信長 1
「さぁーって、始まりました!新番組となります。視聴者の皆々様、いかがお過ごしでしょうか?この番組は、かつて歴史を賑わせたあんな方やこんな方に、色々なお話を伺おうというものですね。」
見ためが少し派手めな男が声を張る。
新番組ということで、どうやら意気込んでいるようだ。
それも仕方がないかもしれない。
彼にとっては、初の冠番組となる。
この番組の成功如何によっては、今後の将来に関わってくる。
緊張感が伝わってくるようだ。
「今回初めてのゲストは、いやー、大物ですよ!いや、今ブッキングかけてる方々どの方も大物ばかりなんですが、やはりこの方を一番初めに招待したいと考えてましたから。」
そう言いながら、会場に見学に来ていたお客を見回す。
タメを作り、期待感を演出する。
この辺の間の取り方は中々上手く、伊達に一人で番組を任せられる訳では無さそうだ。
「あまり、お待たせするのもよろしく無いでしょうから、早速ご招待したいと思います。この番組初めての、本日のゲストはこの方です!」
ドラムロールが鳴り、会場が暗転し、ゲストが登場するであろうカーテンで仕切られた入り口が、スポットライトで照らされる。
しばらく音が鳴り響いた後、さっとカーテンが開く。
すると、どこからともなく天の声が流れてくる。
『かつて、戦国の世を揺るがしたにくい人。武勇伝は数知れず。肉親に対する愛情は、自身に受ける憎しみを越える!三英傑の一人に数えられる超がつくほどの大物。第六天魔王の登場です!』
そのナレーションが流れると、会場のボルテージは一気に上がる。
なかなかお目にかかることの出来ない人が、目の前に現れるのだ。
それも致し方がない。
ただの芸能人よりも、注目度は高いだろう。
入り口から、司会者の待つ舞台へと向かう第六天魔王。
「本日のゲストはその名も高き織田信長公です!有難うございます。まさか出演が叶うなんて思っていませんでした!」
「ふむ。少し考えたのだが、初めての試みと聞いたのでな。これも面白いかと思ってな。」
「そう言っていただけて良かったです。」
流石に珍しいもの好きな男。
初めてだからこそ、出演をしたのだろう。
気難しいのは、全く変わってはいなさそうだ。
番組のプロデューサーの選択が間違って無かった事がわかる。
おそらく彼は手を握りしめてガッツポーズをとっている事だろう。
「さあ、お座りください。」
「うむ。ここで良いのか?」
「ええ、お願いします。簡素な椅子で申し訳ありません。」
「いや、なに儂の使っていた物と比べれば簡素ではあるが、仕方があるまい。」
「そう言っていただけると助かります。やはり心の広い方で良かったです。」
「この程度で度量を示せるとは思わぬが。」
そう言いつつ、席へと座る信長。
何か言いたげではあるけれど、それをぐっと飲み込んだようだ。
それというのも、事前に説明をしてあったからに他ならない。
最もカメラ写りが良い、というその一言が特に効果があったようだ。
やはり、目立ちたがりな気質があるのだろう。
「そして、本日は客席に信長公の奥方様である濃姫様、ご子息の信忠様にもお越しいただいております。」
司会者がそう言葉を発すると、カメラがそちらを捉える。
そこには、朗らかに笑みを浮かべてカメラに手を振る美女と、キラキラとした視線を父親に送る男性がいた。
天真爛漫と言うべきか、それともただ自由というべきか。
それでもそんな彼女は、目を引くのは間違いない。
また、信長と同じく眉目秀麗とも言える信忠は、これまたカメラ写りが良く、世の女性達を虜にしそうな顔をしている。
「お濃、儂の雄姿とくと見ておけ!」
「はーい!」
信長からの言葉に、軽く手を振って応える濃姫。
なんとも夫婦仲は良いようだ。
また、実子ではないはずの信忠も共に並んで座っていることから、親子仲も悪くは無い様子。
美男美女の夫婦に息子も美男。
やはり、番組プロデューサーが初めての放送に信長を選択したのは、この辺りもあるのだろう。
「さて、信長公。様々なご質問にお答えいただけるというお話ですが、本当によろしいのですか?」
「構わん。」
「もしかしたら、失礼にあたるような事もあるかもしれませんが。」
「仕方あるまい。まあ、あまりに酷ければ後で斬れば良いだけだ。」
「おお、恐ろしい!信長公のジョークは切れ味が一枚も二枚も違いますね!」
鵜呑みにしたら危険と判断したのだろう。
信長の発言をジョークであると強調して、笑いに変えようと試みる司会者。
ある一定の効果があったのか、ただ身の危険を感じたスタッフが必死になって場を煽ったのか、現場は笑いに包まれる。
その事に笑顔を浮かべる信長。
してやったり顔ではあるが、この笑いを得たのは実力ではない。
「まず、信長公と言えば世にも名高い桶狭間の戦いがありましたね。」
「ふむ、そうだな。」
「学校の教科書に取り上げられたりしますし、漫画や映画の題材としても必ず使われる戦いですよね。あの劣勢と言われた戦を、ひっくり返した要因というのは何だったのでしょう?」
「確かに全体の兵の数だけ見れば劣勢となるか。」
「と言いますと?」
「率いてきた兵の数は多かったが、その全てが一所に居た訳ではない。別働隊を出すなりなんなりしていたのだから、本隊の数が言われているよりも少ないというのは理解できるか?確かに賭けの部分もあった。酒で酔って油断していたとかいうが、それは全て儂の策がはまっただけじゃしな。」
ニヤリと笑みをこぼす。
狂気を感じさせるその笑みは、やはり修羅場を潜り抜けてきた男だからこそ出せるものなのかもしれないと思わせる。
一方司会者は、本人の口から名高い戦の顛末を聞くことが出来るとあって興奮を隠せないといった様子を見せる。
「成る程。その策とは?」
「何、簡単な話だ。丸根や鷲津の砦には大して兵を置かなかった。そのせいもあってか、これらの砦も直ぐに堕ちた。正に破竹の勢いで今川の連中が進軍して来ていたな。気分が相当に良かったであろうよ。そこに戦勝の祝いだとか、適当な理由で酒やらなんやらが地元民から渡されれば、なおの事気分は良くなろう。そうして絶頂の浮かれ気分になっていた所を、足元から掬ってやっただけよ。」
「つまり、攻める為の機を自らお作りになられたと。」
「でなければ、戦などするものでは無かろう。さっさと降伏してしまった方が被害も少ないだろうしな。ま、儂は勝てると見たから戦を仕掛けたわけだが。それに、儂の方の兵が少なかったのは事実だが、だからと言って語られる程少なかった訳でもない。津島や熱田からの銭があったからな。兵が居らんなら、雇いいれてしまえば良い話な訳だ。短期決戦でしか勝ち目が無かった訳だが、逆に言えば用意すべき兵糧なども少なくて済む。実行すべきを実行しただけの話。ようはそれだけよ。」
「なんとも、分かったような分からなかったような。」
「本当に詳しい話となれば、儂よりも別な者に問うた方が良いだろうな。」
「いえいえ、貴重なお話を有難うございます。これは歴史を研究する方々にとっては大変貴重なお話ですから。」
「で、あるか。」
そう言って信長は、手元に用意されたお茶を飲み喉を潤す。
一瞬何とも言えない表情をしたが、何事も無かったようにお茶を元の場所に戻す。
桶狭間の戦いについて少し話を聞いただけではあったが、客席に座る信忠は、より一層目を輝かせていた。
もしかしたら、詳しい話を聞いた事が無かったのかもしれない。
自らの偉大な父の活躍を聞いて、憧れがより強くなったのだろう。
一方、横に座る濃姫は、自らの横に座る一般の見学者と仲良さげに話をしていた。
夫の雄姿をちゃんと聞いていたのかどうか。
少し疑わしくなってしまう。
いや、戦の後にでも詳しく聞いていたかもしれない。
自信家であり、また人に対して自慢をするのも嫌いでは無かったようだから、さんざん話を聞かせていたとなれば、今さら聞く必要も無いと判断したのかもしれない。
信長も気にしている様子は無いのだから。
「さて、貴重なお話を聞いたばかりではありますが、一旦CMです。」
ADに促されるまま、CMへと番組は突入する。
無論、生放送では無い為、わざわざ言う必要性は無い。
が、相手はテレビの放送とは無縁の生活をしてきていた信長なのだ。
少しとはいえ、休憩を挟むのは当然だろう。
「なんと!儂の武勇伝を語るのであれば、CMなど必要無いだろうが!」
「いえいえ、信長公。ここはお休みです。話す側が疲れては仕方が無いですし、あくまでも録画放送となりますから。あくまでも形式ですから。」
「形式だと!そのようなもの、壊してこそではないか!」
「そうは仰られても、決まり事ですから。それにここで敢えて退くことで、視聴者の関心を得られますから。」
「関心?」
「そうです。この後どのような話が出るのか。期待感を持たせる為の常套手段です。」
「ふむ。敢えて退くことで利を得ようということか。あい分かった。そういう事であれば致し方あるまい。」
「ご理解頂けて良かったです。」
「それで、この後はどうなるのだ?」
「桶狭間については聞きましたから、少し先の話になると思います。」
「稲葉山城の話か。」
「そうですね。なんと言っても、信長公が天下に打ってでる飛躍に繋がる出来事ですし、岐阜という地名がついた記念すべき出来事ですから。」
「ふむ。あまり実感は無いがな。あくまでも城取の話であろうに。」
「でも、有名な話ですから。あ、そろそろ休憩明けるみたいです。」
「是非もなしとはこの事だな。まぁ、良い。続きを始めるとしよう。」
そうして番組はCM明けの続きへと話は進むことになる。
信長がどのような話をするのか。
スタッフ一同、固唾を飲んで見守る事になりそうだ。
そうして、CM明けへとスタートする。
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