58話 頼りない修復士。
マグカップは2つで1つの品物である。
だからこそ、それを使う者達は心を通わせてお互いの愛の確認をするのである。
それだけ、マグカップは2人にとって大切なものなのだ。
しかし、そのマグカップの1つは今、粉々になった。
そして、マグカップを粉々にしたのは他でもない蛍、舞火、轟太の3人である。
マグカップが床に落ちて粉々になった音はまるで、3人の危機感を音にしているようで甲高かった。
依頼者がマグカップを取りに来る。
修復屋を出ていく際に重春が口にしていた言葉を思い出した蛍は舞火と轟太よりも早く動き出した。
「早く、治さないと!ボンドとかありますか?」
焦りを隠すことができず、蛍は声をあけだ。
しかし、その焦りが舞火と轟太を刺激すると2人は蛍の声に合わせて慌てて動き出した。
「そ、そうだ!ボ、ボンドだ!」
轟太は大きな声をあげてボンドを探し出すと舞火もそれにつられてボンドを探しだした。
棚を開けて、テーブルの端を探して、3人は必死になって探したがボンドは見つからない。
それもそのはずなのだ。
この店にはボンドは必要ないのだ。
この修復屋は並の修復術を使っている訳ではなく、完璧な修復術を使っている。
その為、ボンドは必要ないのだ。
「もしかして……麦さんがいるからこの家にボンドはないんじゃ……」
棚を開けてボンドを探す舞火がふと、そう呟くとそれを聞いた蛍と轟太は生唾を飲んだ。
舞火の言っていることが最もだからである。
「そんなことねぇよ、重春のおやっさんもいるんだぜ。きっと、どこかにボンドが……」
なんとも轟太の自信のない声が響くと自然と3人は床に落ちて割れたマグカップに目をやった。
そして、次に3人が思ったのは修復する方法であった。
いくら、ボンドを探しても見つからない以上、マグカップを修復する方法を別に探さなければならない。
これはマグカップを取りに来る依頼者との時間の勝負なのだ。
「ボンドは諦めましょう」
蛍は焦る気持ちをグッと抑えて冷静に口を開くと床に落ちたマグカップを拾い上げた。
小さなマグカップの破片を拾う度に蛍はマグカップ修復の困難さを感じてゾッとした。
「なら、どうやって治すの?」
マグカップの破片を全てを拾い上げた蛍に舞火はマグカップの修復のことを尋ねた。
蛍は一瞬、困った顔をして割れたマグカップに目を移すとしばらく黙り込んだ。
その蛍の沈黙の間、舞火と轟太は呼吸をすることを忘れるほどの緊張を感じていた。
舞火と轟太にはマグカップをどうにかする方法を見つけられないからだ。
まさに、蛍にマグカップは丸投げされたと言っても良いだろう。
だがしかし、マグカップを丸投げされた蛍にもマグカップの修復方法を見つけられないでいた。
蛍は人よりも運動能力は高く、何でも器用にこなすが麦のような力はない。
時計の針が動く度に訪れる緊張と恐怖に3人は支配され、やがて覚悟を決めた。
覚悟を決めた3人の表情は実に辛気臭く、暗かった。
そんな表情を変える扉が開いた。
「え……」
店の扉が開くと3人は声を揃えて情けない声をあげて、首を締め付けられるような苦しさを感じた。
「あれ、花形さんはいらっしゃらないんですか?」
しかし、その苦しさは不発に終わった。
店にやって来たのは剣持 境矢であった。
あの依頼以降、境矢は顔を見せておらず、それぞれ境矢に言いたいことがあったが店にやって来たのが境矢であったことに安心した3人は深いため息を溢した。
「何をそんなに疲れてるんです?」
店にやって来た境矢は間抜けな声をあげて首を傾げた。
そんな境矢の顔を見た轟太は堪らず境矢に噛み付いた。
「だいたい、お前のせいで麦のアニキは体調を崩したんだぞ!あの後、何があったかしっかりと説明しやがれ!」
そう、境矢はあの時、蛍や轟太に何があったかしっかりと説明していなかった。
それは麦を心配させない為に言わなかった訳ではない。
境矢は自分を守る為に言わなかったのだ。
「それは謝りますが…。それは君じゃない、花形さんにだ。だから、突っ掛からないでくれるかな」
「なんだと……。てめぇ、よくもそんなセリフを言えたな!前からお前が気に食わないと思ってたんだよ」
次第に熱を帯びていく轟太と境矢。
距離は縮まりお互いの拳がいつ飛んでもおかしくはない距離である。
2人がもしも、ここで暴れればさらに被害は大きくなる。
もう1つのマグカップまで割れてしまえば本当のおしまい、と感じた蛍は轟太と境矢の間に入った。
「待って下さい。確かに私も剣持さんには沢山、聞きたいことがありますが……今は喧嘩してる場合じゃないんですよ。今はこの割れたマグカップをどうするか考えるべきです」
蛍の冷静な言葉に熱を冷ました轟太は強ばった表情を柔らかくさせて、境矢から距離をとった。
「……仕方ありません。…何があったかわかりませんが手を貸しますよ」
境矢は照れくさそうにそう言うと蛍と舞火は顔を合わせて笑みを溢した。
今、4人の修復士が揃った…。
次回の更新は12月24日(月)です!
【登場人物】
花形 麦→修復屋ウィートの修復士。
半 重春→修復屋のオーナー。
水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。
春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。
月並 零花→病気が完治。
嵐山 轟太→学校の問題児?
嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。
青野 温子→ゴミ屋敷の住人。
青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。
剣持 境矢→??
謎の女?→浄化。




