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11話 化け物女子高生。

蛍は手刀で包丁を向かい打とうとしている。


しかし、それはあまりにも無謀で愚かな考えであることに間違いない。


口に出さなくても、手刀と包丁では包丁のほうが切れ味は良い。


もっと、言えば比べる必要がないぐらいに結果は見えている。


「その華奢(きゃしゃ)な腕ごと切り落としてやる。死ねぇぇぇ!!害虫!!」


手刀を繰り出そうとしている蛍を見た舞火の母親は狂った笑みを浮かべて包丁を真っ直ぐに蛍に突き付けた。


「蛍!あたしのことはいいから、逃げて!」


舞火は蛍が運動神経が良いことは知っている。


だが、運動神経と包丁をしのぐほどの手刀を繰り出せるかは別問題である。


包丁を素手でへし折ることやしのぐことは不可能だろう。


それは人間の柔らかい皮膚を見ればわかることである。


次第に包丁は蛍に近づいてくるが、蛍は動こうとしない。


むしろ、真っ直ぐに包丁を見つめて手刀の狙いを定めているように見える。


「蛍、本当にあたしのことは……」


「舞火!……私は大丈夫だよ」


舞火の心配する声を遮って蛍は穏やかな声をあげた。


それは、まるで包丁が自分に迫ってきている、という恐怖を感じていない声である。


そう、蛍には自信があるのだ。


自分の手刀ならば包丁をへし折ることができる、という自身があるのだ。


それは経験に基づく自信ではない。


むしろ、素手で包丁をへし折ったことなどはない。


それでも、蛍には不思議と自信があったのだ。


「死ねぇぇぇ!!」


舞火の母親の手に持たれた包丁はその叫びと共に確かに蛍に襲い掛かった。


一瞬、蛍が血を流すところを見たくない、と目を閉ざした舞火だったが、次に目を開けた時、包丁はへし折れていた。


そして、その折れた破片が壁に突き刺さっている。


「え……なにが……」


舞火は一瞬の間に何が起こったかわからなかったし、パニックになった。


だが、それは母親も同じ様であり、へし折られた包丁を握って目を丸くしている。


「なっ……なにが……この小娘を確かに刺し殺したはずなのに……」


震えた声をあげる母親の前には済ました顔を作った蛍の姿があった。


蛍は1滴の血も流していない。


何か手品を使った訳ではない。


文字通り、蛍は手刀で包丁をへし折って見せたのだ。


「無駄です。それでは私を殺せませんよ」


蛍は目を尖らせて、母親を威圧する様に口を開いた。


そんな蛍を見て、母親は後退りを始めた。


あまりの人間離れした芸当に恐怖を覚えた、ということは事実だがそれ以上に母親は最後の手段を取ろうとしていた。


いや、はじめから包丁で刺し殺すよりもこちらの策がメインだったのかも知れない。


「ふふふふ………あんたは…化け物ね」


「私のことは何と思ってくれてもかまいません。だけど、舞火のことはしっかりと見てあげて下さい」


「……ねぇ、知ってた?幽霊や化け物は『火』に弱いのよ?ねぇ、知ってた?ねぇ?…ねぇ?…ねぇ?ふふふふ………」


狂った様に母親はキッチンのほうへ走り出すと大きなタンクを手に持ってやって来た。


そして、細い腕でタンクの(ふた)を開けると不適な笑みを浮かべた。


「はじめから、こうしていれば良かった……。これで楽になれる。あの子の所へも行ける……」


タンクの中から溢れる鼻にまとわりつく様な臭い。


人によっては好き、という人もいるだろう。


だが、蛍はその臭いを嗅いでゾッとした。


「まさか……それはガソリン!?」


その蛍の声に舞火は思わず声をあげた。


「お母さん、もしかして……家を燃やす気なの?そんなことしたら……」


「違うわよ。家は燃やさないわ……燃やすのは……」


蛍と舞火をジッと睨み付けて、母親はまた不適な笑みを溢すとタンクに入った大量のガソリンを頭から被った。


そう、舞火の母親は家を燃やす気はない。


自分を燃やすつもりなのだ。


そして、それは舞火も道連れにする気なのだ。


「私よ……」


重い声をあげた舞火の母親はポケットからライターを出すと火をつけて何の躊躇いもなく自分の体に火をつけた。


ポケットから自身の体に火をつけるまで一切、母親の体は震えていなかったし、実にスムーズだった。


その為に蛍も舞火も母親が火だるまになるのを阻止することができなかった。


「お母さん!!」


きっと、その舞火の声は届いてないのだろう。


「あああぁぁぁ!!……が…あつい、あつい、あつい……」


周囲に火を撒き散らしながら、悶え苦しむ母親の姿はあまりにもショッキングでトラウマ的である。


蛍はこれを望んでいた訳ではないない。


ただ、自分の命で舞火にしたことを償うのではなく、舞火のことをしっかりと見て欲しかっただけだった。


なぜ、こうなったのか。


後悔する蛍を置いて、舞火の母親は舞火を道連れにすることを忘れてあまりにの苦しさにリビングを飛び出した。


「おばさん!」


「お母さん!!」


どこへ行こうとしているかはわからない。


だが、このまま行かせれば大惨事になる。


そう思った蛍と舞火はリビングを出た母親を大急ぎで追い掛けたが、廊下で母親は膝をついていた。


母の体から炎は消えて、火傷の痕はない。


「オッス」


そして、その側には麦が立っていた…。

次回の更新は6月15日(金)です。

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

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