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6話 見えない傷。

痣は治せますか。


蛍のその問いの答えはYESである。


麦の力ならば痣ぐらいならばすぐに治すことができるし、痕を微塵(みじん)も残すことなく綺麗な肌にすることができる。


だが、そういう問題ではないのだろう。


麦は痣があることの重大さと深刻さを自身の経験と蛍の真剣な目から理解している。


「痣?水野さんに痣があるの?」


麦は首を傾げて優しく蛍に問い掛けたが、その目は真っ直ぐに蛍に向けられていて麦の真剣さがうかがえる。


そんな麦に答える様に蛍は目に入れた力を緩めることなく、口を開いた。


「いいえ。私には痣がありません。むしろ、私は怪我の治りが早いほうです」


「なら、誰の痣を治して欲しいんじゃ?」


首を横に振った蛍を急かすように重春が口を開けた。


重春もまた麦と同じ様に突然、会話に出てきた『痣』に緊張感を覚えていた。


「私の友達です……」


今、麦と重春の目の前にいるのは水野 蛍という女子高生である。


あまり余るエネルギーを発散するのにどこかにぶつけて、痣を作ってしまったのかも知れない。


それは蛍の友達にも言えることである。


むしろ、痣を作るのならばそうやって作ってほしいと麦も重春も思っていた。


だが、麦の胸は妙にざわついていた。


嫌な気がして仕方がないのだ。


「なるほど。結論から言うと痣を治すことはできるよ」


「本当ですか!?じゃ、明日、ここへ連れてくるので…」


「いや、連れてこられても治せんよ」


一瞬、明るい顔をした蛍は思いもよらない麦の言葉に口を閉じられなくなった。


蛍の麦の印象は優男であった。


それは見た目だけではない。


転んだ男の子にすぐに駆け寄って、怪我を治した姿が蛍の中で印象深かったからだ。


その為、蛍は麦ならば治してくれる、と思っていた。


「治せない?でも、さっき、治せるって言いましたよね?」


「あぁ…。痣は治せるよ。完璧に」


「じゃ、なんで連れてきても治せないんですか?」


蛍は舞火の胸の近くにあった痣を脳裏に浮かび上がらせると感情が高鳴ってしまいつい、テーブルを手で強く叩いてしまった。


店内にテーブルを叩く大きな音が響いたが、麦も重春もそれに動じることはなかった。


むしろ、麦は難しい顔をしている。


「水野さん。君の友達はそれを望んでるんか?」


「えっ……」


「痣は君にあるんじゃなくて、君の友達にあるんだ。それに痣を治しただけで解決するとはオレには思えんのよ」


「それは一体…どういうことですか?」


蛍は麦に疑問を投げ掛けたが、その意味は麦に聞くまでもなかった。


蛍は舞火の痣を見つけた時にゾッとしたのは暴力を疑ったからだ。


舞火がよく携帯電話を気にするのも、忙しなく帰宅するのも舞火が幸せなのだ、と解釈したかった。


どうしても、舞火が誰かから暴力を受けているなんて蛍は思いたくなかった。


いや、それを受け入れられなかっただけなのかも知れない。


「それはオレに聞かなくてもわかってるんじゃないの?」


麦のその言葉に蛍はつい、手で胸を押さえた。


鋭く大きな矢が胸に射られた様だったからだ。


「……言いたいことはわかります。でも、私にはあの子が傷付く姿を見たくないんです」


そう、蛍は見たくないのだ。


友人の口から痣のことを聞かれ、暴力を疑われていると聞いた舞火はどう感じるだろうか。


きっと、痛いだろう。


それを隠す為に必死で涙を堪えて必死で嘘をつくだろう。


そこで頷いても首を横に振っても、結果的に舞火を傷付けることになるのは確実だろう。


そんなとどめを指す様なことは蛍にできない。


「あの子が傷付く姿…。オレには自分が傷付くのを怖がっている様に見えるよ」


蛍はまたも、言葉をなくした。


麦の言うことは確かだったからだ。


本当は舞火が傷付くよりも、暴力を疑って口に出した自分に嫌気がさして傷付くことを怖がっている。


だから、簡単に麦に痣の治療を頼めたのかも知れない。


「ごめんな、キツいことを言ってしまって。でも、お友達を救えるのはオレじゃなくて水野さんだってことは確かなことだと思うよ」


「花形さん……。明日、友達と話して見ます」


「うん、それがいいよ。それで何か見つけられたら、また、この店に来てね」


「はい、ありがとうございました。あと、必要以上に追い掛けて本当にすみませんでした」


麦の話に納得した蛍は腰を上げると深々と麦に頭を下げて、感謝の言葉と謝罪の言葉を口に出した。


そして、麦と重春に見送られて蛍は修復屋を後にした。


正直、麦にも重春にも、そして、蛍にも舞火の痣がどの様にしてできたものなのかはわからない。


ただ、単にドジを踏んで痣ができたのかも知れない。


それは痣を持っている舞火にしかわからないことである。


だから、蛍は明日、舞火にそれを聞かなければならない。


「舞火……」


蛍も舞火も無傷では済まないだろう。


けれど、その人の為に傷付くことが怖くなくなった時、そこには確かな友情や愛情があるのだろう。


蛍は暗くなった空を見上げて、大きく深呼吸をして自宅を目指した。


そうやって、蛍が自宅を目指して歩いている頃、舞火は自宅の扉に手を掛けていた…。

次回の更新は5月24日(木)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

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