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55話 聖人。

麦と女の距離が縮まる中、それをチャンスとして受け取る者がいた。


その者は心に切れ味の良い剣を携えている。


そして、その剣を振るうことに躊躇いをその者は持たない。


「これはチャンスだ……」


麦と女を茂みから見つめる境矢はソッと呟いて麦と女の手が触れる瞬間を待った。


今、麦も女も警戒心を解いている。


それは麦が女を信頼し女が麦を信頼しているからこそ、油断が生まれているのだ。


世の中で賢い人間というのは計算高い人間である、と言われることが多いがそれは少し違う。


本当に賢い人間は見えないものを利用することができる者のことを言うのだ。


それは愛だったり友情だったりするものであり、それらは大概の場合、信頼と表現されることが多い。


そして、それらを刃物に変える時、多くの者が心を痛めてそれを躊躇い、刃物をしまう。


だが、境矢は違った。


「楽ニ…して欲シイ……」


「大丈夫だよ、おいで」


涙を流しながら麦に近づく女は麦に本気で救いを求めている。


そして、麦も手を伸ばして女を受け入れる姿勢を取った。


少しならば、麦の力で女を楽にすることができるのは確かだが、本音を言えば麦にも余裕がない。


頭は乱回転して、体は熱く重い。


それでも、麦は笑みを溢しながら手を伸ばし続けた。


そんな2人を見ても境矢の心に迷いがなかった。


奴を殺す、と女を見つめて静かに殺意を燃やしていた。


1歩、また1歩と近づくたびに麦と女の心の距離も近づいていくのは確かではあるが、それは同時に死のカウントダウンでもあった。


「1…2…3……4……」


女の歩幅を呟きながら数える境矢は茂みの中でポケットから小さな黒い箱を取り出した。


その小さな箱を摘まむその指に境矢は殺意を込めた。


それはとてもどす黒く、ドロドロとしていて吐き気をもよおすほどのものである。


しかしながら、麦と女は境矢の存在に気づかない。


それは2人が鈍感なのではない。


境矢が異常なのだ。


あまりにも慣れた暗殺術と感情のコントロール。


それが麦と女から境矢を隠しているのだ。


「アナタ…名前は……?」


泣き崩れながら、ボロボロになった女は麦に名前を尋ねた。


「うん、オレは花形 む……」


それは刹那と表現するに相応しいほど僅かな時間の隙間だった。


あまりのスピードに麦も女も何が起きたのか理解することができなかった。


宙に舞い上がる女の細い腕と辺りを赤く染める血を目にして数秒後に麦は状況を把握することができた。


「あぁぁぁぁぁぁ……!!」


片腕をもがれた女は大声をあげてその痛みを言葉に出した。


そして、それと同時に麦は自分と女の間に境矢が立っていることを確認した。


境矢の手には鎌のように大きく湾曲した短めの剣が握られている。


その“湾曲の剣”の内側には血が吸い付くように付着しており、それが女の腕をもいだことがわかる。


だが、麦はそんなことよりも一目散に女に手を伸ばした。


「治さないと!!」


その麦の行為はいとも簡単に阻止されてしまった。


境矢が麦の前に立ち塞がり、女のもとへと行かせまいとしたからである。


「キョウヤ、説明してもろうぞ」


麦のその一言は今の麦の心を全て表していた。


怒りも疑心も悲しみも、全て。


その一言に集約されており、それを悟った境矢は腕をもがれて苦しむ女から目を離すことなく口を開いた。


「あなたに治してもらったあの綱はこいつを封じ込める作用があるんです。壊れたことにより、こいつは外に出た。ここから先は言う必要はないですよね?」


まるで、いたずらに虫を踏みつけるように。


まるで、綺麗な花を踏みつけるように。


境矢の行為は残虐なものであるが、その行為を行った境矢自身は何も感じていない。


どれだけ相手が涙を流そうが、どれだけ相手が痛がろうが境矢の心が震えることはない。


それらを理解するには十分なほど今の境矢は冷静に麦には見えた。


「人間を食うからか?だから、この人を“悪”として殺すのか?」


この世界において、正義とはなんなのか。


この世界において、悪とはなんなのか。


いずれにしろ、この2つには形がなく、数字でも計れない。


だからこそ、心でしか理解することしかできないのだ。


正義があるから悪がある、悪があるから正義があるのではない。


そこに答えを丸投げしているだけであり、結局はその中身は空っぽなのだ。


残るの虚しい心だけ。


「そうです……」


それでも道を進む者はそれをわかっていても進まなければならない。


それを境矢は知っているし、だからこそ、躊躇うことをしない。


躊躇えば聖人(せいじん)にはなれないのだ。


「キョウヤ、それでもオレは……」


麦と境矢の想いも考え方は全く違う。


境矢のほうが麦よりも合理的判断を行っていることは確かではあるが、それでも麦は譲れなかった。


時と場合によって、合理的判断が正しい道に向かわないこともあるから…。

次回の更新は12月15日(土)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

剣持 境矢→??

謎の女?→人間なのか…?

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