5話 蛍の依頼。
重春には何が起こったのかわからなかった。
目の前には膝を曲げて呼吸を乱す麦。
そんな麦の横に涼しい顔をした女性が立っている。
蜜柑高校の制服を着ていることから、女子高生だということを重春はわかったが依然、状況は飲み込めない。
「それはどういうことじゃ?説明せんかい」
重春は呼吸を乱す麦に状況の説明を求めた。
「いや、それがオレにもわからんのよ」
「わからないじゃと?」
そう、蛍に追い掛けられた麦はなぜ、追い掛けられたのかわからない。
麦からすれば不思議な足の速い女子高生に追い回された、ということしかわからないのだ。
「じゃ、その女の子は誰なんじゃ?」
重春はそう呟くと蛍に視線を向けた。
麦も重春と同じ様に蛍へと視線を向けて生唾を飲んだ。
麦と重春に視線を向けられた蛍は重春と麦を見ると深々と頭を下げた。
「怖い思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした。私は蜜柑高校1年1組の水野 蛍と言います」
「ホタル?」
麦は蛍という名前に珍しさを感じて首を傾げた。
そんな麦を置いて重春は麦の代わりに話を進めていく。
「ワシはここのオーナーをやっておる、半 重春という者じゃ。そして、そこで疲れとるのがこの店の…修復屋の従業員のコムギじゃ」
「コムギ?」
蛍も麦と同じ様にコムギという名に新鮮さを感じ、首を傾げたが麦はそれをすぐに否定した。
「コムギじゃない!オレは花形 麦だよ」
「偉そうなことを言いおって。まだまだ、青いくせに」
重春から見れば麦は子どもの様なものに変わりはないのだろうが、麦はそれに納得していなかった。
その為に麦は重春を睨み付けた。
それに負けじと重春も麦を睨み付けて、お互いに額をつけて睨み合った。
「あの……花形さん。あなたにお聞きしたいことが……」
麦と重春の喧嘩を止めたのは蛍だった。
蛍の目は強く、輝きを放っていてその話の重要度が高いことが感じられる。
「…それじゃ、中で話でもしようか」
蛍の強い視線を受けた麦と重春は喧嘩を止めて、麦はため息をつくと蛍を修復屋の中へと案内した。
「ここが修復屋ですか」
店の中に入った蛍は口を開けて驚いた。
修復屋、というぐらいだから店の中は色々な工具が溢れていると蛍は思っていたがそんな物は一切ない。
綺麗に並べられたテーブルに片付けられたカウンター。
そこはまるでカフェの様な場所である。
「修復屋をする前はカフェだったんよ。さぁ、ここに座って」
麦は手を伸ばしてテーブル席に腰を下ろすように蛍を促した。
「さて、こやつに話があると言っとったな。その話とは何なんじゃ?」
テーブルに腰を下ろして始めに口を開いたのは重春であった。
重春の中では蛍が何を口にするのかはだいたい予想ができていた。
『麦の力』のことなのだろう。
走って追い掛けるほどまでに麦の力は万能、だということは重春が1番、知っている。
「はい。学校の帰り道で花形さんが男の子の怪我を治したところを目にしました。あれはどうやって治したんですか?見たところ、何か道具を使った様子もなかったですし…。それが気になって花形を追い掛けて来ました」
蛍の目は純粋な光に包まれていた。
麦の力を悪用しようと考えていないことを理解した重春は肘で隣に座る麦をつついた。
「ほれ、答えてやらんか」
「えっ、あっ…うん。わかった。えーと……どこから話せばいいんだろうなぁ」
麦は蛍の真剣な眼差しを緩ませようと頭を掻いておどけて見せたが、蛍の眼差しが緩むことはない。
それどころか蛍の目に力が入っている様だった。
「花形さん。あなたはいわゆる『異能力者』なんですか?」
「異能力者……?そんな考えはしたことはないなぁ」
確かに麦は今まで自分の力のことを深くは考えたことはなかった。
ただ、一生懸命に人を助けようとした結果で身に付いた力だったからだ。
だから、異能力という言い方には麦は慣れていない。
「うーん…異能力者っていうほどでもないような……。それよりも、オレも1つ聞いて良いかな?」
「はい?大丈夫ですよ。答えられることなら何でも聞いて下さい」
「水野さんはなんでオレの力を知りたいと思ったんだ?好奇心か何かかな?」
思わぬ麦の質問に蛍は目を丸くして一瞬、驚いて見せるとすぐに視線を落とした。
何か事情があるのだろう、麦は横に座る重春と目を合わせて深く頷いて蛍を見つめた。
「私の父は退治屋でした」
「退治屋じゃと?」
聞きなれない職業に重春はいち早く反応した。
「はい。悪霊だとか妖怪を退治することを仕事としているものです。ですが、その父は3年ほど前から行方不明になってるんです。だから、不思議な力を持った人に聞けば父のことが何かわかると思って………」
悔しそうに歯を食い縛る蛍には悪いが麦は退治屋、という職業を知ったのは今日が初めてである。
その為に、きっと蛍の父の名前を聞いてもわからないだろう。
「ごめんな。オレは退治屋なんて今日、初めて聞いたからきっと水野さんのお父さんのことはわからんよ。力になれなくてごめんな」
「いえ……。もう1つ、力を貸して頂きたいんです。……痣とかは治せますか?」
蛍のその言葉に麦は真剣な表情を作った…。
次回の更新は5月15日(火)です!
【登場人物】
花形 麦→修復屋ウィートの修復士。
半 重春→修復屋のオーナー。
水野 蛍→蜜柑高校1年1組の生徒。
春下 舞火→蛍の友達!蜜柑高校の生徒。