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14話 甘い誘惑。

蛍と舞火が顔を青くして商店街を走り出した頃、修復屋の扉を1人の女性が開けた。


「いらっしゃいませ~」


修復屋の扉が開いたと同時にベルが鳴ると麦はカウンターから腰を上げて、店へやって来た女性に挨拶をした。


麦に挨拶をされた女性は綺麗な黒髪を少し、揺らしながら軽く麦に頭を下げるとその場で足を止めた。


「あっ、すみません。つい、暇でお茶を飲んでいました」


麦は手に持った湯飲み茶碗をカウンターに置いてカウンターの横にあるテレビを見つめた。


『またもや、鶴巻グループが新事業で成功をおさめた様です。それに鶴巻グループの社長は……』


麦はそのニュースを耳にして目を少し尖らせると慌てて、チャンネルを手に取りテレビの電源を消した。


だらしない人が修復屋をやっている、そう思われて女性が帰ってしまうのでは、と思った麦は忙しなく女性を誘導した。


「さぁ、こちらにどうぞ」


麦は手を広げて女性をテーブル席へと誘導した。


麦に誘導された女性はまたも、麦に軽く頭を下げると肩を落として麦につられて席へ腰を落とした。


「今、何か飲み物を用意するので少し待ってて下さい」


麦は椅子に腰を落とした女性に気をまわしてそう声を掛けたが、女性に反応はない。


何かを修復しに来た訳ではないのかも知れない。


麦は直感的にそう感じた。


麦が修復屋として働きだしてもう、4年になる。


もちろん、この間に多くの人が麦の力を頼ってやって来た。


それは簡単なものから危険な橋を渡るようなことまで、仕事の難易度は様々であった。


その為、麦にはわかるのだ。


今、テーブルで腰を下ろしている女性が修復を求めていないことを。


麦は女性を怪しみながら、お茶を入れると女性へお茶を出した。


「お茶です」


「……どうも」


女性の暗く重たい声に麦は緊張感を感じつつ、麦は女性の目の前に座り、咳払いをして女性を見つめた。


見る限り女性は美形である。


きっと、周りからは美人だとか綺麗だね、と言われてきたことが容易に想像することができるほどである。


しかし、女性は物静かと言うにはあまりにも地味で、清楚と言うにはあまりにも味気ない。


「で、ご用件はなんでしょうか?」


視線を落とした女性に麦は口を開いた。


麦は女性に問い掛けたが、実際にはだいたい依頼の想像がついていた。


そう、女性は何かを修復して来たのではない。


作り変えようとしに来たのだろう。


見る限り、女性は美人だし何かを作り変える必要はないのかも知れない。


だが、おそらく女性が作り変えたいのは性格なのだろう。


どんな技術を持ってしても、性格は簡単に変えることはできない。


それを変えるのには自分の意志が大事であり、苦労が付きまとう。


そしてなにより、麦にそこまでの力はない。


何かを作り変えること以上に性格を作り変えることは麦の力では不可能なのだ。


「はい。実は……」


女性がゆっくりと口を開くと麦の緊張はピークに達した。


この手の客は自意識過剰で逆上する人が多い。


これは4年間、修復屋として働いてきた麦が感じていることである。


「実は……?」


「今日、ここに泊めて下さい!!」


「えっ!?」


予想外の申し込みに麦は目を丸かして、開いた口を閉められずにいた。


すると、そんな麦に追撃を加えるように女性は前屈みになり、麦の視線を胸元に誘った。


「実は私には訳があって、家がないんです。詳しくは言えませんが……今日だけで良いので泊めて頂けませんか」


女性は麦にとどめを指すように麦の手を握った。


「えっ!?いや、ちょっと…まっ……待ってよ」


麦と女性の距離は近い。


もう少し、体を前傾にすれば唇と唇が重なるほとである。


おまけに、距離が近くなったことで女性の綺麗な髪から流れてくる優しい香りに麦は鼻を動かした。


まるで、甘い花のような香りに麦は思わず頬を赤くして、女性から視線を離した。


見つめ合ったままでは麦の心臓が爆発しそうになるかも知れない。


「ダメですか……?」


「それは……」


「お願いです。修復屋さん」


女性は瞳に涙を貯めると潤んだ瞳を作った。


それはまるで、親に捨てられた小動物のようで。


それはまるで、甘い言葉を(ささや)く小悪魔のようで。


麦の心を上下左右に揺さぶった。


そして、麦は悩みに悩んで口を開いた。


「わ…わかりました。今日、1日だけなら大丈夫です」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


麦は誘惑に負けて女性が店に泊まることに許可を出してしまった。


誘惑に負けた自分の不甲斐なさと自分の意志の弱さを麦は恥じた。


だが、女性の攻めはまだ終わっていなかった。


女性は少しへこむ麦を目にして、テーブルに体を乗り上げると両手を広げて麦を強く抱き締めた。


「助かりました。修復屋さん」


「ちょっと!それはやりすぎだよ」


「何がやりすぎなんですか?」


「それだよ、離れてくれよ」


この店には麦と女性しかいない為にこの女性の行為は大きく取り上げられることはないだろう。


だが、この修復屋に向かってきている者達がいる。


そして、それを麦は知らない。


麦が女性を振りほどく努力をやめた時、店の扉が勢い良く開いた…。

次回の更新は6月18日(月)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

謎の女→修復屋に泊まることになったが…

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