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31話 兄妹の絆。

あれからどれぐらいの時間が経ったのか。


今、どこを歩いているのか。


頭や身体中から激痛を感じつつ、背中にのせる雪子の乱れる呼吸に耳をすませて轟太は住宅地を進み続ける。


今にも崩れ落ちそうな膝は雪子に不安を感じさせるものがあるだろう。


「お兄ちゃん……もぅ…いいから。大丈夫…だから」


安定しない呼吸で雪子はボロボロになった轟太に声を掛けたが、轟太はそんな雪子の声に反応を見せなかった。


聞こえていない訳ではない。


しっかりと雪子の声は轟太に届いているが、その上で轟太は無視しているのだ。


「黙ってろ。すぐに病院へ連れていってやるから」


雪子はいつもそうなのだ。


自分がどんなに辛くても他者を優先する。


そんな優しく、(もろ)い人間なのだ。


そして、轟太は密かに雪子の深い傷を知っている。


ある日、たまたま轟太は雪子の教科書を手に取ったことがあった。


つい、轟太はその教科書を好奇心で開いたが、その時、轟太はすぐに自分の行為に後悔を覚えた。


『死ね。学校へ来るな。キモい』


赤く、太い字で教科書に書かれていた言葉。


轟太がその時、激しい怒りを覚えたのは言うまでもないが、それと同時に怖くなった。


もしも、学校にいじめを訴えた場合、そのいじめはさらに過激になるのではないか。


そもそも、学校側はいじめを認めるのだろうか。


前者にしても後者にしても雪子にとって、不利益にしかならない。


だから、轟太はそれを胸の奥にしまった。


そう、雪子の為に。


「雪子、大丈夫だからな」


轟太のその大丈夫、には色々な意味が込められているのだろう。


熱で苦しむ雪子に対して病院へ行くから大丈夫、という意味もあり、きっと、無意識のうちにいじめのことも指しているのだろう。


「お兄ちゃん……ありがとう…」


今にも意識が消えそうな弱い声で雪子は轟太に感謝の言葉を口にするとソッと意識を失った。


もう、限界が来ている。


それを感じた轟太は背中に抱える雪子の重さを噛み締めながら、住宅地を足早に進んでいく。


そうやって、病院へ急ぐ轟太の耳には騒がしい声が響いていた。


それは嵐山家ではあり得ない、家族団らんの声だった。


今、いる場所が住宅地であることもあり、辺りは騒がしく温かい。


それはまるで、轟太に止めを指すかのようなものである。


全身に傷を負って弱っているからだろうか。


轟太の脳裏には両親の顔が浮かんでいた。


だが、そこに良い思い出なんてものはない。


「チッ……。どの思い出もろくなもんじゃねぇな」


舌打ちをした轟太はその場で足を止めて、胸の奥から溢れてくる感情に歯を食い縛った。


本当は寂しかった。


ずっと、寂しかったのだ。


両親から確かな“愛”を感じたことはない。


それは両親の言葉や行動を手掛かりに愛を探していたからこそ、そう感じているのだ。


この世界には言葉や行動からは見えない愛も確かに存在するが、それではわかないのだ。


それだけでは“確かな愛”を人は感じられないのだ。


まさに、今の轟太がそうであるように寂しさを覚えるのだ。


轟太は高校生である。


周りからしてみれば寂しいなんて子供だ、と言われる年頃なのかも知れない。


しかし、子供でも大人でもその気持ちは否定してはいけないのだ。


否定することで寂しさは深くなっていくから。


「く…俺は……何を今更、こんなことを思ってるんだ。何を今更、俺は寂しさを感じているのだ」


轟太は必死に寂しさを否定した。


受け入れてしまえば壊れてしまう。


そう、思っていた轟太は必死であったがもう、轟太には余裕がなかった。


「ちくしょう…涙が止まらねぇじゃねぇかよ」


轟太は膝をおって、その場で手と膝をついた。


溢れ出す涙が地面を濡らしていく。


1粒、また1粒と涙が地面を濡らしていく度に轟太は背中で眠る雪子の重さを感じた。


こんなにも軽い体にどれだけの傷を負っているのか。


それは雪子1人では抱えきれないほどの深く、重い傷であることは間違いだろう。


限界を越えて、雪子はずっと苦しんでいたのだろう。


「すまねぇ……。雪子、俺は…俺は……本当に最低な兄貴だよな。お前に迷惑ばっかりかけて…。知ってたんだ。お前がいじめをうけていることを。それなのに…俺は……」


「お兄ちゃん……」


「せっ、雪子!?」


グシャグシャな顔をする轟太の声に雪子は答えた。


雪子の声を細く、顔は赤くやつれている。


それでもなお、雪子は轟太のことを想っている。


轟太が罪の意識に飲み込まれることを雪子は必死で阻止しようと声をあげたのだ。


当然、そんな雪子の気持ちに轟太は気づいている。


「お兄ちゃん…私は大丈夫だよ」


轟太の背中から下りた雪子は轟太に笑みを浮かべてそう言った。


フラフラなその様子に轟太は思わず雪子を抱き締めた。


優しくて脆い。


あまりにも雪子が儚い人間に轟太は感じてしかたなかった。


だからこそ、強く雪子を抱き締めて涙を流した。


誰も助けてはくれない、と諦めた時、人は本来の力を発揮することはできない。


安心こそ、人が本来の力を発揮するための条件の1つなのだ。


「そこで何をしてるんだ?」


その声は轟太に安心を与えた…。

次回の更新は9月3日(月)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

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