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73話 黒い湖。

コツコツと前を歩く犬川の革靴が廊下に響く度に麦と蛍は落ち着かなかった。


特に蛍は麦よりも緊張に支配されており、胸に置いた手を下ろそうとしなかった。


3年という月日が蛍をどれほど変えて、父親をどれほど変えたのだろう。


たかが3年なのかも知れないが、その3年という月日は蛍にとっては大きなものだったのだろう。


初めて蛍が修復屋にやって来た時、父親のことを口にした蛍の目は真っ直ぐに輝いていた。


その光は心配や不安ではなく、尊敬に近いのかも知れない。


だからこそ、麦は改めて“水野 空”を救うことを強く決意した。


そして、その決意の中には“終わり”も込められている。


「ここです。ここに僕の友人がいます」


とある病室の前に立ち止まった犬川は後ろを歩く麦と蛍に病室を指差して見せた。


病室は扉が閉められており、中の様子を外から探ることができない。


なんとも、もどかしい距離が蛍の心を揺さぶると蛍は麦の1歩、前に出て口を開いた。


「入っても良いですか?」


その言葉は中にいる者に向けられたものなのか、それとも、犬川に向けられたものなのかはわからない。


だが、そんな蛍の問い掛けに答えるように犬川は笑みを浮かべて頷いて見せた。


許可を得た蛍はグッと息を飲み込むと扉に手を掛けた。


しかし、震えた手が蛍の動きを止めた。


この先にいるのはどんな父親なのか、この先にいるのは本当に父親なのか。


様々な不安や恐怖が蛍を震わせているのだ。


それは子としては当たり前の感情であり、親に愛されたいと願う子の性なのかも知れない。


「大丈夫。行こう」


蛍の震えを止めたのは麦だった。


扉に掛けられた蛍の手に重ねるように麦は扉に手を掛けると蛍に笑みを溢した。


とても安心感を覚える温もり。


それは相変わらず、麦の人格を表しているような温かさであるが今日はまるで儚い、と蛍は感じた。


「はい」


それでも麦の優しさに肩を押されるように蛍はゆっくりと目の前の扉を開けた。


ゆっくりと開けられた扉の先から放たれたのは眩しいほどの光であり、一瞬、蛍は視界を奪われたがその中でも確かに見えていた。


父親の姿が。


「お父さん……」


1人、病室のベッドで横になる顔の整った男は蛍の父親にしては若いように見える。


それでも、蛍の溢れたかの様なその声を聞けばベッドで静かに横になる男が蛍の父親だと理解できる。


「ここで寝てるのが“水野 空”だよ」


病室に入った犬川はベッドで眠る水野の横に立つと切ない表情を浮かべて麦に視線を向けた。


その瞬間、麦は大きな使命感に襲われた。


この人物を治さなければならない、と。


「あの……父に…一体、なにが……?」


蛍に視線を向けられた犬川は全てを悟った様にため息を溢すと麦と蛍に背を向けて視線を窓の外に逃がした。


「やっぱり、君は蛍ちゃんだったんだね……」


犬川は蛍と出会った時から様子はおかしかった。


なにか蛍に隠しているようで、なにか悪気を感じているようで犬川は蛍となかなか視線を合わせようとしない。


それは恐らく、水野のことが関係しているのだろう。


水野をベッドで眠らせる原因を作ったのは犬川が何かしら関係していることは明白だ。


「もぅ……3年も前になるかな。君のお父さんは……仕事中に負傷を負ってしまった。それも現代の医学では救えないほどの」


「えっ……じゃ、ここにいる父はもう……」


「いや、命はかろうじて繋いでいるよ。だが、意識が回復しない」


命が繋がれていることに安心をした蛍はソッと水野を見ると肩の力を抜いた。


しかし、麦にとってはここが重要であった。


水野が意識不明であることは理解できたが、その原因が大切なのだ。


それによっては治せない場合もあるからだ。


「原因は何なんですか?」


麦は水野の意識不明の原因を犬川に問い掛けたが、犬川は一瞬、黙り混んだ。


その合間はほんの一瞬であり時間にすれば1秒もないかも知れない。


それでも、麦と蛍が強い不安にかられたのは確かである。


背を向けた犬川はクルリと回って麦に強い視線をぶつけて、深く頭を下げた。


「強い精神破壊が原因なんだ……。お願いします、大切な友人なんです。助けて下さい」


静かな病室に響く犬川の声。


加えて、蛍の強い視線が麦に突き刺さる。


それはとても黒く、闇に満ちた湖である。


そんな湖に麦は昔から体をつけている。


そして、それは徐々に体の自由を奪い麦の全てを飲み込もうとしている。


わかっているのだ。


麦にはその湖に完全に支配された時、自身がどこに行くのかを。


だが、今の麦に首を横に振ることはできなかった。


「任せてください。できるだけのことはします!」


自身の拳で胸を叩いた麦は覚悟を決めて、ベッドで眠る水野の横に立つとソッと手をかざした。


麦自身にも治せるかは正直のところわからない。


それでも、どれだけ削っても治したい、という想いが麦を動かしている…。

次回の更新は2月3日(日)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

剣持 境矢→聖人?

謎の女?→浄化。

鶴巻 大也→鶴巻グループの人間。

犬川→手紙の主。

水野 空→??

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