表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

忘れないよ

 浜を目指して泳いでいる善行の足に、何かがピタピタと触れた。

「うわ! なんだ? 勘弁してくれ! あの子は、ひこうき雲になったんじゃないのか! そう言えば、海に行きたいって言ってたっけ」

 善行はクロールとなり、夢中で泳ぐ。

 少しでも急ぎたいからなのだが、密漁ばかりしていた善行は、正式な泳ぎは下手くそなのだ。

「のし」と呼ばれる横泳ぎと、立ち泳ぎと、素潜りばかりがやたらと上手い。

 だがこれはスピードが出ない。

 だから下手くそでもクロールで泳ぐ。

 しかし、不慣れなクロールは息切れがするばかりで、やたらと気ばかりが焦る。

 またしても足に、ピタピタと触ってくるではないか。


「うわあ! 本当に! 勘弁してくれ! 名前なんつったっけ? ああ、思い出せない。確か、柳がついてたな。猫柳。んなわきゃ、ないだろ! じゃ、鬼柳。あ! そうだ。鬼柳くん。あいつは、あの年のドザエモンだった。隣のクラスの奴だ。見舞いに来てくれた女の子に聞いて、知ったんだっけ。どっちにしても、嫌な事を思い出しちまった。ひえ! また触った。鬼柳くん、君か? それとも他のドザエモンか? 五年の時の中村君。こいつは同じクラスで、友達だった。中村君。な、助けてくれ! 二年の時は、……一年生の浅田民夫ちゃん。近所の子供だった。そして、一年生の時は、……これは上級生の誰かさん! 名前なんか、知るわきゃないだろ! あん時は、校長の長話で俺、貧血起こしてぶっ倒れたんだ。オモラシした子もいた。なんせ一年生だもんな。許してくれよ。後で名前、ちゃんと調べるから。な。許してくれ。……三年生の時は田中ヤスオだ。三組の奴だ。な。ちゃんと覚えてるだろ! な。な。六年の時は、やっぱり同じクラスの、大友次郎だ。おい、俺の同級生って頻度高いんじゃないか? ……夏休みの真っ最中にクラス全員で葬式に行ったろ。大友、お前、マンガ上手かったな。成仏しろよ。実際、鳴海の辺りは土葬だって聞いて驚いた。埋葬の時、土、一握り、放り込んでやったろ。ああ! また触った! 死に方によってちがうんだって? 本当かよ? 水死だから土葬だって、お前の姉ちゃんが言ってたぞ。……病死なら火葬だってか? 事故死は? 焼死は? うわ! だんだん深みにハマっていくじゃないか。ヤバイよー! 身体が、固まってきた感じ。格好つけてクロールなんかするからだ。助けてくれー! 聞こえる訳ないな。……みんな、みんな、頼むから成仏してくれよ!」

 子供のドザエモンの亡霊どもに、まとわりつかれてずぶずぶと沈んで行く。

 そんなイメージが、振り払ってても、振り払っても湧いてくる。



 善行は必死に泳ぎ続ける。

 もはやクロールの体を成してはいない。

 苦し紛れの犬かきだ。

「あ! 思い出した! あの子の名は窪柳だ! 窪柳慎二、つったんだ。慎二くん、頼むから成仏してくれ。うあ! 足つっちゃった! うわ! うわ! ……! げぼげぼげぼ。水飲んじまった! ふわあ。もう駄目かもしんない。……なんて呆気ない人生なんだ! こんなに温かい千葉の海で、アップ喰らっちまうなんて……」

 善行は、つった方の右足に、ますます、まとわりついてくるのを感じた。

「そうだよな。窪柳慎二くんも、みんなも、きっと淋しかったんだ。解るよ。解ったから、もう勘弁してくれよー」

 手だけで泳ぎ続ける善行は、もはや体力の限界を越えて、力尽きた。


「……沈む。……終わりだってか」

 ……と、なんと砂に、足がつくではないか。

「着いた。助かったあ!」

 何歩か進んで、波打ち際にひっくり返った。

 ──ザザー! ザザアー!

 と、寄せては返す波の音が心地よい。

 まるで、いきなり現れたみたいに、周りは、お兄ちゃんに、おねいちゃん、おばちゃんに、おじちゃん。とにかく人、人、人だらけである。まさに芋洗い海水浴場ではないか。

 太陽はギンギラギン。

 浜の方から、焼きトウモロコシの匂いが漂ってくる。

 ひっくり返ったまま、こむら返しの右足の親指を引っ張って揉んでいると、逆三角形のプロポーションも眩しい、ライフセーバーの兄さんが、駆け付けてきた。

「あんた、大丈夫かい?」

 と言った。

「いてて。つっちゃったよ」

 と答えると、

「マッサージ、……やってやろうか?」

 と、いかにも嫌そうな顔をして言った。

 相手が綺麗なおねいちゃんだったら、いちいち聞かずに、すぐさま始めている。

 そんな顔をしている。

「大丈夫。自分でやるから」

 と言ってやると、ホッとした顔をして去って行った。

 別のライフセーバーが拡声器で叫び始めた。

「本日はクラゲが大量発生してます! 刺された人は遠慮なく申し出て下さい」


 善行は笑えなかった。

 ドザエモンになった奴らは、皆、泳ぎの達者な河童だったのだ。

 河童が溺れたのだから、そりゃ、悔しかったに違いない。

 悔しい想いを抱いて死んだ河童は、クラゲになるのかもしれない。 と思った。

 そうだ。優しく温かい海水の中を、どこまでも漂って行くがいい。

 そして、病院で死んだ窪柳慎二くんは、やっぱり『ひこうき雲』になったのだろう。

 見上げるとひこうき雲は、まだ形を残していた。

 ギンギラギンの太陽が眩しい。

 サングラスを取りにいかなきゃ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ