表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/130

26話 天秤。

河原で釣りをする麦の姿は決して、大人の風格を感じさせない。


のんびりとした青年やだらしない青年、という言葉が似合うようなその姿に轟太は新鮮感を覚えていた。


「隣に座ってもいいか?」


轟太は頭で考えて言葉を選んだ訳ではない。


自然とその言葉を口が発したのだ。


それはまるで、心が言葉を選んだかのように。


それはまるで、麦に心が惹き付けられたかのように。


許可を求める轟太を麦は一瞥すると隣の茂みを優しく2回ほど叩いて口を開いた。


「おぅ、もちろん。座んな」


「じゃ、失礼するぜ」


麦から許可を得た轟太は大きな体の腰を折って、麦の隣に座った。


温かく吹き付ける風が河原にいる麦と轟太を吹き付けるが、轟太はその風を感じると嫌なことを思い出した。


そう、先ほどの出来事である。


何をやっても皆は自分を拒絶し軽蔑する。


それは周りの生徒はもちろん、教師も例外ではない。


いや、むしろ、大人のほうが軽蔑する姿勢を露骨に見せる。


子供も大人も異物を排除しようとする。


それは怖いからだ。


異物を受け入れてしまうと今までの自分の中の“常識”が覆されそうで怖いのだ。


だから、皆、口を揃えて排除する。


それは区別でも差別でもなく、一方的な軽蔑。


轟太はずっと、そんな重い空気を吸って生きてきた。


「あんたは…悩み事とかないのか?」


それは轟太の叫びだった。


麦の柔らかく、温かい雰囲気が轟太の心の扉を叩いているのだ。


「悩み事かぁ……。あるにはあるなぁ~」


「あんた見たいな人にも悩み事ってあるのか!?」


「失礼な言い方だな」


河原で意味もなく釣りを楽しみに麦を見る限り、轟太は麦から悩みを感じられなかった。


だからこそ、麦に悩みがあることに目を丸くした。


しかし、麦の嫌な顔を見た轟太は慌てて麦に頭を下げた。


「すまん。呑気に河原で釣りをしているあんたを見ていたら、悩んでいるようには見えなくてな」


「まぁ~よく言われるな」


麦は手で頭を掻いて轟太に笑みを溢した。


こんなにも眩しい笑顔を作る麦は何を悩んでいるのか。


単純に轟太はそれが気になった。


麦の笑顔からは麦の人間性が伺える。


きっと、ここに来るまでに色々なことを経験したのだろう。


沢山、傷付いてきたのだろう。


それでも、生きて、生きて、ここにいるのだろう。


「聞かせてくれないか。あんたの悩みを俺に……」


轟太は確かに麦への好奇心で麦の悩みを聞いた。


だが、本当は自分が救われたいだけなのかも知れない。


ありもしない常識に囚われて、苦しむ自分を。


麦に救ってほしいのだ。


「オレの悩みを?そうだな……」


麦は釣竿を持って、目を細めると河原を見つめた。


その瞬間、空気が重くなったように轟太は感じた。


さっきまで、ゆったりと流れる川が、さっきまで、ゆったりと吹き付ける風が、重みを帯びたように感じた。


そして、轟太は理解した。


麦は強い、のだと。


口に出さなくても麦の表情や仕草、雰囲気で麦の抱えている悩みが大きいことがわかる。


それはきっと、自分では背負いきれない。


「すまん、やっばり、今のは忘れてくれ」


「え?そうか」


「あぁ、俺が軽率だった。あんたの悩みを聞こうなんて調子にのっていたぜ」


「ま、君がいいって言うなら言わないけど……君の悩みは何なんだ?」


麦のその言葉に轟太は心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥った。


だが、それはおかしな話である。


轟太は麦に悩みを聞くことで救いを求めていたのだから。


その為、麦から悩みを聞かれるのは自然な流れだろう。


しかし、わかっていても予想していても轟太は口を開けることができなかった。


学校で居場所がない。


そんな自分の悩みを麦に言うのがあまりにも恥ずかしく感じたからである。


きっと、そんな悩み以上のものを麦は抱えている。


そう思うと轟太は麦の目を見ることができなかった。


「俺に……悩みはない」


「悩みがない!?そっか。ないのか」


それはあまりにもあっさりとしていた返事だった。


轟太は心のどこかで心の扉をぶち破ってくれる誰かを探していた。


そして、それを勝手に麦に期待していた。


見る限り麦はそんな大胆な行動をとる様な人間には見えない。


しかしながら、だからこそ麦に期待してしまっていたのだ。


ぶち破るのではなく、優しく扉を開けてくれるかも知れないと。


「あぁ……ねぇよ。なにも」


轟太は喉から重い声を発するとその場から立ち上がった。


立ち上がった轟太の表情は固く、納得できないような顔をしていたが、轟太は麦に別れの言葉を口にした。


「悪かったな、邪魔して。俺は行くぜ」


「あれ?もぅ、行くのか?」


「あぁ、妹が家で待ってるからな」


「そうか、良い兄貴だな」


麦はそう言うと轟太に笑みを溢した。


その笑みを目にした轟太は少し、満足そうな顔をすると麦に背を向けて歩き出した。


そんな轟太に麦は呟くように口を開いた。


「悩みは比べるものじゃない。君が本気で何かに悩んでいるのなら、それはとっても大事なことなんだよ」


轟太は足を止めて、振り返り麦の背中を見つめた。


その背中は轟太にとってあまりにも大きかった…。

次回の更新は8月12日(日)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ