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99話 小さな鶴。

“鶴巻 麦”は決して、失敗作ではなかった。


運動も勉強も人脈も一般レベルであり、心優しい男であった。


地元の有名私立高校へ進学をし、友人からは称賛の声を浴びていた。


一見すれば鶴巻 麦は優秀な男である、と捉えることができるかも知れないが、それは一般のレベルである。


一般の物差しで計れば優秀なのだろう。


しかし、鶴巻の物差しは一般の物差しではなく特注のものなのだ。


その為、麦は鶴巻の中では優秀ではなかった。


麦が進学を決めた有名私立高校は兄の鶴巻 大也や姉の鶴巻 栞菜と比べればレベルは低い。


2人から言わせれば麦の進学先は滑り止め以下の学校なのだ。


麦がその高校へ進学を決めた時、父である鶴巻 賢次の落胆した顔が麦の胸を締め付けた。


幼い頃から多額の金を掛けて子ども達に英才教育を行って来た賢次にとっては麦の存在は汚点に等しいものだった。


麦が地元の有名私立高校へ進学して初めてのテストで学年8位という成績を取った。


普通ならば喜んでもおかしくない成績であるが、麦の瞳は光を失っていた。


そして、一言、呟くことしかできなかった。


「…ヤバい……」


鶴巻家では麦の進学する高校が話題になっていた。


それは鶴巻家始まって以来のレベルが低い高校へ進学するからだ。


そんな高校で麦は1番の成績を取ることができなかったのだ。


鶴巻家の父や兄、姉から軽蔑の眼差しを送られるのは目に見えて麦にはわかっていた。


加えて、鶴巻家の数十人の使用人に笑われることも目に見えていた。


たった、1枚の紙切れで麦は心を潰されるのだ。


たった、1枚の紙切れで麦は価値を決められるのだ。


何度、鶴巻家を逃げ出そうと思ったことか。


幼い頃から厳しい英才教育の中で麦は確かに、兄や姉ほど力を発揮できなかった。


それを“才能”がないの一言で済まされることに麦は歯を噛み締めていた。


鶴巻家の中で最も麦を煙たがっていたのは母親だった。


鶴巻の婦人である真也子(まやこ)は有名企業の御令嬢であり、その関係で賢次と出会った。


互いに愛を持って婚約に至った訳ではない。


互いの“富”に大きな価値を見いだすことができるからこその婚約なのだ。


しかし、そんな愛がない婚約であっても真也子は兄と姉には深い愛情を注いでいた。


兄や姉が良い成績を取れば力いっぱいに抱き締めて、髪がグシャグシャになるまで頭を撫でた。


そんな兄や姉を麦はいつも羨ましそうに見ていた。


物心ついた頃から麦は真也子から煙たがられていた。


とりわけ、暴力を振るわれていたという訳ではないがそれはネグレクトに近いものがあった。


それでも麦は母である真也子の気を引く為に努力をした。


自分も愛情いっぱいに抱き締められたい、頭を撫でられたいという一心で。


麦が小学生の頃、徒競走で1番を取った。


それは麦にとって初めての1番であり、麦の中でも確かな手応えを感じていた。


だから、麦は自慢気に、嬉しそうに真也子にそのことを口にした。


『お母さん。ボク、かけっこで1番になったよ!』


赤く染まる麦の頬は期待の証である。


幼い麦にそれ以上の報酬はなく、それ以上に自尊心を高められる方法なかった。


麦の報告を受けた真也子は麦を一瞥し、眉を曲げて困った顔をすると呟く様に言葉を吐いた。


『…だから?』


大きな石を目の前で投げられたかの様な驚き。


そして、その石は力いっぱいに投げられた為に激しい痛みを感じさせる。


それは容易に麦の胸に穴を開けた。


大きな何かが麦の胸の中で激しく渦を巻き、麦自身を容易に置き去りにした。


簡単に受け入れられるものではなかった。


期待の度合いが大きいほど、そのダメージは大きい。


麦の期待で赤く染まった頬はさらに、赤みを増した。


それは期待が作用しているのではなく、別の何かかが作用しているのだ。


瞳から流れようとしている“何か”を麦は必死で堪えた。


落としてしまえば、自分が壊れると思ったからだ。


それでも、麦の心は素直であり麦の瞳から大粒の涙を流させた。


決して、声を出してはいけない。


母親に悟られてはいけない。


母親に悟られてしまえばきっと、あの人はまた口を開くから。


もう、麦には母親の言葉に堪えられる自信がないのだ。


「そう言えば…お母さん……運動会へ来てなかった……」


冷たい風に髪を(なび)かせながら麦は幼い日のことを思い出していた。


麦の手に持たれた成績表はあの時のことを思い出させるのに十分な威力を持っている。


成績表を隠しても何もならないだろう。


いや、むしろ、その行為は鶴巻への反逆と見なされ今以上に居場所を失うかも知れない。


決して、逃げられない現状に麦は深いため息を溢すと自宅へと足を進めた。


足が重く感じられたのは恐らく、勘違いではない。


成績表を持っていなくともいつも、足が重く感じられるのだから…。

次回の更新は4月21日(日)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→??

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

剣持 境矢→聖人?

謎の女?→浄化。

鶴巻 大也→鶴巻グループの人間。

犬川→手紙の主。

水野 空→??

槍の男→麦の命を狙う者?

鶴巻 栞菜→鶴巻 大也の妹。

鶴巻 賢次→鶴巻グループの社長。

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