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85話 大切な人。

蛍の手を握る麦の手に汗が滲んだ頃、部屋の扉が開いた。


「失礼します」


部屋の扉を開けたのは百であった。


百は麦が蛍の手を大事そうに握る姿を目にすると、目を細めた。


その表情は哀れむような視線ではなく、少し切なく温かい視線であった。


そんな百の視線に弾かれるように麦は蛍から手を離した。


「大切な人なのですね」


百は部屋に入って横になる蛍に真っ直ぐに向かうと膝をついて呟くように小さな声をあげた。


大切な人。


今まで麦は蛍をそのように認識したことがなく、その言葉に新鮮さを感じていたがよく考えればそうなのだろう。


いつもそばにいて、いつも笑顔を浮かべる蛍は麦にとって大切な人であることに違いない。


だが、そんなことを言えば重春や舞火、轟太、境矢も麦にとっては大切な人なのだ。


直視できないほどの眩しい光だが、それらはいつも麦の近くにあり、麦を支えている。


ようやく、麦は理解できたのかも知れない。


自分を生かすものがなにかを。


「えぇ、とても大切な人なんです……」


麦は少し時間をおいて笑みを浮かべるとそっと呟いた。


その呟きは一言であったが麦の想いが凝縮されているようで百の心に深く突き刺さった。


百の心に突き刺さった麦の想いは百に嫉妬さえ覚えさせた。


そこまで、人に大切にされる人はいないのだ。


人が人を大切にすることは言葉以上に難しく、複雑である。


皆、自分可愛さに人を見捨てるのが当たり前であり、それは生物としての性なのだろう。


しかし、その時に自分を犠牲にできるほどの想いがあったとしたらどうだろうか。


それは真の意味で生物の枠を越えた証なのかも知れない。


そんな壮大な想いを百は感じていたのだ。


「…羨ましいですね」


それは口からではなく、百の心から出た言葉だった。


心は時に独りでに歩き、進路を勝手に決めていく。


今の百がそうだ。


「羨ましい?そう言われると照れますね」


百は麦に背を向けて横になる蛍を見つめると笑みを浮かべて蛍の頬に触れて見せた。


特にその行動に意味はない。


なんの医療行為を持たない、不思議な行動である。


しかしながら、百は蛍の中にある“同じもの”を感じると同時に蛍の体を持ち上げた。


まさかの行動に麦は目を丸くした。


百の体つきは決して、分厚く頼もしい肉体をしていない。


どちらかと言えば小柄で華奢である。


そんな百が蛍を軽々しく持ち上げたのだ。


「え!?持ち上げた!?」


百は驚く麦を見てクスッと笑うとそのまま部屋から蛍を連れ出していった。


恐らく、蛍を別の部屋に移して治療や着替えをするのだろう、とすぐに理解できた為に麦は蛍を心配しなかった。


しかし、百の腕力には未だに驚きを隠せなかった。


「あの人…なんかホタルちゃんに似てるな」


恐怖という名の鳥肌を立てた麦は自身の腕を擦ってみせた。


実にそれは懐かしい感覚である。


修復屋でそうやって皆で笑いあった風景が麦の脳裏に浮かぶと麦は自然と笑みを溢した。


帰ろう。


これが終わったら帰ろう。


麦は心の中で何度もそう呟いた。


ホームシックにかかったかの様に突然、修復屋が恋しくなった麦は目を閉じて修復屋をまぶたの裏におさめた。


不意に麦を現実に戻すかのように麦のポケットの携帯電話が激しくバイブレーションを放った。


「電話か?」


麦はゆっくりとポケットに手を伸ばして自身の携帯電話に目を通したが、携帯電話の画面にはとある携帯番号が表示されている。


麦は空気を飲み込むように喉に通すと険しい顔をした。


その電話番号が誰のものか、わかっている。


だから、麦は携帯電話をポケットに閉まった。


その時、扉がノック音を響かせた。


「待たせてしまって、ごめんなさい」


お茶を手にして部屋へとやって来た犬川は麦に頭を下げると部屋の真ん中にあるちゃぶ台にお茶を置いた。


「いえ、ありがとうございます」


麦はちゃぶ台を挟んで犬川と向き合うとお茶を手にして茶をすすった。


無言の空気を茶が濁すようにそのすする音を響かせる。


きっと、犬川は話すことを頭で整理しているのだろう。


眉間に集まるシワがそれを物語っている。


そして、犬川は麦を見つめると口を開いた。


「さて……何から話せばいいのかな……」


麦に言っているよりもそれは犬川が犬川自身に言っているようであった。


その際に麦はなにも言わなかった。


ここで口を開けば犬川の整理を邪魔してしまう、と思ったからだ。


それに犬川に話す気を失せさせることはしたくなかった。


だからこそ、ジッと我慢して口を閉ざしていた。


時計の進む音が部屋に目立ち始めた頃、犬川はやっと口を開いた。


「まずは危険に巻き込んですみませんでした。……率直に言うと…あの病院にいた男は“聖者(せいじゃ)”なんです」


麦にはその意味がわからなかった。


だが、不思議と麦の脳裏には境矢が顔を出していた…。

次回の更新は3月17日(日)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

剣持 境矢→聖人?

謎の女?→浄化。

鶴巻 大也→鶴巻グループの人間。

犬川→手紙の主。

水野 空→??

槍の男→麦の命を狙う者?

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