形的に鳥かごの表現が一番近いだろうか、上に止り木でもあればかなりそれっぽくなる気がする。
扉はないけど、その代わりに正面の部分に大きな円環が作られそこに玉がはめ込まれていた。
表側も同じようになっているのか、円環には細かい紋様がぐるりと刻まれている。はめ込まれた玉は大人の掌くらい大きい楕円状のもので、漆黒と言えるほど一切光を反射しない真っ黒な色をしていた。
輪っかの中にはめ込んでいるだけに見えるから押し込んだら取れそうで、大丈夫かこれと少々疑問に思う。
ちょっと確認程度に、人の頭を余裕で掴める大きさの手を伸ばしてその玉に触ってみる。
が、数センチの距離まで近づけたところでバチバチッと火花が散って俺の手は弾き返された。痛いと思うほどのダメージはないけど、掴もうとするにはけっこう難航しそうな衝撃だ。
触れなくて残念だけど、今伝わってきた感触にこれなら大丈夫だろうと思えて、外にいる人たちへわかるようにはっきりと頷いてやった。
「大丈夫です、これならここから出ることは出来ない」
俺の言葉に歓喜…というより緊張が解けてあからさまな安堵をみせる周囲。みんな喜びよりも魔力を込めたことでの疲労が勝っていて余裕がなさそうだ。なので嬉しいなどと声を上げる者はいない。
うん、みんなお疲れ様だよな。ずっと頑張ってたから。
だから後は俺が引き受けるから、安心してくれ。
さて、最後の仕上げだ。
「グレイン、頼む」
ずっと見届けていた友達に目を向けて、告げる。
涙を流し続けてこっちを睨んでくるからいい加減笑ってほしいけど、まあ頼んでいることを考えると無理か。
それでも引き受けてくれたんだから、お前は本当にいい奴だよな。
グレインは泣きながら、でも決意を込めた瞳で正面の玉の前まで近づいた。
すでに仕組みを説明されていたのか迷う素振りもなく玉に手を触れさせて何かを起動させた。
この後どうなるのか俺は知らないけど、強力な封じを施すというのは変わらないので経過を待つと、檻から何かの力が流れてきて足の方から体が石みたいに固くなっていくのを感じた。
ああ、身動き取れなくするのか、と理解して抵抗せずにじっと終わるのを待った。
「それじゃあなグレイン。みんな。幸せになれよ」
顔まで石化が届くのに時間がかかりそうで暇だから、言いたいことを言っておく。
他は頷くだけにしていたけど、グレインは俺の名前とバカをずっと連呼してきた。なあ、さっきからバカって言い過ぎじゃね? まあいいけど。
「アルガ! このバカ! アル……アルガの、バカ…やろう…っ!」
「うん、でも後悔してないからな。いつまでもしょげてんなよ。それじゃ、おやすみ………」
「アルガ! ごめん、ありがとう! うぅ、アルガあああーーっ」
いいってことよ。
顔が固まりきる前に、思いっきりニッと笑って見せて、その表情のまま固まり俺は薄れる意識に流されるまま眠りについた。
あーあ、人生短かったなあ…。
夢うつつな微睡みのなか、俺は自分の短いながらなかなかに濃い人生だったなと振り返った。
俺ことアルガは、24年の人生をもって人間としての生に終わりを迎えた。
…あ、一応言っておくが死んではいない。紛らわしくて申し訳ない。
実はとある事情により、俺は人間をやめることになったのだ。
現在の俺はなんと竜の姿をしている。人間の時のパッとしない見た目からはおさらば! 実に目立つ格好になった。
しかしこれは喜んでこうなったわけでもない。ちゃんと理由はある。
俺の生まれ故郷エルム王国は平和でとても穏やかな国として栄えていて、その中で俺は国を守る一兵士として働きながら、家族や友達と平和に暮らしていた。
今だから自慢するけど、俺は最強ではないけど結構強い部類に入っていた。実力順で指折り数えた時に片手に食い込むくらいには。
かといって戦争があるわけでもなし、実力があってもとくに発揮する場はなかったのでそこそこに仕事をこなして面倒くさがりな性格のもと、のらくらと過ごしていた。
だけど平穏な国にある時大問題が起きた。
邪竜と呼ばれる、人では到底敵いっこないとんでもなく強い竜が突如やってきて、国中を荒し始めたのだ。
理由、動機は不明。いきなりやってきて土地を荒らしまくる邪竜を討つべく国は動いた。
剣などの武力の他に魔法という力があるこの世界、どちらも使って国は総戦力で邪竜討伐を掲げ必死の猛攻を浴びせた。
しかし一行に勝機は見えず、どんどん人間のほうが弱っていくばかり。
国が終わるのだと誰しもが絶望した。
そんな圧倒的な邪竜の力にどうにか対抗すべく、国は禁呪と伝わっている魔法を発動して、俺含む7人の兵士に力を与えた。
それまでの戦いがなんだったのかと思うくらい対抗できるようになって、三日三晩の戦いのはてに邪竜を討つことができた。
国の危機が去って英雄たちの凱旋――となるはずが、そう上手くはいかず問題発生。
なんと討伐した邪竜は7人へ呪いをかけていた。
迷惑千万というかなんというか、死に際の執念か自身の魂を糧にしたかなり強い呪いらしく、効果は呪いを受けた者のいずれかが次の邪竜になるというもの。
俺含め国を救った兵士たちは英雄から扱いが一転、次の邪竜という嬉しくない肩書を背負って国中の除け者となった。
当然そんな扱いに俺たち7人は納得できるわけもなく、王様に猛抗議して(脅してかな?)国に貢献した対価として呪いを消す方法を探してもらった。
まあ、人間なんか木っ端同然の邪竜の呪いを解けるのか?と思うわけだが、うん、無理なわけで。
呪いを解く、消滅させるという目標は不可能に近かった。残念なことに。
最終的に辿り着いたのは[呪いの譲渡]という方法。
代表で誰か一人に全員の呪いを受け止めてもらい、邪竜に変わったところですぐさま他の6人が止めを刺す。そんな非道な方法だった。
当然一人がみんなに殺されるわけだから、誰が犠牲になるか揉めに揉めて同士討ちにもなりかけた。しかし死ぬと譲渡対象にはならないということで命の奪い合いには発展せずにすんでいた。
まあ当たり前の反応だわな、誰だって死にたくないし自分たちを苦しめた邪竜になんかなりたくない。俺だって嫌だった。
でもなあ、代表が決まらないまま日数が経つにつれて、呪いが体を蝕み始めるとみんな正気を保てなくなっていった。
手足に鱗ができ始め、邪竜に変わってしまう恐怖と、周りからの責める声と、仲間から裏切られるかもしれない疑念に苛まれてまともな判断が下せなくなっていく仲間を見ているとなんとも痛ましくて……同じ境遇なのに見ていられなかった。
だから俺が手を挙げた。自分が全て受け止めると。
その代わり家族が困らないように援助とかいろいろ条件付けたけど、周りは一も二もなく頷いて、決意が揺らがないうちにとそっからはとんとん拍子で進んでやっと今日封じられたわけだ。
最初はすぐ殺される予定だったけど、呪いを譲渡したら禁呪の効果も一緒に譲渡されてしまって力が足りなくなってしまったから急遽封印に切り替えた。譲渡した時に俺が暴れだす懸念があったけど邪竜になりきってないからか人の意識が残っていたのでこれ幸いと急いで封印の準備を進められた。
俺としてはすぐ殺されなくて複雑だった、先延ばしは好きじゃない。でも封印ということでずっと寝てればいいんだなって楽な仕事に嬉しかったりする。
まだ残ってる俺の意識が抑制力になって寝続けられるならその間に屠ってほしいが、いつまで保たれているのかはわからない。けど、せめてあいつらが幸せな生涯を送りきるまではこのままであってほしいもんだ。
さて、そろそろ本格的に寝ようかね。
目覚めたらいったい何年経っているのかわからないけど、てか目覚めるのかもわからないけど、まあ起きちゃってもなんとかなるだろ。誰かが討伐してくれればいいのだ。
さらば、人間アルガの人生、そして仲間たち、そして親友グレイン。
今までありがとう―――――――――――。
あれからいったいどれくらい時間が流れたんだろう。
邪竜となって封印を施されてから、とても緩やかに感じる時間。
少し意識が浮上しても、寝ぼけた状態でまたうとうとと微睡んで眠るを繰り返しては心地よい眠りに浸っていた俺。
二度寝三度寝をしている気分でうとうとしている時に、唐突に俺の頭にバチンッと強い衝撃が走った。
『ギャッ!?』
思わず悲鳴が漏れる。
居眠りしてる背後からバットで殴られたみたいな衝撃だったため、その謎の一発に俺の中の眠気が全部吹き飛んだ。
『なな、なんだなんだ!? 何が起きた!?』
ガバッと起き上がってあたりをキョロキョロ見回す。
何故か松明で明るく照らされていたけど、周囲は最後に見た光景のまま、光の檻で囲まれて円環に玉もはまっていた。ちゃんとあの時のままだ。
べつに変わった点なんてないのに、さっきの衝撃は一体なんだったんだ?
『………もしかして寝相悪くて檻にぶつかったか? これ跳ね返すからあり得…る……な……?』
んん?
衝撃の原因を探っている最中、ふと気づいた。
あれ、俺、今動いてない?
俺、今喋ってるよな?
石化して、動けない、はず、で…。
え……嘘………だよな。………………え?
え?!
『えええ!!??!?』
驚きのあまり言葉が出てこないまま、身体のあちこちを確認した。
体は竜の姿のままだ、うん、なにも変わってない。
でも最後に施された石化が解けていた。手足どころか尻尾の先までぐるぐる動かせる。
ええ、なんで………?
いったいなにがどうなってるんだ、なんで封印解けちゃったの??
さっぱりわからん。
………………………………………………。
………………………………。
………うん。
起きちゃったよ、俺。
ドラゴン系の話しを書きたくなってポチポチと。
ゆっくりでも完結させます。読んでくださる方のんびりとお付き合い下さい。
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