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88話 安心。

蛍は畳の匂いで目を覚ました。


古風で和の魅力を感じさせる様な匂いであり、これがこの国の文化なのだろう、と思わせられる。


蛍はゆっくりとその場で体を起こすと辺りを眺めた。


画面が黒いテレビに本棚、丸い時計。


それ以外に何もない、素朴な部屋である。


客間と言うにはあまりにも落ち着きすぎていて、逆に落ち着くことができない。


「ここは……?確か…私は……」


蛍は自身の記憶を探るように手のひらを額に当てたが、その瞬間に自身の腕に巻かれた包帯を目にした。


きっちりと患部に巻かれた包帯は治療者の高い技術と細かい性格が滲み出ているようである。


そして、それは蛍を安心に包み込んだ。


ここは安全な場所だろう、という気持ち。


蛍の安堵するような深いため息を合図に部屋の(ふすま)が開いた。


「良かった。起きられたのですね」


「えぇ……」


襖を開ける指は白く細く、美しい。


そんな指と同じように襖から顔を見せた女性はいかにも大人の女性の強かさを持ってるようで蛍は緊張を隠せなかった。


女子高生の自分に大きな差を見せられた様だった。


「私はここで……“パン屋ジャック”で働く松林 百と言います」


「私は水野 蛍です……」


「えぇ、知っていますよ。それより、傷を見せて下さい」


百は蛍に笑みを溢すと細い指を伸ばして、蛍の患部に触れて見せた。


百の指は温かく、その温かさは優しさに違いないだろう。


そして、同時に百から自分と似たようなものを蛍は感じていた。


決して、根拠はない。


だが、それは確かな感覚的な根拠である。


「うん?どうしました?」


包帯を巻き返す百をボーッと見つめる蛍の視線がくすぐったかのか、百は笑みを溢して蛍を見つめた。


「い、いえ。なにも。……あの、私とどこかで会ったことは?」


蛍が感じたこの感覚はどこかで百に会ったからだと思っていたが、それを否定するように百は首を横に振った。


「いえ、今日が初めてですよ」


初めてにしては馴れ馴れしいがその反面、初めての初々しい緊張感はある。


自分の胸に手を当てても蛍の記憶の中には百と会った覚えはない。


その為、百が首を横に振ったのは嘘ではないのだろう。


「やっぱり、傷の治りが早いですね。でも、いつもよりは遅いはずです」


蛍の少し焼けた肌には確かに傷がある。


傷は擦り傷であるが、確かにそこに刻まれていて体が治そうとかさぶたを作ろうとしている。


しかし、それは蛍にとっては遅すぎるのだ。


いつもならば、かさぶたという過程を無視して傷が治る。


だが、今日はかさぶたになっている。


「あの男だ……。あの男の槍でつけられた傷は治りが遅いんだ。…なんで……?」


疑問に思うのは当然だろう。


今までの自分の中の常識が崩れたのだから。


1人、頭を抱える蛍を見た百はそれを忘れさせるように蛍の手を強く握った。


「大丈夫。あなたにはあなたを守ってくれる人がいる。そして…私にも……。だから、あなたはそのままで大丈夫です」


話が全く読めない蛍であったが、百の温かい手と真剣な眼差しが自然と蛍の心の中に埋まっていく。


それは押し込められた様な重いものではなく、自然と溶けていく感じであり、心地が良い。


これは蛍と百が似ているからなのだろうか。


この世界には時々、距離のいらない人間が存在する。


距離は時間をかけて縮めていくものだが、それを必要としない者もいる。


そして、皆、そんな人を必死で探している。


「松林さん……」


蛍にとって距離のいらない人間が百なのかも知れない。


麦も確かに蛍にとっては距離のいらない人間なのかも知れないが、初めての出会いから距離がなかったのは百である。


蛍の瞳に貯まる涙は悲しいからそこに貯まるのではない。


嬉しさで貯まっているのだ。


「ありがとうございます……」


蛍の口から自然と感謝の言葉が生まれた。


何に対しての感謝なのかは蛍にもわからなかったが、それでも蛍の胸には溢れていた。


だからこそ、出てきた言葉が“ありがとう”であった。


「水野さん、立てますか?」


「え…はい……」


百は何かを察したのか蛍の手を握り、体を支えながら蛍を立たせると部屋から出るように促した。


部屋の外は何もなく、薄暗い廊下が続いている。


その中で優しい小麦粉の匂いが蛍を包み込んだ。


自然と食欲を刺激されるような匂いに蛍は心を安らげたが、廊下の先には蛍を安心させる者が待っていた。


「良かった、ホタルちゃん」


廊下の先にいたのは麦と犬川であった。


麦の頬には傷が目立っているが、元気そうでいつものように笑みを溢している。


「ムギさん!」


それは安心なのか喜びなのか、わからない。


それでもいつもクールな蛍を動かしたことには変わりない。


蛍は百をおいて足早になると麦の胸に飛び込んだ。


麦はいきなり胸に飛び込んできた蛍に驚きを隠せなかったが、優しく手を回した。


麦の中でも安心が生まれたから…。

次回の更新は3月24日(日)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→??

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

剣持 境矢→聖人?

謎の女?→浄化。

鶴巻 大也→鶴巻グループの人間。

犬川→手紙の主。

水野 空→??

槍の男→麦の命を狙う者?

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