信長2
「して、次はどうするか。」
「出来ましたら、稲葉山城の際のお話をお聞きできれば。」
「うむ、よかろう。」
「有難うございます。」
休憩の時にどのような事を聞くか話をしていたが、二人ともそれは無かったように話を始める。
別段演技をしようという訳ではないが、それでも先程話したようには思えない自然な素振りだ。
「この稲葉山城の城取、引いては美濃の国取りへとなるわけですが。」
「うむ、その通りだ。尾張は肥沃な土地もあり、港もあって交易も盛んで銭には事欠かん。が、いかんせん天下を睨むには少々弱い。対して美濃は海の無い内陸の国にはなるが、京と東国に北国とを繋ぐ街道を持つ要衝。人の流れの大きなこの国を獲ることが大きい事は、赤子であれどもわかることよ。それに国自体も広い。幸いな事に三河は竹千代が抑えたからな。あやつであれば、儂を裏切る事もあるまいて。」
「竹千代と言われると、信長公と並び称される戦国三英傑の一人、徳川家康公ですね。」
「まあ、儂が死んでしまった後は、隠し持った牙を剥き出しにしておったようだが。戦国の世を生き抜いてきたあやつの心根を読みきれなかった者らとは違い、儂にはどのような本性なのかは分かっておったからな。それに、幼少の頃にいやというほど、上下関係について叩き込んでおいたからな。そうそう儂に逆らおうとは考えんかっただろうよ。」
そう言ってニヤッと笑う。
意地の悪さを見てとれそうにも思える。
が、これはどちらかと言うと体育会系のノリに近いのかもしれない。
もしくは、最近はあまり見られない、今では漫画の中でしか見ることが無さそうなヤンキー文化や暴走族の文化とでも言うのか。
そう考えると、昭和に流行ったヤンキーの源流はもしかしたらここにあったのかもしれない。
いや、ヤンキーといっている時点で日本語では無いから、それは無い。
しかし、二人の関係性を考えてみるとそう思えてしまいそうな笑顔を浮かべている。
「俗に言う織徳同盟という物ですね。それによって後顧の憂いが無かったと。」
「まあ、そうだな。とはいえ中々に大変な物であった。儂には大義名分といえるものは、義父殿から貰った国譲り状くらいの物だったからな。えらく時間が掛かってしまった。」
「おや?それだけあれば十分ではないのですか?」
「義龍は、斎藤ではなく一色を名乗っておったし、幕府より美濃の統治を任じられていたからな。となると、美濃を治めるというのであれば、奴の方が理由としては強い。」
「そうだったんですね!中々知られていない事ですよ、これは!」
「まあ、あまり知っても意味が無いのであろう?結果として儂が美濃を平らげてしまったのだから。結局、大義名分がなんであれ、事を成した者の方が強いわけだな。負ければ何も残らん。」
「うーん。恐ろしい話ではありますが、確かにそうかもしれません。」
「それに難攻不落の山城ではあったが、それを守る者の質が悪くては守りきれるものでもあるまい。」
そう言って、信長はお茶で喉を潤す。
やはり、お茶を口に含んだ際に何とも言えない顔をする。
が、それもすぐに消える。
自らの喋りに満足しているのか、とても滑らかに語り続けている。
「先ず、西美濃三人衆とか呼ばれていた連中がおってな。こ奴らは斎藤家の重臣であったわけだが、三人とも調略を受け入れた。」
「はて?三人ともですか?」
「そうだ。それもこれも義龍の跡を継いだ竜興という阿呆のせいだな。」
「竜興殿ですか。」
「そうだ。こやつは親父の残した威光に胡座をかいた、只のぼんくらだ。」
「中々辛辣ですね。」
「それはそうだろう。力のある譜代の重臣を遠ざけて、耳障りの良い事のみを告げる者らだけを周りに侍らしたのだ。あれらの旧来からの力ある者は上手く取り込まねばならん。それが嫌ならば、力を確実に奪いとってしまわねばならんだろう。それらの行為をすることもせず酒色に耽っていれば、家臣たちから見放されるのも仕方あるまい。止めに半兵衛の城の乗っ取りもあったな。」
どこか怒ったような様子だったのが一転。
快活な出来事があったようにしている。
自らが中々落とせなかった城があっさりと落とされたのは、悔しさを越えてむしろ痛快な事柄だったのだろう。
「だが、その後がいかん。半兵衛め、城を返しおった。そのまま儂にくれれば良いものを。もっとも、その出来事があったせいで義龍の残した物は全て吹き飛んだ。お陰で調略も上手くいったのだから、皮肉なものよの。」
「なるほど。半兵衛殿の起こした行為は間接的には役にたった訳ですね。」
「むしろ、そのような好機を逃すバカでは、天下を握ろうとはせんだろう?」
「確かにそうかもしれません。機を見るに敏をまさに体言なされたのですね。」
「ま、それなりに名の通った連中は皆そうだろうよ。でなければあの時代を生き抜くなど到底無理な話だ。」
「そして、その中でも飛び抜けていたのが、信長公であった訳ですね。」
「ハハハハハ。その通りだ。よく分かっているではないか。」
高らかに笑う信長。
その浮かべた笑いがどこまで本心なのかは分からない。
先程、家康の話が出たばかりのタイミングでのことなのだ。
それこそ機を見るに敏と言うのなら、家康がもっとも相応しいだろう。
いや、信長が凶刃に倒れたのを知るやいなやの大返しを行った秀吉の方が上か。
いずれにせよ、天下を手中に収めるべくして収めたというところなのだろう。
やはり、三英傑の名は伊達では無いだろう。
「さて、西美濃三人衆を調略し終えたとなるといよいよですか?」
「ふむ、城取だな。稲葉山城は堅固な要害とされているな。確かに手強い城ではあった。」
「その城をどのようにして落とすことが出来たのでしょう?」
「決まっている。城を落とすにはまず兵の数よ。そこに奇襲にも似た策を用いることが出来ればなお良い。更に守りを固められてもかなわんからな。火を使えばそれも楽になる。」
「うーん、分かるような分からないような。」
「で、あるか。」
「申し訳ありませんが信長公。私のような者にも分かりやすく教えていただけませんか?」
「何?」
少しイラッしたのか、眼光が鋭くなる信長。
少ない言葉で会話が成り立つならばそれでも良いが、いかんせん、信長のような天才とも呼べる人間ではないのなら、それも難しい。
一を聞いて十を知るなど、到底普通の人間には無理な話だ。
「やはり、歴史の中心に居られた方のお言葉でご説明頂きたいのです。その言葉はどのような金言にも勝ると思いますから。」
「ふん、貴様口が旨いな。まあ、仕方があるまい。まずは人よ。竜興は家臣に城を乗っ取られるような阿呆よ。家臣にはそれなりに有能な者もおったであろうが、その全ての者達が愛想をつかせていたらどうだ?このような者を担いでいても、今後自らの栄達を得ることが出来ると思うか?何せ阿呆の当主の周りには、阿呆に従順な者が固めておる状況でだ。」
「確かに自分の立身出世を達成していくのは困難かもしれませんね。」
「それであるのなら、空を昇る日輪の如き勢いのある織田についた方が得だろう?義理や人情なども大切かもしれんが、それ以上に利を得ることが出来るかどうかが重要になるわけだ。下手をすれば、翌日から食うものも食えぬようになるかもしれない訳だからな。」
「その辺りを上手く突いていったわけですか。」
「更にだ。敵を調略し、一気に稲葉山城まで取りついた。相手側からすれば、敵か味方か分からぬのであれば攻撃は出来ん。敵であったのならいいかもしれんが、味方であった場合、誤解によっての攻撃をすれば、家中の不和がより広がる。そんな戸惑いを見せている間に城下の井口を灰にしてやった。そのお陰で、稲葉山城は裸城になったわけだ。」
「城下町を焼き払ったんですか!」
「そうだ。有事の際は、城下町も防御の為の要害となる。兵を伏せるには格好の条件が揃っているわけだからな。それを防ぐ為にも、城下を焼き払うのは必須だった訳だ。最悪敗れて撤退となったとしても、街として機能しなくなるとすれば、相手の力を削ぐことにもなるからな。」
「どのような行動にも、目的あっての事なのですね。」
「でなければ意味が無い。無駄を排除していかなくては一代で天下を狙おうとは出来ぬ。」
言い切ったのか、「どうだ?」と言わんばかりの顔で司会者を見てくる信長。
わざわざ説明させられたのだ。
ましてや、説明を省き命だけを下すような事をしてきた人間なのだ。
それなりに理解してもらわなければ、納得はしないだろう。
どころか怒りを見せる事にも繋がりかねない。
信長に対して司会者が見せたのは、感動をしているともとれそうな表情だった。
「いやー、信長公からこれだけ詳しくお話を聞かせて頂けると、歴史というものにもより興味が出てきますね。司会者であるにも関わらず、何か先生より教えを乞うている生徒のような気持ちになりますね。」
「何?」
「これほど贅沢な先生は、日本を探しても中々得られるものでは無いです。分かりやすく説明してくださいますから。」
「ハハハハハ。そうだな、その通りよ。この儂にかかれば造作も無いことよ。それで、他には何が聞きたい?」
司会者の分かりやすいヨイショに、あっさりと乗っかる信長。
もともと上の立場の人間として生きてきたわりには、褒められるとあっさりと機嫌を良くした。
褒められなれてるはずなのに。
どころか、他にも聞きたいことが無いかと、聞いてくるくらいだ。
死後に誰もおだててくれなかったのか、それともただ単に褒められるのが好きなだけなのか。
何はともあれ、機嫌を良くした信長。
番組も後半戦に突入していく事になる。
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