反則技を使わずに仕事してほしい、切実に
平和になったと言えば、平和だ。
仕事は通常スピードで進み、ゾンビは人間に戻った。あれほどイケメンフィーバーしていた女性たちも憑き物が落ちたように平常を取り戻し、職場はかつてないほどの穏やかで……熱い空気に包まれている。
「課長、今日は勉強会がありますので早めに上がります」
「ちょっと待て。今日の仕事は終わっているのか?」
まだ午後4時だ。わが社の定時は午後5時半である。まだ1時間半も業務時間があるのだ。それに今日は締めの多い日でもあった。
「もちろん終わっています。ああ、今日は女性社員全員抜けますので、後のことはよろしくお願いします」
「は?」
高田がにっこりと笑う。援護射撃と言わんばかりにお局が参戦した。
「本日中に対応が必要な案件につきましては、すでに至急扱いで処理しております。差し戻しも不備もないと思います」
「至急扱い?」
わけがわからず、言葉を繰り返した。
「ええ。早川社員を支える会のメンバーは各部署におりますので、早く仕事が終わるように融通をきかせてもらいました」
顎が抜けそうなほど口が開いた。
早川社員を支える会、とはなんだ?
融通を利かせるって、どういうことだ?
「今日中に完了すればいい仕事はすべて後回しにしてもらいましたので、残りの1時間で頑張ってください。それでは失礼いたします」
「ちょっと待てー! どういう事だ!」
「それでは失礼しますね」
二人は特に答えることなく、さっさと帰っていく。茫然とした僕は彼女たちの立ち去った後をいつまでも見送っていた。
「小林課長」
羽田に呼ばれて顔をそちらへ向ける。視線だけで彼に問えば、羽田がディスプレイをこちらに向けた。
「これ、イントラネットの掲示板機能なのですが」
「掲示板……」
部の中で使用できる掲示板は飲み会の案内や移動のお知らせなどを知らせるために緩く運営されている。特に内容が社内規定に引っかからなければ、登録者が使える便利なツールだ。主に社員同士のコミュニケーションツールとして機能していた。
「どうやら早川信者たちは早川の恋を成就するために色々と策を練っているようです」
「はあ?」
「そして、明日には清水さんが出張先から帰国されます。数日後には出社するはずです」
それがどうした。今の状況とどう連動するんだ。
「つまりですね。彼女達早川社員を支える会のメンバーはこの支社においてはほぼ全部署に存在し、本日は清水さんを迎える前の重要な会合があります。そのためには早く仕事を終える必要があり、なおかつ後戻り作業がないようにしないといけないというわけです」
「え、それって」
彼女たち以外の急ぎの仕事が滞っているということではないのか。
「本当にまずいです、まずいです。システムの締めが午後5時までですので……それまでに決済を取らなくてはいけない書類も沢山あるはずです」
「……」
ダメだ。頭が働かない。
「ちなみにこの部で抱えている今日中に決裁が必要な書類は8件、そのうち彼女たちが処理していったのが3件です」
「残り5件は?」
「積んでいるだけですね。急いで部長にお願いした方がいいかもしれません」
反射的に立ち上がると、部長の机の方を見た。僕たちと同じ状態に陥ったのか、木村課長も慌てて部長の方へと向かっている。
「こうしてはおれん……!」
僕も急いで書類をかき集め、部長の方へと急いだ。
社内交流をするのもいいだろう。
フレックスで早く帰るために色々周りと連携して仕事を進めるのもいいだろう。
だけどな。
自分たちがよければいいという仕事の進め方は切実にやめてほしい。
個人プレーはいい仕事をしたとは言えないはずだ。
本当に頼むから。
周囲も考えて仕事をしてくれ。
Fin.
本編は完結です。
あと一話、早川視点で上げる予定です。