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45話:その力。

自分の息子とその家族は自分の孫娘に命を奪われた。


その現実を未だに受け入れられていないから温子は麦には優しい笑みを溢すのだろう。


しかし、それは表面的な部分であり温子の心の底には深い傷と共にその記憶が眠っている。


「なくした指輪はやっぱり必要ですか?」


麦は市の役員の男から聞いたことをそのまま温子にぶつけるのではなく、回りくどい言い方で温子に指輪の価値を聞いた。


「もちろん、必要ですよ。なんたって明日は私とあの人の結婚記念日なんだから」


認知症と言えど指輪の効力や明日が結婚記念日だということはしっかりと覚えている温子に麦は胸が痛くなった。


このまま、あのゴミ屋敷から指輪を見つけても温子は幸せにはならないだろう。


もちろん、幸せは他者が決めることではない。


それは温子自身が決めることなのだ。


「そうですよね、明日は大切な日だから必要ですよね」


しかし、温子がどっちに転んでも麦には幸せになれるとは思えなかった。


指輪を見つけて明日を迎えても何も得られないだろう。


そして、その記憶を胸に奥にしまってまた指輪をなくして探す日々が始まる。


全てを失った温子を騙した宗教団体はある意味、温子を救っている。


“幸せの指輪”の他にきっと、色々な高価なものを買わされたに違いないだろう。


それは一見、詐欺や悪党と言われる行為なのかも知れない。


だが、それで救われている人もいるのも事実なのだ。


「温子さん……」


「はい」


温子の名前を呼んだ麦の声は透き通っていた。


しかし、それは麦のテンションが高くなっているとか調子が良いということではない。


麦の中で決意が決まっているからこそ、声が透き通って温子に届いたのだ。


麦に名前を呼ばれた温子も笑みを絶やすことなく麦に視線を向ける。


きっと、明日のことを考えているのだろう。


だが、明日の先には未来などない。


あるのは誤魔化すだけの日々である。


「オレはそんなに長く生きていないからまだまだこれから辛いことや楽しいことを体験すると思う。きっと、その中で大切なのは受け止め方だと思うんよ」


「はい…受け止め方?」


「はい。この世界にはどうにもならないことが沢山あって傷つくことばっかりだよ。でも、生きていかなくちゃいけないんよな」


麦の言っていることは事実であり、それは世界の不条理と言える部分なのかも知れない。


どんなに頑張っても報われない努力もあるし、どれだけ愛しても届かない愛だって確かにこの世界には存在する。


その時、人は大きな傷を負う。


その大きな傷を癒すことができるのは時間ではなく、人だけなのだ。


人の傷は人でしか癒せないが誰もその傷の癒す方法を知らない。


「そうですね、修復屋さんが言った通りですよ」


温子のその返答はまるで自分には関係がないようなものであった。


そんな温子に麦は優しく笑みを溢して温子の手を取った。


「どんなに苦しんでも、どんなに傷ついてもオレはあなたに生きていてほしい」


麦はそう言うとその力を発揮した。


麦の手から放たれる黄金の光に温子は包まれていく。


麦の仕事に失敗はない。


自分を削る代わりに麦は数々の依頼を確実に成功へと導いてはいるが、それが全て正しいかどうかはわからない。


治すことは時に人を苦しめて人を壊す。


「あ…あ……あぁ……あぁぁぁぁ!!」


黄金の光が消えた時、温子はその場で取り乱し始めた。


認知症は改善されて全てを思い出したのだ。


その温子の声でゴミ屋敷にいた蛍、舞火、轟太は慌ててゴミ屋敷から温子のもとへ駆け付けた。


「どうしたんですか……?」


舞火がそう麦に問い掛けたが麦はその場で膝をつき呼吸を乱して答えようとしない。


そんな中、蛍と共に温子の所へ駆け付けた槙子は視線を落としていた。


「槙子ちゃん…」


蛍はそう槙子に言って頷いた。


『お姉ちゃん……』


ここで何があったかはわからない。


それでも麦が温子を“解放”したことが蛍には理解できていた。


だが、温子の様子を見る限り温子を楽にさせてあげるには槙子の力が必要不可欠だということが理解できた。


「君の力が必要なんだよ」


蛍は槙子を温子の所へ行くように促すと槙子は涙を滲ませて涙を流す温子を抱き締めた。


『おばあちゃん……おばあちゃん……』


祖母を支える孫の立派な姿を目にできているのは蛍だけであったが、不思議なことに温子の表情が柔らかくなり精神が落ち着いたかの様に見えた。


それは霊感だとかそういうものを越えた次元にあるものなのだろう。


「ムギさん、大丈夫ですか?」


膝をつく麦に近づいた蛍はそっと麦に手を伸ばした。


「はぁ…はぁ……ありがとう」


蛍の手を取って立ち上がった麦の表情はどこか固く、後悔しているようであった。


現実を受け止められず憂鬱な日々を繰り返すのが良いのか。


現実を受け止めて傷つくのが良いのか。


麦にはその答えがわからなかった。


だからこそ、麦の力は万能ではないのだ。


どんな傷も病気も完璧に治せるからこそ、万能ではないのだ…。

次回の更新は11月6日(火)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

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