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17話 食えない女。

この現状を打破する方法はないかも知れない。


蛍と舞火と重春の3人の鋭い視線に突き刺された麦は鳥肌を立てて苦笑いをすることしかできなかった。


「それはどういうことじゃ」


「えーと…実はこの人には家がなくてさ。それで、今日、1日だけ泊めてあげることになってさ」


重春を見つめる麦の瞳は激しく揺れて、額からは汗が滲んでいる。


麦は何も悪いことはしていない。


何の嘘もついていない。


むしろ、最初から真実を口にしているが言葉には気をつけなければならない。


それは、1人の女性を家に泊める、という行為を淫らな行為にしない為である。


そして、何より、蛍の拳から身を守る為である。


「それは……なぜですか?」


「なぜ!?って?」


大きくテーブルを叩いた舞火は鬼の形相(ぎょうそう)で麦を睨み付けた。


怒りと悲しみから発せられた舞火の疑問に麦は焦りを隠せなかったが、瞬時に身の危険を感じた。


舞火の隣に座る蛍があまりにも静かなのだ。


それは無心だとか無情、という言葉が似合うだろう。


「恋人じゃないですよね?だいたい、その人のことをどれぐらい知っているんですか?」


その舞火の言葉に麦は口を閉ざすことしかできなかった。


わからないのだ。


麦は今、横で目を丸くして座る女性が何者か知らないのだ。


家がない。


それは知っているが、それ以外のことは全く知らないのだ。


そう、麦は名前も知らない。


「いや…なにも……」


少し間をおいた麦は口を開いたが、その答えは蛍と舞火と重春の顔を青くさせた。


それと同時に花形 麦という人物のガードの浅さに驚きを隠せなかった。


普通は警戒するものである。


どんな事情を口にしてもまずは相手を疑って、相手の真の姿を見極めようとする。


だが、麦はそれをする努力どころか相手を簡単に受け入れてしまった。


器が大きいのか。


それともただただ、騙されやすいのか。


「それで、あなたは何者なんですか?」


店内の空気が悪くなった頃、その空気に穴を空けるように蛍が麦の隣に座る女性に視線を向けた。


女性に視線を向けた蛍は見る限り怒りが消えているように思われるが、その心にはしっかりと怒りの炎が燃えているのだろう。


麦は蛍に視線を向けられていないのにも関わらず、ビクビクと肩を震わせた。


「私ですか?私は月並(つきなみ) 零花(れいか)と言います」


蛍に鋭い視線を向けられながらも零花は胸を張って、堂々と蛍に名前を名乗った。


恐らく、零花はこの状況を理解していないのだろう。


だからこそ、場を凍りつかせることばかり口にするのだ。


「ワシはこの店のオーナーをやっております、半 重春と申します。ところで、零花さん。なぜ、あんたには家がないんじゃ?」


それは麦もずっと、感じていたことである。


しかし、零花の寂しそうな顔を見た麦はそれを口にすることができなかった。


零花を傷付けてしまったらどうしよう、という感情が麦にはあったからである。


「それは……」


さっきまで、胸を張って堂々としていた零花は重春の言葉を耳にして視線を落とすと言葉を濁した。


何か深い事情があるのは確かなのだろう。


だが、それ以上、踏み込めないこの空気。


そんな緊迫した空気の中で蛍が口を開けた。


「もしかして、家出ですか?」


そう言った蛍の頭には『家出女の噂』が思い浮かんでいた。


訳があって家がない、それだけで零花を家出女と断定することはできないし、家出をする女性なんて世界に目を向ければ沢山いるだろう。


そう考えれば零花が『家出女』という可能は極めて低いかも知れない。


いや、むしろ、蛍は零花が家出女ではないことを心から願っていた。


それは麦の身を案じて、ということもあるがそれ以上に自分の心の行き場がないからだ。


「なぜ、そんなことを聞くんですか?」


疑問に対して疑問で零花は答えた。


それはどういう意味なのだろうか。


蛍の問に対しての拒絶なのか。


それとも、蛍の問に対しての逃げなのか。


それはいずれにしても、蛍にはわからなかった。


ただ、1つだけ言えるのは食えない女、だと蛍が零花に対して思ったということである。


そんな時、舞火がテーブルを叩いた。


「気になりますよ!あたしは麦さんにお母さんを助けてもらいました。それはあたしにとってはとっても大きいことで……言うなら、麦さんはあたしの命の恩人なんです。そんな恩人を危険な目にさらしたくないですから!」


舞火のその言葉から、その態度から、その瞳から麦に対する感謝の気持ちが十分、伝わってくる。


舞火は本気で麦に感謝し慕っているのだ。


しかし、そんな舞火の熱い想いを綺麗に避けるように零花は冷静な態度でゆっくりと口を開いた。


「個人的な事情で言えないことはありますが……私は花形さんにとって害にはならないですよ。それは花形さんの優しさを知ったあなたならわかりますよね?」


そう、麦の優しさを知っているからこそ、麦に害を与えないし与えたくない。


そう思うのは自然なことである。


そして、その零花の言葉に舞火は頷くしかなかった…。

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→修復屋に泊まることになったが…

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