恋は水色、涙色
その日は突然来た。
明るく輝いていた高田が虚ろな目をして黙々と仕事をしていく。
「……どうしちゃったんですかね?」
そう小声で聞いてきたのは、高田の代わりに僕の下についた部下の羽田だ。要領は高田に比べてしまうと若干劣るが、それなりにできる部類に入る。彼はじっと燃え尽きた高田を見てから首を捻る。
少し前なら早川にべったりとくっついて営業先まで行っていたにも関わらず、今日は早川一人で外回りに出ている。残った高田は事務処理をしているようだ。
「早川はあまり変わらないようですね」
「雑談してもいいが手を止めるな。それを発注したらようやく終わりだ」
僕はせっせと完了させるだけとなった仕事をこなしながら、ちらりと高田を見る。確かにあれほど輝いていたのに、今は屍と化したゾンビとなっていた。ふらふらと自分のすべき仕事はこなすが、先日までのスピードはない。無理をしすぎてポンコツになったと言うべきか。
「そうは言っても気になります。しかも、早川信者がことごとくああなっていますから……原因は早川なんですよね、きっと」
うーんと分析を続ける羽田。
こいつの欠点はこういうところだ。一つが気になるとなかなか納得するまで前に進めない。課題を積みながらも前に進めてくれればいいのだが、いちいち立ち止まるから効率が落ちる。今も仕事よりも高田の観察の方が重要になっているようで時折仕事の手が止まる。
「今までやりすぎていたんだ。これぐらいがちょうどいいだろう」
あの殺人級の仕事ペースには戻ってほしくないので、積まれた仕事が処理できるまではあのままでいてほしいというのが本音だ。僕が淡々と仕事をしていると、羽田が大きく息を吐いた。
「それでは駄目じゃないですか? 今はいいですけど、あと二週間もすればストック、なくなりますよ?」
「……そうだけどな」
嫌なことを言う。
確かに恐ろしいほどの速さで仕事をこなしていたが、それはすでに終わってしまった仕事だ。空きができれば他の仕事が回ってくる。燃え尽きたままでいられると困るのは確実だ。
「ちょっと聞くだけじゃないですか」
羽田が強く推してくる。僕は苦虫を嚙み潰したような顔をして彼を見た。
「お前が知りたいだけじゃないのか?」
「そうです」
隠すことなくきっぱりと言い切る羽田に僕はため息を付いた。いずれは向き合わなくてはいけない。それはわかっている。だが、気分が乗らない。絶対に解決できるような問題ではないと思うのだ。
「ちょっと話を聞いて共感すれば、女子は口が軽くなるようですよ?」
「誰がそんなことを」
「遠藤部長が飲みの席で」
全く困った人だ。下手したらセクハラで訴えられてしまう。気分的にますます嫌になってきた。
「明日、事情を聴く。今日僕は自分の仕事をする」
「課長、それだから舐められちゃうんですよ」
「余計なお世話だ」
ふんと鼻を鳴らして、再び承認画面を確認していく。
現実逃避というなかれ。それなりに心の準備をしておかないと、こちらだって精神的被害が出る。ある程度何を言われるか予測しておくのがベターというものだ。特に20代の女性など予想斜め後ろから何かがやってくるに違いない。
「課長」
仕事に没頭していると、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呼ばれた。PC画面から顔を上げれば、そこには見るのも無残な高田がいる。
あれほど化粧にこだわっていたにもかかわらず、すっぴん? と思えるほどの薄い化粧に髪は後ろで適当に一本にまとめていた。来ている服だって、組み合わせが野暮ったい適当すぎるパンツスタイルだ。
最低限の社会人としてのマナーは守っているが、早川が来る前よりもひどくなっている。なるべく視界に入れないようにしていたが、こうしてまともに見てしまうと哀れさを感じた。
羽田が事情を聞いてください! と必死に視線で訴えかけている。仕方がなく僕は立ち上がった。
「高田、ちょっと会議室に来てくれ」
「会議室?」
会議室予約システムを起動させ、適当に開いている部屋を押える。こんなオープンスペースで話をされるよりも会議室の方が周囲にわからなくていいだろう、という配慮だ。皆、PCに向かって真面目に仕事をしているが耳はこちらに全力で向いている違いない。
「課長……」
高田が何かを感じたのか、うるるると瞳を潤ませた。
「え、あ? はい?」
「課長~~~!」
高田は突然号泣し始めた。おいおいと泣きながら脇机にある椅子に座り込む。そこに座られると困る。おたおたしながら、高田に移動するように告げた。
「あー、話は会議室で……」
「ちょっと聞いてくださいよう」
高田はこちらの配慮を全く気にすることなく、大声でぶちまけ始めた。