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101話 人形。

グルグルと激しく渦を巻く、波を目にした人はどんな顔をするだろうか。


間違っても、その中に身を投げることは考えないだろう。


激しく渦を巻く波がカッターのように身を切り刻み、身を投げた者から呼吸を奪うのだから。


高級な絨毯の上に足をのせている麦は目の前に立ち塞がる扉を見て、顔をおとしていた。


それはまるで、激しい渦を見つめるように。


いっそうのこと、あの激しい渦の中に身を投げたほうが楽なのかも知れない。


そんな気さえにも麦はなっていたが、その考えをすぐに改めた。


普通の渦ならば一定時間、苦しめば楽になる。


だが、今から麦が身を投げる渦は“普通の渦ではない”のだ。


激しさも呼吸を奪うスピードも段違いであるが、楽にはしてくれない渦なのだ。


どれだけ、苦しみに耐えてもギリギリの所で止まり、苦しみが半永久的に続く渦なのだ。


しかしながら、麦はそんな渦にもうすでに身を投げているのだ。


渦を崖の上から見ているように感じているのは麦の錯覚なのだ。


それは一種の現実逃避であり、事故防衛なのだ。


だから、麦は自身の傷だらけの心に気づいていない。


「ふぅ……」


大きく息を吸い込んで、吸い込んだ息を吐いた麦の目の色は薄く、魂の向けた目に変わった。


それはまるで人形のような瞳であり、麦から精気を奪っている。


これを切り替えと呼ぶのならば、社会はどうかしているのだろう。


麦は光を失った瞳で扉にノックを響かせた。


「…入れ」


ノックをしてすぐに扉の向こうから声が響いた。


その声は低く、威圧的であり、入る者を歓迎していないかのようである。


「失礼します」


麦は声を耳に入れると扉をゆっくりと開けて、頭を下げた。


広い部屋の中央には書斎が用意されており、その周りには沢山のトロフィーが飾られている。


これはこの部屋の主である鶴巻 賢次の勝ち取った栄光の数々である。


そして、その中には兄と姉のトロフィーも飾られている。


麦は飾られた沢山のトロフィーを見る度に父の顔を見ることができなかった。


なぜならば、麦はトロフィーを受け取るような成績を修めたことがないからだ。


いつも、自宅を訪ねてくる客人にトロフィーを自慢気に見せる父の姿に麦は心を焼かれていたのだ。


「なんだ?用があるなら、手短に話せ」


「はい……」


父の鶴巻 賢次は部屋へ入ってきた麦を一瞥すると机にある沢山の資料に目を通した。


麦と目を合わせようとしないその姿勢はいつも通りである。


自分よりも仕事を優先させる姿は麦にとっては日常であり、今さら心に支障をきたすことはない。


それなのに、麦の心が震えるのは克服できていないからだろう。


昔から両親の自分を邪険にする言動があり、それに麦は慣れたと思っていたが、慣れていなかった。


言い方を変えれば麦にはまだ、心があるのだ。


「あの…成績が……返却されて……その……」


歯切れの悪い麦の言葉は作業を行う賢次の手を止めることはできなかった。


麦の小さく、歯切れの悪い言葉達は簡単に賢次の咳払いに隠れてしまった。


賢次は麦を威圧した訳ではなかったが、麦にとってはその行動は十分な脅迫になった。


「もういい。お前が私の納得する結果を持ってこれるとは思わん。下がれ、仕事の邪魔だ」


命拾いした。


そんな感覚には麦はならなかった。


どれだけ、人形になろうと努力したとしても父の言葉は真っ直ぐに心の奥に届くのだ。


それは決して、良い贈り物ではなく、いつも麦の心の中に大きな穴を開ける。


そして、麦はいつもその穴に目を瞑っている。


穴を見れば痛みを感じるからだ。


「はい…」


麦は賢次に軽く頭を下げるとそれ以上、言葉を発することなく部屋を後にした。


麦の手に握られた成績表は汗に濡れて、柔らかくなっている。


加えて、グシャグシャにやってる為に何が書いてあるのかわからなくなっていた。


「ぜんぜん……好都合じゃないな」


成績が読み取れなくなった成績表を見た麦は自身の心の穴を埋める為に皮肉を口にした。


何に従う訳でもなく、麦はゆっくりと歩き始めた。


向かうのは自室であり、唯一の自分の居場所。


心を休めることができる場所。


だが、歩く麦の足は急ブレーキを余儀なくされた。


廊下の先にいるのは祖母である。


いや、祖母1人だけではなく、兄もいる。


最悪のタイミングに廊下にいる自分を恨むことしか麦にはできなかった。


そして、なぜ、自分は成績表を父に見せようとしたのか。


その疑問が麦の中で生まれた。


実に愚かで、軽率な行動であっただろうか。


結果がわかっているにも関わらず、振り絞った勇気に麦は矛先を向けて怒りではなく、悲しみをぶつけた。


だが、その悲しみはどこで消えるものではなく、必ず麦に返ってくる。


激しい衝撃と痛みを携えて。


廊下で楽しげに会話をする兄と祖母はまた、麦に痛みを強いるのだ…。

次回の更新は4月28日(日)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→??

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

剣持 境矢→聖人?

謎の女?→浄化。

鶴巻 大也→鶴巻グループの人間。

犬川→手紙の主。

水野 空→??

槍の男→麦の命を狙う者?

鶴巻 栞菜→鶴巻 大也の妹。

鶴巻 賢次→鶴巻グループの社長。

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